第40話

 ……何と言う事だろう……


 と、伊織は牛車に朱明と対座して思った。

 瞬時に意識を無くした伊織は、朱明の仕度と共に目覚めさせられ、金鱗のその美しく尊い唇から、それは有り難いというものを入れてもらった。

 するとどうした事だろう、あれ程心身共に疲れ果てていた身が、あっと言う間に元気を取り戻して行くのが解った。

 それは驚く程の威力である。

 今まで罰当たりにも、神仏、物の怪、化け物に霊など、畏怖も敬意も持たぬ身で、それこそ恐れ知らずであったが、初めて恐ろしいと実感した。

 こんな再生能力のあるもの達に、到底人間が勝てるはずは無いと、つくづく感じ入ったのである。


「いいか?宮中には我らが作った池が在る。池には見えず、自然の大きな水溜りの様な物でも、俺の配下が宮中を見守っているから、此度の様な状況になったならば、そこで俺の配下に助けを求めよ。必ず助けに行く」


 と言ってくれたから、有り難いやら恐ろしいやらと、複雑な気持ちとなった。


「お疲れでございましたね?」


「……ああ疲れた……主上の事しか考えられず、青龍の事など念頭になかった……そこへ持って来て、御子様を母が連れて逃げて来た、と申したゆえ、女御様がただ事でない事も不安の一つだった……母を側に置いておけばよかった……と思うが……今の状態では、内裏を纏めてもらいたい」


「母御様のお身が、危のうございました……」


「……とも思い恥じ入るばかりだ……母とてその様な事は望まぬ。主上の御子様ならば、孫の様なもの……命の一つや二つ……」


「……御子様方は、かの女神様の御血筋にございます。我らが如何様と致せぬ時は、必ずやお助け下されます……ゆえに……瑞獣様とて、お見捨てにはなられておらぬと……私は信じております」


 朱明の物静かな物言いに、伊織の気持ちも少しずつ落ち着いていった。

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