第41話

「伊織!何処に行っておった?」


 母、内侍司ないしのつかさ典侍ないしのすけが、清涼殿に戻って来た伊織を認めて、とがめる様に走り寄って来て言った。


「御子様方が、居られなくなられたのですぞ?」


「御側に仕えし蔵人達は?」


「皆引っ括めて殿上の間で気を失っておって、数人虫の息の者達は、とっとと運び出させた」


 母典侍ないしのすけが言うには、内侍司ないしのつかさで諸々の手筈を指図して、御子様の事が気がかりなので、様子を見に来ようとすると、もう一人の内侍司の典侍ないしのすけ、亡き関白の妻で中宮の母から、どうやら法皇が、そろそろ重い腰を上げて来る様だと聞いた。重い腰……というのは、中宮との事が今上帝に露見した為、全ての実権を成人し天子として有望な今上帝に、還した形となっているので、そう容易く宮中に来る事は無くなっているからだ。

 ……とはいっても、かのお方を知っている者ならば、決して来るわけでは無い事は 想像がついている。

 一応は今上帝への見舞い……というのが建前だ。


「お気をつけあそばして……」


 中宮の母は、そう神妙に囁いた。

 さすがに仕事一途なタイプの女性だが、それでも手元に置いて育てていたが、今上帝の養母となった法皇の女御から、関白の忘れ形見の中宮の事を聞いた法皇が、後院に居る女御を通じて、養い親となりたい旨を伝えて来た。このまま宮中に仕える童とし、キャリアウーマンとするつもりであったが、美貌が美貌なのでどの道恋多き貴族に言い寄られ、ゴタゴタしても面倒だと、美貌を隠して嫁ぎ先を探してもらった方が、この娘の為にも世の男性の為にもなると、中宮の母は夫関白とは懇意な法皇に、我が娘を託す事にしたわけだが、まさかその法皇と娘が背徳の仲となり、それも今上帝を裏切る事をするなんて……!!!

 母として典侍として、それはそれは困惑なんてものではなかった。

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