第39話

 そして今日は、蔵人達の詰め所ともなる殿上の間に、久しぶりに顔を見知った者達が居たので、フッと気が抜けてしまった。それに気も焦っていたのでつい……。

つい……。それはただの言い訳だ。……取り返しのつかない処だった。

 そう思って伊織は、再び額に指を持っていった。


 ……何たる失態を……


 今まで畏敬の念も畏怖の念も、持ち合わせた事もなかった、不思議世界のものに救いを求め様として気が焦り、途轍もなく大きな取り返しのつかない失態をしでかしたとは……。

 伊織は、疲れ果てた身でありながら恥じ入った。


「そう落胆致すな……今上帝がああなったのだ、普通ではおられぬし、よしんばおったとしたなら、俺はそなたを疑っておるぞ……」


 その恥じ入って弱々しげな姿に金鱗はほくそ笑み、伊織は顔容を歪めた。


「ただ今陰陽頭に、邪道なる呪を解く様命じて参った……そなたも力を貸すよう頼む……」


 伊織はそう朱明に言うと、ふらつく身を上げて立ち上がった。


「……主上の元に参るゆえ、共に参内致せ」


「……ならば仕度を……」


 朱明がそう言うと


「いや、そのままで……」


 と伊織が遮ろうとしたが


「早う仕度をして参れ……その間、を少し休ませる」


 金鱗が言うものだから、朱明は大きく頷いて寝殿を飛び出した。


「誰ぞ誰ぞーく仕度を……」


 慌ててやって来る女房に、急かせる様に言い放っている。


「そなた寝ておらぬな?ゆえに判断を狂わすのだ。そなたの今上帝思いは感動ものだが、それだけでは身が持たぬぞ。何せ相手は大青龍だ」


 金鱗は掌を、立ち上がった伊織の額に押し当てた。


「あっ……金鱗様、如何様にお礼を申し上げますれば……」


 すると伊織は一瞬にして脱力して、そのまま金鱗の腕の中に倒れた。


「……礼などどうでもよい。とにかく休む事だ、高々の物であるのだからな……」

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