手がかり

 オレからの問いかけに、琢磨は一人語りを渋々やめる。気持ちよく喋っていたところを邪魔されたので、不満げな顔をオレに向けていた。

「あるよ。数日経ったからね、だいぶ情報は揃ってるよ」

「さすっが情報屋! 女子に関して琢磨の右に出る者はいねーな!」

 そう言ってやると喜ぶので、オレは琢磨を褒めてやった。

 実際1割ほどは感心している。残り9割の感情は深く語らない。

「でしょでしょ? でねー、明太は瀬戸さんの何を知りたい?」

 琢磨はウキウキしながら、傍らに置いてあったカバンの中から一冊のノートを取り出した。

 表紙には数学と書いてあるが、このノートの中身はそんな真面目な代物ではない。

 ふざけている、とはまた別の方向で教師に見られたらマズいものだ。

 オレはしばらく前にチラリと覗いて後悔した。

 クラスで一番可愛い女子がいるのだが、そこには知りたくなかった彼女の意外な一面が……

 うぇっ…… 思い出すと吐き気がしてきたので、この話はやめよう。

 とにかく琢磨はヤバい。

 人間観察と言ったが、実際には『研究』のレベルまで達していると言っても過言ではなかった。

 琢磨は清濁せいだく関係なく、あらゆる女の子を愛することができるのだ。その点で言えば紳士と言えなくなくもなく、ないのかもしれない。

「瀬戸さんに関して今の僕は、もはや彼女の彼氏よりも詳しいと言い切れるね!」

 その言葉が嘘やハッタリではないことが恐ろしい。

 なにせ瀬戸さんは、琢磨の存在すら知らないはずだからだ。

 それなのに、自分の知らないところで自分のことが隅々まで調べ尽くされている。それも単に趣味だから、という理由で。

 女子高校生にとって、琢磨ほど恐ろしい化物はいないのではなかろうか。それこそ、エモータルなんかよりもよっぽど恐ろしいと思う。

 自分が男に生まれて良かったと感じさせてくれる、数少ない場面である。

「ん?」

 と、自分の性別に謎のありがたみを感じている場合ではなかった。

「あれ、瀬戸さんって、彼氏いんの?」

「さて、そろそろ、もう一周いくぞーっ!」

 そんな掛け声がして、部長らしき人を先頭に陸上部の面々が校門を目指して動き出す。瀬戸さんも男子部員と話したまま、その流れに加わっていく。

 まさかこんなところで見ず知らずの男たちが、自分ことを話しているとは思ってもいないだろう。

 彼女を目で追いかけていると、遠くだが彼女と目が合ったような気がする。

 それで彼女が何を思うわけもなく、彼女はずっと男子部員とのおしゃべりに夢中になっていた。

「瀬戸さんの彼氏はねー、彼女と同じクラスで、同じ部活に入った…… 名前、なんだっけ? やば、男だから忘れた」

 琢磨が手にしたノートをパラパラとめくった。

 しかし結局見つけられなかったのか、琢磨はすぐに諦めた。

「おっかしいなぁ…… この辺りに書き込んだはずなんだけど…… ま、いっか」

 琢磨の中では男の扱いなど、その程度らしい。

 オレも彼氏さんの名前など特に気にならないので、琢磨に先を促す。

「でねー、彼女たちは話も合うし、気も合うしー、夏休み頃にはもう付き合い始めてたらしーよ」

「なんと急展開! 死ねばいいのにね!」

 オレは脳を介さずに率直な意見を述べた。

「いやいや、明太は分かってないねぇ…… 彼氏と話してる時の瀬戸さんの楽しそうな顔が、また良いんだって! キスの時なんかはねぇ、意外と積極的で……」

「わーっ、やめろ! そんな話なんか聞きたくねえんだよ! 情報を伝えるときは取捨選択をしろ! そういう生々しい話は、なるべくするんじゃない!」

 オレが琢磨を叱ると、琢磨は頭を落としてしょげた。

 可愛そうな気もするが、全く同情できないことは分かっていただきたい。というかコイツ、ほんとになんでも知ってるな。

「……分かったよ、んじゃ刺激の弱いやつ。彼女たちは最近、毎日一緒に帰ってるんだよ。それで手を繋いでるときの瀬戸さんはほんっとに可愛くてさあ! たまに嬉しいのか、繋いでる手をぶんぶん振っちゃうときがあるんだよ! すごくない? その時、子供みたいな顔でね、無邪気に笑うことがあるんだけど、それが友達と一緒にいる時の笑顔とはまた違ってさあ!」

「あー、そこはいい。端折はしょれ端折れ。そんな話聞きたくもない」

 オレはうんざりして、先を進めろと手で伝える。

「ちぇっ、なんだよ明太あらた、嫉妬してんの?」

「ああん? 誰が? そんな話、オレとエモータルとの戦いには不要なんだよ!」

「可哀想なヤツ……」

 琢磨の呟きにオレはカチンと来たが、そんな些細なことでいちいち怒るのもバカらしい。琢磨の呟きはスルーして、腕組みをしながら報告の続きを聞く。

「で、彼氏は電車通学だからさ、彼氏の電車が来るまで近くの公園で時間を潰すんだよねー。大抵はずーっと喋ってるんだけど、ここ最近は日が短くなってきたじゃない? だから暗くなってきてさ、二人っきりなると…… あっ、これは生々しいやつか……」

「ぬぁっ!」

 オレは耐え切れずに叫んだ。罵倒ばとうの言葉が出なかったのは自分でもすごいと思う。

「……ん? あれ? ちょっと待て」

「おっ、やっぱり聞く? その彼氏のほうがさぁ、最近はちょっと強引でさぁ……」

「いやっ、いい、いい聞きたくない! そうじゃなくてな、さっき『公園』って言ったか?」

「そうだけど? でも特になんもないとこだよ。ほんと、どこにでもあるような公園。遊具とかベンチとかしかないね。住宅地の子供も遊びに来るのかもしれないけど、最近の子供って外で遊ぶのかなぁ……?」

 と、琢磨は思い付くことをただ喋っているだけだった。

 しかし、オレは琢磨の言葉を聞きながら、ある予想が確信に変わるのを感じた。

 それはあの蛇のエモータルがいた公園。あそこが瀬戸カップルどものいちゃつく公園と同一の場所であるという予想だ。

「……なるほどな。竹川くんは無意識のうちに、それをどこかで聞いたのかも」

「え、なんの話? もしかして、明太のエモなんとかってやつの話?」

 オレの呟きを聞いた琢磨が、興味を持って尋ねてくる。

 しかし、巻き込むわけにはいかなかった。

「とりあえず協力には感謝する。だがこれ以上、こちらの世界に踏み込むな……」

 オレは琢磨とのあいだを手で切って、警告を与えた。

 見える者の世界は、凡人が生きていけるほど平和ではないのだ。

「いや、踏み込むつもりはないけどさぁ…… なに? 今日はもう終わりなの?」

「ああ、オレの仮説は繋がった。ゆえにこれより検証に入る。お前はもう帰って寝ろ」

 オレは片手をあげ、颯爽さっそうひるがえる。目指すは約束の地。あの公園だ。

「あ、それから、今後は瀬戸さんに近づかないよーうに!」

 伝え忘れていたので、振り返って琢磨に告げる。

 これ以上コイツに瀬戸さんを調べさせたら、彼女の尊厳に関わってくる。

「ええー、まだ瀬戸さんのこと何も知らないのに……」

「ダメだ。次のターゲットが決まるまで待て。それにお前のそれは犯罪だからな?」

「調べさせたのは、明太じゃないか……」

「ええい、黙れ! 自分の罪に人を巻き込むんじゃない!」

 オレが一喝すると、琢磨は不満げな顔で黙り込んだので良しとする。

 そして今度こそオレは、颯爽と身を翻す。

「最終ラウンドだ…… いや…… 待っていろ。オレが今、楽にしてやるからな(空を見上げながら)……か? どっちの方がカッコイイかな?」

「明太って、一人でも楽しそうだよね……」

そんな琢磨の呟きが聞こえたような気がしたが、オレは振り返らない。

目的の公園へと歩みを進めたのだった。

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六刺明太は救われない 月丘 庵 @Iori_Tukioka

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