第13話 「ほら、早く行きなさい!」 心配そうに送り出した。

琴羽ことはが倒れたって……どういうことですか!?」

「ことちゃんが!?」


 うららも驚きの声を上げる。


「それが、わからなくて、今病院に……」


 病院に……。

 琴羽が小さい時、体が弱かったとかそういうことはない。

 一体何が原因で……。


「病院はわかる?」

「大丈夫です」

「それじゃあ、よろしくね」


 そう言っておばさんは、慌ただしく電話を切った。


「麗、自転車あるか?」

「あるわよ。急いで!」


 ここから電車に乗って向かっていたら時間が掛かって仕方ない。


 急いで麗の家に向かう。

 こんなに走ったのは、行方をくらませた麗を探した時以来だ。

 二人で全力で走る。


「ことちゃん! どうしたんだろう?」

「わからない! とにかく、行ってみないと!」


 最近忙しかったことが関係しているのだろうか。

 倒れたということは、体調不良なんかも疑われる。


 どこで倒れたのかとか、もっと詳しいことが聞ければよかったんだけど。


「あそこにあるわ!」

「わかった!」


 麗の家に辿り着き、自転車を借りる。


「お姉ちゃんおか……どうしたの!?」


 外でガタガタしていたからなのか、気づいた七海ななみちゃんとかえでちゃんが玄関から顔を出した。


「友達が倒れちゃったみたいなんだ! 自転車借りるね!」

「え!? 大丈夫なんですか!?」

「心配です……」


 せっかくの麗の誕生日なのに、この二人も巻き込んでしまったのは俺の落ち度だっただろう。


「ごめん、みんな」

「謝るのは違うわよ。ほら、早く行きなさい!」

「ありがとう!」


 俺は、心配そうに見守ってくれる藍那あいな姉妹を背に、自転車を全力で漕いだ。



※※※



 さすがに全力疾走で走った後に自転車を全力で漕ぐのはしんどい。

 それでも、俺は止まれない。


 もっと気にかけておけばよかったんだ。

 明らかにおかしかったじゃないか。

 原因はそうだとわかったわけじゃないが、おそらく最近忙しそうにしていたことだろう。


 会っても挙動不審だったし、そうでなくてもなぜかすぐに離れて行ったりするし。

 なんでもっと気にしなかったんだ。

 自分の行動が悔やまれる。


 俺の大事な幼馴染なのに!


 俺は三十分近い時間を掛け、病院に辿り着いた。

 カウンターの人に聞き、病室を教えてもらう。


 さすがに病院内は走るわけにはいかないので、急ぎつつも歩く。

 目的の病室を見つけて、扉を開くと、おばさんとおじさんがいた。


「康太くん」

「おじさん、おばさん! 琴羽は?」

「大丈夫。おそらく、ストレスが原因だそうだ。今は眠っている」

「よかったぁ……」


 もっとすごいものを想像していたために、とてつもない安心感が俺にのしかかった。

 ヘナヘナと座り込むと、おじさんが椅子を差し出してくれた。


 さすがに疲れているので、ありがたく座らせてもらう。


「ありがとう康太くん。すぐに来てくれて」

「当然ですよ……。琴羽は、俺の大事な幼馴染ですから……」


 それだけじゃない。

 琴羽は俺と心優みゆの命の恩人なんだ。


「僕たちは医師の先生からもう少し詳しい話を聞いてくる。康太くん、琴羽のことを見ててもらえないか?」

「もちろんです」

「それじゃあ、お願いね」


 おじさんとおばさんは、そう言ってから一礼をし、病室を出て行った。


 俺は、椅子をベッドに近づけて琴羽の様子を窺う。

 かわいらしい寝顔をした琴羽は、規則的に呼吸をし、眠っていた。


 小さい頃、俺たちの両親が亡くなってからは特に、心優も含めて一緒によく寝ていたことを思い出す。

 時々、怖い夢を見たからと泣き出す琴羽の頭を撫でていたなぁ。


「気持ちよさそうに寝てるな……」


 俺は、そっと頭を撫でる。

 今じゃ怖いものも苦手じゃなくなったようだが、当時はすごいもんだった。

 ちょっとしたことでも怖がっていた気がする。


 そういえば、雷は大丈夫だったんだよな。


「んっ……」


 琴羽が身じろぎをする。

 よく見てみると、表情は少し微笑んでいるような気がした。



※※※



 しばらくすると、おじさんとおばさんが戻ってきてもう大丈夫と言ってくれた。

 それでも俺は、しばらく眠る琴羽のそばにいた。


 さすがに時間も遅くなり、心優も心配するというところで帰宅することにした。

 自転車は、後で俺の家に持ってきてくれるとおじさんが言ってくれた。


 俺はお言葉に甘え、自転車をお願いして電車で帰ることにした。

 送ってくれるとも言われたが、さすがにそれは遠慮した。

 琴羽の近くにいた方がいい。


 移動中スマホを見ると、麗と心優から多くのメッセージが届いていた。


 麗からは七海ちゃんと楓ちゃんもとても心配しているというメッセージが送られてきていた。

 心優も、おばさんから連絡を受けていたようで、とても心配していた。

 俺は、それぞれに大丈夫だったということと、おそらくストレスが原因だろうということを伝えた。


 家に着いてからも、心優にいろいろ言われたり、麗から通話が掛かってきたりと大変だった。

 今もまだ通話中で、


「だから大丈夫だったんだって……」

『本当に大丈夫だったの!?』

「俺が行ったときには寝てたって言ってるだろ!?」


 と、こんな会話を繰り広げている。

 心配なのはわかるけど、そろそろ勘弁していただきたい……。


「お兄ちゃん、明日お見舞いに行くんでしょぉ?」

「ん、ああ。そうだけど」

「一緒に行けばぁ?」


 その手があったかと言いたいところなんだけど……。


『さすがに妹たちを置いて行くのは気が引けるのよね……』

「お前には前科があるからな」

『犯罪者みたいに言わないでくれる!?』


 行方をくらましたあの日、七海ちゃんと楓ちゃんはさぞかし心配しただろうからな。


「みんなの分も伝えとくからそれでご理解いただきたい」

『あんまり大勢で行ってもしょうがないしね……』

「そういうことだ」


 ここは俺に任せていただきたい。

 放課後、お見舞いに行くから。


『じゃあ任せることにするわね……。頼むわよ?』

「もちろん」

『それじゃあね。おやすみ』

「ああ。おやすみ」


 ふぅ……。

 全力疾走並に疲れた気がする……。


「じゃあお兄ちゃん、わたしの分もお願いねぇ?」

「了解」


 みんな心配してたんだから、琴羽がなんでそんなに忙しそうにしていたのかわからないが、今度から誰かを頼るように言っておかないと。

 また無茶をされたんじゃ大変だから。


 とりあえず、俺たちも俺たちの生活がある。

 心配は心配だが、こっちもそれで倒れたんじゃ仕方ない。


 俺が当番だったが、こういう状況だったので、帰りにコンビニで弁当を買ってきた。


 弁当を温めて、二人で食べる。


「たまにはいいねぇ」

「普通においしいからな」


 最近のコンビニ弁当はまたおいしくなった気がする。

 一人暮らしの人でコンビニ弁当ばかり食べる人の気持ちはよくわかる。


 その後、俺たちは特に会話をすることもなく、弁当を食べ終えた。



※※※



 次の日。

 朝、心優はタッパーに果物を入れて俺に渡してきた。


ことお姉ちゃんに渡してねぇ」


 だそう。


 俺はタッパーと弁当を持って家を出た。

 そして駅に向かう。


 なんだか日常が、いつもと違うように感じた。


 電車に乗って適当に座ると、別の車両から麗がやってきて隣に腰を下ろした。


「あんた、大丈夫?」

「なにが?」

「なんか上の空よ?」


 そうかもしれない。

 ただの体調不良だってことはよくわかっている。


 ただ、どうしても。

 どうしても思い出してしまうんだ。


 両親が、病院に運ばれたということが脳裏を過って、どうしても嫌な予感が拭えない。

 体の中を何かが這いずり回っているかの如く落ち着かない。


「あ……。んん……」


 麗が心配そうに声を掛けようとしてくるが、留まった。

 今は、そうして欲しいと俺は思った。


 学校に着いて、準備をしている間のことをよく憶えていない。

 授業の時になると、教科書は机に出ていた。

 俺が取りだしたのだろうか。


 授業中も先生の話はまったく耳に入ってこなかった。

 ただただ、俺はぽっかりと空いている琴羽の席を見つめているだけだった。


 心配した祐介ゆうすけ姫川ひめかわさんも声を掛けてくれるが、俺はなんて返していたのか憶えていない。

 放課後、麗にお願いねと言われたことだけは耳に残っていた。


 駅に着いて電車に乗ると、気づいたら病院にいた。


 俺は昨日の病室を目指す。

 扉を開くと、ベッドの上に儚げな女の子が窓の外を眺めていた。


 その女の子はこちらを見ると、切なげに微笑んだ。


こうちゃん……」

「琴羽……」


 俺はベッドに近づく。

 しばらく見つめ合っていると、琴羽が口を開いた。


「心配掛けたよね……?」

「当たり前だろ」

「怒ってる……?」

「当然」

「あはは……だよね……」


 そう言うと琴羽は俯いてしまった。


「俺が怒ってるのは琴羽だけじゃない」

「え?」

「琴羽の変化に気づけなかった自分にも怒ってるんだ」


 何かおかしいはずなのに、ずっと気づけなかった自分が愚かしい。

 何回琴羽に助けられたと思っているんだ。

 何年一緒に過ごしてきたというんだ。


 それなのに、俺は何もしてあげられなかった。


「何をそんなに忙しそうにしてたんだ?」

「たぶん、康ちゃんは勘違いをしてるよ」

「勘違い?」


 琴羽は、顔を上げ、苦笑しながら答えた。


「私、邪魔かなって思ってさ」

「邪魔……?」


 琴羽が邪魔?

 一体何を言っているんだろう。


「だってほら、学園祭のキャンプファイヤーでさ、ららちゃんと踊ってたじゃない」

「ああ」


 麗に誘われて最初は驚いたが、自分の心に正直になれて、告白も一応したんだよな。


「それで、告白もしててさ……。学園祭終わったら、お昼を一緒にあ~んしながら食べてたじゃん」

「そ、そうですね……」


 少し恥ずかしくなって視線を逸らす。

 琴羽は少しむっとした様子で続けた。


「だから恋人の邪魔をするのはどうかなと思ってさ」

「恋人!?」


 俺は驚いて琴羽のことを見る。

 琴羽はきょとんとして確認というように俺に問いかけた。


「恋人……だよね?」

「いや、まだ違うが……」

「え!? 違ったの!?」


 今度は琴羽が驚く番だった。


 俺たちはキャンプファイヤーの日、お互いに告白をしているが、お互いに断っている。

 その後も告白をしていないわけだから、俺と麗は別に恋人ではない。


「昨日、麗の誕生日に……実は、告白しようと思ってはいた」

「えぇ……。なんだ私最低じゃん……。そんな時に倒れて……。勘違いまでしてて……」


 琴羽は俺と麗がずっと恋人になっていたと思っていたのか。

 だから、自分が邪魔なんじゃないかって……。


 頭いいのにバカだな琴羽は……。


「もし俺と麗が付き合ってたとしても、琴羽のことを邪魔だなんて思わないって」

「最初はそう言うかもしれないけど、そのうち邪魔だって思うかもよ……?」

「ありえないって」


 俺は笑い飛ばして言った。


「俺の大事な幼馴染で、命の恩人で……。麗の親友である琴羽が、俺たちの邪魔になるわけないだろ? むしろ、これからも俺たちを見守ってほしいよ」

「もうっ……。康ちゃんは……」


 涙目になりつつも、琴羽は笑顔を浮かべて言った。


「私、一緒にいてもいい?」

「もちろん」

「よかった……」


 ぐすっと鼻をすする琴羽は、なんだか琴羽らしくないなと思った。

 小さい頃、よく泣いていた琴羽を思い出すよ。


 俺は、タッパーを差し出す。


「これは心優からのお見舞い」

「あ、リンゴだ」


 琴羽は嬉しそうに受け取ると、ぱくっと一口リンゴを食べた。


「おいし~」

「それはよかった」

「康ちゃんも。はい、あ~ん」

「え……。あ~ん」

「ね?」

「うまいな」


 すっかりいつも通りになった琴羽は、もぐもぐとリンゴを食べる。


「おなかすいてたのか?」

「病院食はちょっと少なくて……」

「あはは」

「笑わないでよっ!」


 やっといつもの琴羽を見れた。

 なんだかすごく安心した。


 それにしても、ストレスが原因で倒れるなんて一体どんな……。

 あれ?

 俺たちの邪魔になるって思ってどこかに行ってたってことは、別に何かをしていたわけじゃないんだよな……?


「なぁ、琴羽のストレスって……」

「あ……」


 琴羽顔を逸らし、言いずらそうにしながらとりあえず最後の一口のリンゴを食べた。


「いや言えよ」

「ふぁっふぇふぉんなふぉふぉひわへへも」

「飲み込んでからしゃべろうかぁ?」

「いふぁいいふぁいひょぉ……」


 頭をぐりぐりとしてやる。

 リンゴをこくんと飲み込むと、観念したように答えた。


「康ちゃんとも話せないし、ららちゃんとも話せないし、みっちゃんとも話してないし……。しかも会わないように時間をずらしているのをずっと続けたから……」

「うわ……アホだ……」

「ちょっとひどくない!?」


 そう言いながら俺のことをぽかぽかと叩いてくる。


「いやでも、無事そうでよかったよホント」

「その節は大変申し訳ありませんでした……」


 深々と頭を下げられる。

 ここはこの謝罪を受け止めておこう。


「ちゃんとみんなにも謝れよ?」

「それはもちろんです……」

「もしかして、バイトのシフトも?」

「はい……」


 なんだかおかしくなってしまい、俺は笑ってしまった。

 それに琴羽がちょっと怒りながらぽかぽかと叩いてくる。


 さすがに騒がしすぎたようで、近くにいた看護師さんに注意をされてしまった。


 思わず俺たちは笑い合った。

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