第11話 「なにそれ……」 表情を変えずに答えた。

「まりぃちゃんいらっしゃ~い」

「みぃちゃん、お兄さんも、お邪魔しますです」

「いらっしゃい真莉愛まりあちゃん」


 雪の結晶のヘアピンを輝かせ、ちょこんと現れた真莉愛ちゃん。

 心優みゆが「あがってぇ」と言うと、「はい」と返事をしてリビングにちょこんと座った。


「今お茶用意するねぇ」

「ありがとです」


 お茶を運んだ後、二人は雑談を始めた。


 さて、俺は七海ななみちゃんからのメッセージでも待つとするかな。

 部屋に戻ってゴロゴロする。


 天気は相変わらずの快晴で、雨が降るような気配は微塵もない。

 なんとなく窓から、向かいの家を見る。

 琴羽ことはが住んでいる家だ。

 琴羽の部屋はちょうど真向かいにあり、カーテンと窓が開いている。


 でも特に琴羽の姿は見えない。

 久々の快晴だから窓を開けているのだろう。


 俺も開けておこう。


「よいしょ」


 とても気持ちのいい風が入ってくる。

 ベッドに腰かけ、しばらくそのままボーっとしていると、メッセージが届いた。


『そこはあたしたちで用意しますよ! なら、明日の午前中お姉ちゃんを連れだしてください! その間に準備するので!』


 なるほど。

 それで午後から祝おうということらしい。

 今まではうららが自主的に見ないように部屋に籠ってくれてたらしいが、今回はそうではなく、連れ出して遊んでほしいそうだ。


 それくらいならお安い御用だ。


『わかった。なら明日の午前中の約束を取るよ』

『お願いします!』


 七海ちゃんからその連絡を受け、すぐに麗にメッセージを送ろうとして手を止める。


 今七海ちゃんが何をしているかしらないが、もし麗の見てるところでスマホをいじっていたらどうだろうか?

 その後すぐに俺からメッセージが来たら……いや、どうせ俺が誘ったりする時点でバレるんだろうけど……。


 なんか、それは違うような気がして、俺は少し待つことにした。


「お兄ちゃん」


 コンコンと扉がノックされる。


「どうした?」


 そう問いかけると、扉を開き、心優が入ってきた。


「これからまりぃちゃんと出かけるね?」

「あ、結局出かけるのか」

「なんか、近くにいいお店見つけたってまりぃちゃんが」


 この辺にまだ行ったことのないお店があったということだろうか。


 そりゃまた随分入り組んだところにあるお店なんだろうなぁ……。


「わかった。気を付けてな」

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」


 心優は微笑んでから、部屋を出て行った。

 下の階から、二人の話声が微かに聞こえる。

 なんと言っているかはわからないが、しばらくしてから玄関が開く音が聞こえた。


 窓から下を眺めると、二人が楽しそうに話しながら歩いていく。

 その様子をしばらく見てから、俺はまたベッドに腰を下ろした。


 そして、麗にメッセージを入れる。


『明日の午前中、出かけないか?』

『いいわよ』

『ショッピングモールの近くにゲームセンターあったよな? そこ行ってみないか』

『いいわね』


 麗と二人で出かける時、買い物ということが多かったが、こうやって遊ぶのは初めてかもしれない。

 それに気づいてちょっぴり嬉しく思いつつ、ゲームセンターで何をしようか考える。


 ま、まさか初プリクラもありえるか……!?


 いや、そんなことは当日考えればいい……。

 そしてそのまま俺は今日やることがなくなってしまった。


「何しようかなぁ」


 そういえば、冬用の靴もうボロボロになっちゃってたな。

 デパート行ったんだから買えばよかったのに忘れてたな。


 仕方ない……。


 時間あるし、自転車で踊姫おどりひめ駅の近くにあるショッピングモールにでも行こうか。

 俺は心優にメッセージを入れてから家を出た。

 鍵を閉め、自転車を準備して跨る。


 なんだか自転車に乗るの、久々だな。


 そう思いながらもペダルを回し、踊姫駅近くのショッピングモールへ向かった。



※※※



 駐輪場に自転車を止め、ショッピングモールに入る。

 もしかしたら、藍那あいな姉妹と出会ってしまうことも考えられるが、その時はその時だ。


 別に悪いことはないから問題ない。


 俺は当初の目的通り、靴が置いてあるお店に辿り着く。

 すっかり冬用のものに商品は入れ替わっており、やはりと言うべきか、ここのショッピングモールもそこそこ賑わっていた。

 久々の快晴怖い。


 俺は商品の物色を始める。

 あまり好みのものが見当たらない。


 ほかのお店も見ておこうと、とりあえずブラブラするが、前に来た時とあまり変わらない。


「はぁ……」

「あれ……? 神城かみしろ……?」


 何をしてるんだろうと嫌になり、ため息をついた時だった。

 俺に声を掛けてくる女の子がいた。


千垣ちがきか。こんなとこで会うなんて珍しいな」

「そうだね……」


 外に出かけて千垣とばったり会うなんて初めてだ。

 少し驚いた。


 なんだかかわいらしいふわっとした服装をしている千垣は、なんだかイメージ通りだ。


「な、なに……?」

「いや、なんか千垣だなって思って」

「なにそれ……」


 ギターも持っておらず、私服の千垣はとても新鮮。

 なんか変な感じだ。


 例の作戦の日は、あまり見ることがなかったからな。

 今のうちにじっくり見ておこう。


「それで、神城はこんなところで何をしてるの……?」

「冬用の靴買おうと思ってな」

「靴屋はあっちだよ……」

「それが、あんまり好みのものが見つからなくて」

「そうなの……」


 今は服や鞄なんかが置いてあるコーナーにいる。

 だからと言って、すぐに靴屋の方を指さすことはないと思うんだ。


「そういう千垣は何してんだ?」

「新しいヘアゴムとか欲しくてね……」

「それならあっちじゃないか?」

「知ってるけど、なんで神城も知ってるの……」

「この間見たから」

「その発言……。私じゃなかったら誤解されてるよ……」


 おっと。言葉が足りなかった。


「藍那姉妹と姫川ひめかわさんと一緒だった」

「ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんでいいのかわからないよ……」


 そんなにツッコみどころ満載だろうか。

 千垣はたまに芸人になるな。


「まぁいいや……。それじゃあね……」

「あ、ちょっと待てよ千垣」

「なに……?」

「暇だから付いて行っていいか?」

「いや、靴買うんじゃないの……?」

「じゃあ俺の買い物も付き合ってくれ」

「えぇ……」


 露骨に嫌そうな顔をされる。

 俺と一緒に行動するのがそんなに嫌なのだろうか。


「そういえば、藍那麗の誕生日はわかったかい……?」

「明日だろ? 話逸らすなよ」

「プレゼントは用意できたかい……?」

「できたよ。話逸らすなって」


 千垣は、今まで聞いたことのないとびっきりのため息をつくと、仕方ないというように呟いた。


「もう、好きにするといい……」

「じゃあまずは千垣の買い物に付き合うよ」

「ランジェリーショップにでも行こうかな……」

「え、下着を選んであげるのはちょっと」

「なんか変わったね……」

「俺はもともとこんなんだ。そういう千垣こそ」

「もともと私はこんなだよ……」


 今までは俺が千垣に相談という形で話していたからなのか、今の会話は俺たちにはなかったものだ。

 ただの友人として接している今は、俺と千垣もどうやらこんな言い合いのような会話をするらしい。


 千垣は嫌なことは嫌と正直に言うタイプだし、なんだかんだいじったりしてくるやつだとは思っていたがこんなだとは。

 なんだかちゃんと友達って感じがして嬉しい。


「ま、冗談はこれくらいにして、そろそろ行こうぜ」

「私の言葉の八割は本気だけどね……」

「ハハハ。またまた」


 本当に千垣が、俺のことをどう思っているかは、ちょっと知りたくないと思った。


 微妙に心にダメージを負いつつも、千垣の買い物に付いて行く。

 千垣は、先ほど言っていた通り、ヘアゴムなどが置いてあるお店に入った。


「そのツインテールを結ぶやつか?」

「いつもは黒だけど、なんかほかの色もいいかと思ってね……」


 下ろしツインテールというのだろうか。

 よくわからないが、ツインテールの一種だということはわかる。


 髪の襟足部分を結び、前の方に流している。

 大人しめの印象を受ける髪型だ。


 しかし、黒以外の色で結ぶか……。

 千垣の綺麗な銀髪には、黒がよく似合うと思うんだが……。


「赤とか青も似合いそうだな。ていうか、なんでも合いそうだな」

「面倒なら自分の買い物に戻りな……」

「いや、だって千垣かわいいし」

「悪いけど、私は絆されないよ……」


 事実なんだけどなぁ。


「青にしようかな……」

「いいと思うぞ」


 千垣はそう言うと、青いヘアゴムを持ってレジに並ぶ。

 しばらく待っていると、ちゃんと俺のところに来てくれた。


 正直スルーして帰られてもおかしくないとは思っていたが、さすがにそれはなかったようだ。


「もしかして、スルーして帰ると思ってた……?」

「もしかしなくても、俺って顔に出てるんですかね?」


 ずっと思っていたこと。

 誰を相手にしても心が読まれる謎を解明したい。


「いや、なんとなくわかるというか……」

「それって顔に出てるってことじゃないの?」

「そういうわけでもないんだけど……。説明できないね……。本当になんとなくなんだよ……」

「まじで?」

「まじで……」


 俺はなんとなくで心を読まれるほど単純明快な生物だとでも言いたいのだろうか。


「それはともかく、私はさすがにそこまで人でなしじゃないよ……。ちゃんと断ってから帰る……」

「いやまだ帰るなよ」


 ナチュラルに帰ろうとする千垣を止める。


「あのね神城……」

「なんだよ」

「藍那麗に選んでもらいなよ……」

「いやまだ恋人じゃないし……」

「私も恋人じゃないんだけど……?」


 ま、まだってまた言ってしまった。

 お、俺はなんてことを……。


「聞いてる……? 私も恋人じゃないんだけど……?」

「え、ああ。千垣はほら、俺の相談相手だからさ」

「そこまで相談されたらもう私は恋人を超えて奥さんの存在までレベルが上がるよ……」


 さすが千垣だ。

 ツッコミが冴えている。


「千垣って芸人なのか?」

「お笑いという意味で言っているなら、よっぽど神城の方が似合っているよ……」


 やっぱり千垣はお笑い芸人かもしれない。


「無駄口叩いてないで、早く終わらせてくれないかな……。私はもう用事終わったんだけど……」

「そうだな」


 そうは言いつつもちゃんと付き合ってくれる千垣は、なんだかんだ楽しんでいるんだろうと信じている。

 途中の雑談も、何気に向こうから振ってきたりするし、楽しんでるんだと信じてる。


「こうして付いてきたけど、実際藍那麗に選んでもらった方がよくない……?」

「そうは言ってもなぁ……」

「買い物デートで選んでもらえばいいのに……。もっと遠出してさ……」

「そ、それもそうか……」


 デートというデートはしていないが、何度か出掛けたりしてるし……。

 明日もゲームセンター行くし……。


 そのうち普通にデートをすることができるのでは?

 なら、その時に選んでもらうのは、本当にありなのでは?


「悩むなら、やらずして後悔よりやって後悔だよ神城……」

「千垣……」


 そう言って小さく微笑み、グッと親指を出してくる千垣。

 俺にはわかる。この微笑み。

 あまり表情の動かない千垣の微笑み。


 きっと気づける人はなかなかいないだろう。

 そしてその意味もわかる。


 俺にはよくわかっている。


「面倒なだけだろ」

「気づいたか……」


 さっきから言われていたことだ。

 わかるに決まっている。


「冗談はこれくらいにして……。実際楽しいだろうとは思うけど、どう……?」

「正直、採用させてもらいたい」


 明日以降。きっと俺と麗は……。

 自分に自信を持っていこう。


 姫川さんも、千垣も応援してくれている。

 そして心優も七海ちゃんも楓ちゃんも応援してくれている。


「でも、ダメだったら慰めてくれ」

「友人として、そのくらいはしてあげるよ……」


 そう言いながら肩に手をポンと置かれる。

 慰めるにはまだ早いんだが。


「ま、とにかく頑張りな……」

「おう。千垣、ありがとな」

「お安い御用だよ……。それじゃあまたね……」

「おう。またな」


 俺は、千垣と別れ、自転車に乗って家へ戻った。

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