第10話 「すっごいおいしいねぇ」 頬を押さえながら言った。
十一月六日。
今までの天候が嘘のように晴れ、気温も高めの珍しい日。
明日は
事前に連絡先も交換したし、駅にもうすぐ着くというメッセージも届いている。
噴水の近くで待っていると、目の前に膝下くらいのチェック柄スカートが目に映った。
顔を上げると、そこには見慣れた女の子の妹。
七海ちゃんが謎の決めポーズをしながら立っていた。
「おはようございます!
「おはよう七海ちゃん」
上は白いスウェットを着ていて、下はさっき目に入ったチェック柄スカートを身に着けている。
元気いっぱいの七海ちゃんしては、なんだか大人しい雰囲気を感じる。
靴は動きやすいものを履いてきたようだ。
「麗は何してるの?」
「お姉ちゃんは
さすが七海ちゃん。
楓ちゃんと同じくぬかりない。
「それなら安心だよ……ありがとうね」
「いえいえ! それじゃあさっそく行きましょう!」
にかっと笑うその笑顔は、やはり麗によく似ていて、麗のことを思い出す。
赤いシュシュで結ばれた綺麗な金髪がふわりと舞う。
俺は七海ちゃんの後に続いて歩き出した。
今日の駅はとても賑わっており、家族連れや学生らしき人たちが多くいる。
連日の雨も止み、休みということもあってなのだろう。
デパート付近もその賑わいは止むことはなく、多くの人で溢れていた。
「すごい人の数ですね!」
「そうだね。迷子にならないように気を付けないと……」
「はい!」
さすがにそんなことはないかと思いつつ、デパートに入る。
やはりデパート内も人で溢れている。
「ところで康太さん!」
「なに?」
「康太さんは何をプレゼントしたいんですか?」
「そうだなぁ」
とりあえず、遠くのアクセサリーショップで買ったイヤリングがあるということを伝える。
だから、アクセサリーはとりあえずいいかなと思いつつも、何がいいのかまったく思い浮かばない状態だ。
「イヤリングですか」
「ダメだったかな……?」
「ダメではないですが、相手のことを考えて選びましたか?」
「相手のことを……?」
「はい! ただこのイヤリングを付けてるお姉ちゃんがかわいいだろうからって理由だけだと、ちょっとバッテンですよ!」
「なるほど……」
たしかにあの時、俺は自分のことしか考えていなかったかもしれない。
金髪ロングの麗の耳に付けているイヤリングが、ちらっと見えるのがいいのではないかと。
これは俺の感想であり、俺の願望だ。
麗の気持ちはそこに含まれていない。
「なら、イヤリングはやめよう」
「いや、それはもったいないですよ!」
「でも、これは俺のことしか考えずに買ったものだし」
「いいえ! 今気づいた康太さんは、もうお姉ちゃんのためにと考えることができるはずです!」
そう言いながら力強く頷いてくれる。
「そのイヤリングは、お姉ちゃんに似合うと思って選んだんじゃないですか?」
「それは……」
「ふふっ。わかってますよ!」
楓ちゃんもそうだったが、心を見透かされているような気分になる。
それは麗も同じだ。
この姉妹たちと話していると、どうにも心が読まれている気がする。
何度も思うが、俺ってそんなに顔に出やすいんだろうか? それとも何なのだろうか?
「じゃあアクセサリー以外にしましょうか! 今度もお姉ちゃんに合うものか考えてくださいねっ!」
「は、はい……」
デザインは麗に似合うと思って選んでいた。
それは、相手のことも思っている証拠であると、七海ちゃんは言いたいわけだ。
七海ちゃんのアドバイスもあって、今度はもっといいものを選べそうだ。
「まずはどんなお店があるかチェックしていこうかな?」
「そうですね!」
そう言って七海ちゃんと二人でデパートを一周する。
あまりしっかりと店内を回ることはなかったので、新しい発見がいろいろあった。
こんなお店があったのかとか、こんなものも売っていたのかとか。
様々な発見をしつつ、とりあえず一周を終える。
「どうでしたか?」
「そうだなぁ……。前に楓ちゃんがサメのぬいぐるみを見てる時、麗も買おうかなって言ってた気がするけど、やっぱりぬいぐるみも好きなのかな?」
「そうかもしれないんですけど、あんまりぬいぐるみ持ってないんですよね」
「へぇ……」
あんまり持ってないのか。
それじゃあたまたま楓ちゃんが欲しがってたから、見てて欲しくなったという可能性もあるのか。
「そういえば、アクセサリーもあんまり持ってませんね……? 好みはわかるんですが……」
そこで俺はハッと気づいた。
俺と
片親で、長女の麗が自分の物をたくさん買うことができるだろうか?
それに優しい麗のことだ。自分のことは後回しにするはずだ。
ずっと七海ちゃんと楓ちゃんのことを見てきたんだ。
七海ちゃんと楓ちゃんに買うことを優先するに決まっている。
俺も、心優のことを真っ先に考えていろいろ買ってあげていた。
麗も、同じことをしていたんだろう。
「麗らしいな」
「はい?」
「わかった。ケーキはもう注文したんだよね?」
「あ、はい!」
「なら、これ以上買う必要はないな。帰ろうか」
「え? いいんですか?」
「ああ」
だからと言って、麗にたくさんものを買ってあげるのは違う。
俺は麗の親ではないし、兄でもない。
そういうのは、同情だ。
麗は同情が欲しいわけじゃない。
麗が七海ちゃんと楓ちゃんのためを思ってしていたことは、麗にとっても嬉しかったことだ。
俺も、誰かからたくさんものを買ってもらったりしたら、正直イラっとするだろう。
なら、もうイヤリングがある。
誕生日に同情をプレゼントするなんて、そんな最悪のプレゼントはありえないだろう。
俺は、普通の誕生日らしく、普通にプレゼントを渡す。
ただ、それだけで十分だと思う。
「ねぇ七海ちゃん」
「はい?」
「麗のこと、好き?」
「お姉ちゃんのことですか……?」
「うん」
七海ちゃんは、一瞬も考えなかった。
俺がうんと頷いた後、とびっきりの笑顔で答えたのだった。
「はい! 大好きです!」
※※※
お昼前の電車に乗り、七海ちゃんは帰って行った。
お昼には帰ってくると言っていたそうだ。
まぁ、当然といえば当然だ。
あまり帰ってこないとやはり怪しいからな。
しかし、俺に伝えていないというのは相変わらずと言うかなんというか。
麗が知ったらきっと怒られると思う。
「さて、これからどうしようか」
とりあえず、これから特に予定もないので、せっかくここまで来たのだから、適当にお店を回ろうと思って残った。
デパート近くも飲み屋があったりと賑わっているので、ほかにもお店がありそうだ。
適当に歩き回っていると、楽器店らしき建物を見つけた。
なんとなく
「おぉ……」
中に入ってみると、たくさんのギターが壁に掛かっていた。
いや、ギターだけじゃないのかもしれない。
その中の一つ。
少し不思議な形をしたギターが目に入る。
ギターのなんという部分かわからないが、手で音を奏でる大きな部分がXの形になっている。
そのXの片方が短いという形状をしていて、なんだか誰もが思い浮かべるギターの形とはかけ離れていた。
「それはランダムスターや」
「っ!?」
急に声を掛けられて驚いた。
振り向いてみると、綺麗な白髪に紅い目をしたおじいさんがこちらをにやりと眺めている。
「ボディが変な形してるやろ? ギターに興味があるんか?」
「あ、いや……そういうわけではないんですが……。なんとなく歩いていたら、このお店を見かけまして。友人にギターを弾く子がいるので、なんとなく気になって入ってみました」
「なんやそうかい。ちょっと残念や」
「ごめんなさい」
「いやいや気にせんくていい。ちょっとでも興味持ってもらったんなら嬉しいわ」
そう言っておじいさんはがははと豪快に笑う。
そして、近くのギターを手に取ってちょっと弾いて見せる。
今までの雰囲気と違い、なんだか安らぐ音色に、俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「素敵ですね」
「そうかい? ありがとな」
こうして聞いていると、やはり千垣のことを思い出す。
千垣の奏でるギターも、心を安らがせてくれるから。
「また来ます。今度はその友達も連れてきますよ」
「おっ。そりゃ楽しみや」
そう言って俺は店を出た。
とても素敵な店だなとなんだかよくわからないが、そう思った。
隣には弁当屋がある。
食べ屋というお弁当屋らしい。
なんだか面白い名前だ。
もう少し歩くと、エンジョイというおもちゃ屋さんもあった。
さすが大きな駅だなとぼんやり思う。
そういえば、お腹が空いてきた。
時刻的にもいい時間だし、弁当屋を見てしまったので猶更お腹が空く。
心優はお昼どうしてるだろうか?
『お昼どうする?』
『あれ? 食べてくるんじゃなかったのぉ?』
『いや、よく考えたら七海ちゃんは怪しまれないように昼前に帰った方がいいってことになって』
『あ、そっかぁ。なんか適当に食べようと思ってたけどぉ』
『ちょっと遅くなってもいいなら、弁当買ってこうと思うんだけど。なんか面白そうな弁当屋見つけたからさ』
『なにそれぇ。気になるなぁ。じゃあお願いしようかなぁ』
『おっけー』
ならと、駅に向かって歩く。
少し戻ったところにある食べ屋という弁当屋に入った。
「あらいらっしゃい」
「こんにちは」
ハンバーグ弁当にから揚げ弁当。
どれもおいしそうだ。
しかしその中に異様な雰囲気を放つ弁当があった。
スペシャル弁当という名前で、大きな弁当箱にぎっしりとおかずやごはんが詰まっている。
こんなもの食べきれるのだろうかというレベルだ。
俺は普通に、ハンバーグ弁当を買い、お店を出た。
ちゃんと時間も調べていたので、少し待つだけで電車に乗ることができた。
俺はハンバーグ弁当を持ち、家に帰った。
「ただいま」
「おかえりぃ。わ、おいしそうだねぇ」
さすがに少し冷めてしまったので、温め直して二人で食べる。
「ん! すっごいおいしいねぇ」
「そうだな……!」
これは冷めていても絶対においしいやつだとわかるくらいおいしかった。
ほかの弁当もチェックしてみたいくらいだ。
これならあの大きな弁当箱のやつも食べれるかもしれない。
「これはすごいなぁ。おいし~♪」
箸が止まらないとはこのことだ。
こんなにおいしい弁当は食べたことがない。
そう思わせるのに、この弁当は十分だった。
「「ごちそうさまでした」」
あっという間に食べ終わってしまった。
「これどこに売ってたのぉ?」
「姫奈駅から少し歩いたとこにある、食べ屋っていう弁当屋だよ」
「へぇ……。そんなお弁当屋さんが……」
心優は熱心にメモを取っている。
心優もすごく気に入ったらしい。
「あ、そういえば午後からまりぃちゃんが来るの」
「そうなのか? どっか出掛けるのか?」
「いや、今日は出かけないよぉ」
「俺出てようか?」
「そんなに気使わなくて大丈夫だよぉ」
まぁそう言うなら家にいようか。
というか俺、家にいていいのかな?
七海ちゃんと楓ちゃんのこと手伝わなくていいのかな?
プレゼントのことばかり考えてて頭が回ってなかったな……。
今更だけど、メッセージ入れておこう……。
「ごめんくださいです」
その時、玄関からかわいらしい声が聞こえた。
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