第9話 「ふふふふ……」 くすくすと笑っていた。
次の日。
いつもの時間の電車に揺られ、
田んぼ、住宅、田んぼ、住宅の見慣れた景色を眺めつつ、ぼんやりと電車に揺られる。
今週の土曜日。
日曜日は麗の誕生日。パーティーもやるので、準備を怠れない。
そんな前日にプレゼントを選んでもらうのを手伝ってくれるなんて、大丈夫なんだろうか?
いや、せっかくそう言ってくれたんだから、どんなものを選ぼうかくらい考えておくべきだな……。
悩みながら電車を降りると、何もないところで転びそうになった。
こういうところで躓くと、心臓に悪いのでやめてほしい。俺のせいだけど。
「ふふふふ……」
「あ、麗」
笑い声が聞こえたので後ろを見ると、麗がくすくすと口元を押さえながら笑っていた。
さっき躓いたのを見られてしまったらしい。
「お、おはよう
「笑いすぎだろ……」
俺が躓くのがそんなに面白かったのだろうか。
くそ。歩きながら考え事なんてするんじゃなかった。
「はぁ~……。笑った笑った」
「いやだから笑いすぎなんだよ」
「だって……ふふっ。何もないところで躓くから……。ふふっ……」
「思い出すほどですかね?」
そんなに面白かったこのやろう。
あ~くっそ。
どこかで仕返ししてやりてぇ……。
「ほら、もう行こ」
「はいはい」
ここで仕返しはできそうにないので、仕方なく歩き出す。
麗と何気ない雑談をしながら、
雑談の内容は、昨日のテレビの話だったり、料理の話だったりした。
学校に着いて、下駄箱で靴を履き替える。
教室に入ると、
弁当は無事に作れたのだろうか。協力者として気になる。
「ねぇ康太」
「ん?」
「日曜日、本当にうち来るの?」
「ダメじゃなければ行かせてほしいな。麗の誕生日、祝いたいし」
「麗ちゃん誕生日なの?」
「おっ!」「わっ!」
突然会話に入ってきたのはなんと
いつの間にか教室に入ってきていたらしい。
「いつ? いつ誕生日なの?」
「十一月七日……。今週の日曜日だけど……」
「あ、そうなんだ! じゃあ来週にプレゼント持ってくるね!」
「あ、ありがとう」
そう言うと琴羽は自分の席に着いた。
「なぁ麗」
「なに?」
「今の琴羽どうだった?」
「なんかすぐ離れてったわね」
「だな」
その時、チャイムが鳴った。
ホームルームが始まる時間だ。
「また後でね康太」
「おう」
麗と話していると、あまり時間を気にしなくなってしまうな。
それほど麗と話すのを楽しんでいるのだろうか。
自分で考えておいてなんだか恥ずかしい。
これは誰にも言わないでおこう……。
※※※
昼休み。
麗と向かい合わせに座りつつ、こっそりと祐介の様子を窺う。
姫川さんはまだ来ていない。
「弁当作ってきたのかな?」
「作ったらしいわよ。今朝メッセージ来てたから」
「あ、そうなの?」
「朝早くごめんね。これでいいかな? って中身を確認するメッセージが来たわ」
「さすが先生」
「ふふん」
俺がからかっているのだと麗はわかっているだろうが、それでもドヤ顔をしてくる。
腰に手を当て、胸を張るポーズがなんだか様になるな。
「あ、きたきた」
教室の扉を開け、姫川さんが入ってくる。
祐介に小さく手を振ろうとし、両手に弁当箱を持っていることに気づき、諦めた。
それを見た祐介も微笑んでいる。
これはイチャイチャカップルですねぇ。
弁当を持っていくって言うのは、当然だが予めに伝えていたようだ。
二人で包みをほどき、弁当箱を開ける。
「これ以上は野暮ってもんだな」
「そうね。康太はあたしが作ったお弁当を食べなさい」
「いただきます」
「どうぞ」
麗の作ってきた弁当の中身は、姫川さんに教えたものとまったく違うものだ。
俺たちは昨日食べたわけだから当然といえば当然だな。
「うまい」
「当然よ」
麗は澄ました顔でミートボールを口に運ぶ。
その様をじーっと見つめていると、こちら気づいたようできょとんと首を傾げた。
「なによ」
「いや、なんか普通だなと思って」
「あんたあたしに一体何を求めてるのよ」
「優雅なお昼のティータイム」
「なら紅茶とケーキを持って来なさい」
「俺は執事か」
そう言いながら食べているのは、ふりかけのかかったごはん。
「お嬢様なんだから執事がいて当然じゃない?」
「メイドかもしれんぞ?」
「あんたがなるから執事なのよ」
「いや俺がなるのかよ」
「なんか面白そうじゃない」
一体どこが面白そうだと言うのか。
まったくわからない。
「ねぇ二人とも、今日は一緒に食べてもいい?」
机に影が落ちたと思ったら、そこには見慣れたポニーテールの女の子がいた。
「あ、ことちゃん! もちろんいいよ!」
「
「聞くまでもないだろ?」
「ふふっ。ありがと」
琴羽はどこかから教室に戻ってきたようで、弁当箱の入った包みを持ってこちらにやってきていた。
近くの机を動かし、こちらにくっ付ける。
「なんか話すのも久しぶりだね、ことちゃん」
「そうだね!」
「琴羽、なんか忙しそうだったけど、もういいのか?」
「うん。もう大丈夫!」
そう言いながらピースまでしてくる。
いつも通りの琴羽だ。
最近バイトでも会うことがないからとても心配していた。
一応バイトには入っていたようなんだが……。
でももう、それも終わりらしい。
「ことちゃん何してたの?」
「あ、いや大したことじゃないんだけど……。あ、ミートボールおいしそうだね!」
「一個食べる?」
「え、いいの? じゃあ私からはこれをあげよう!」
「わ~! これつくね?」
「そうだぜ~! 作ってみたんだ~!」
久々に麗と琴羽のおかず交換会を見れてなんだか嬉しい。
「あれ? 康ちゃんとららちゃん、おかず一緒だね?」
「あ、うん。今日はあたしが作ってきたんだ」
「え、そ、そうなの!?」
そういや学園祭の後からこの弁当をお互いに作り合うってのは始まったわけだから、その辺りから一緒に食べることがなくなっていた琴羽は知らないわけだな。
「俺が当番の日は、俺が麗のも作ってるんだ」
「い、いつの間に呼び捨てに……?」
「あ、この間麗の家に行ったときに――」
「家に!?」
驚いた勢いで足が上がったのか、琴羽は机に盛大にぶつける。
弁当がひっくり返りそうになったので、麗と二人で慌てて机を押さえる。
「ちょっと大丈夫?」
「だ、大丈夫……です……」
「変なことちゃん」
琴羽は痛みに悶え、麗はくすっと笑みを浮かべる。
なんだか今日の琴羽はリアクションが派手だな。
「あ、そ、そうだ! 用事思い出しちゃった! ごめんまた今度ね!」
「あ、ちょ、ことちゃん!?」
「おい琴羽!」
「行っちゃった……」
「どうしたんだ……?」
そんなに急な用事だったのだろうか。
弁当をさっさと片づけて行ってしまった。
「まだ忙しいみたいだね」
「そうだな」
何をしているかはわからないが、何やらめちゃくちゃ忙しいらしい。
先生に何か頼まれているとか、家のこととかだろうか。
何か手伝うことがあればきっと言ってくれるだろう。
俺は、ミートボールを口に運んだ。
※※※
放課後。
最後の授業を終え、生徒がそれぞれ行動を開始する。
誰かと寄り道の相談をしながら帰るやつ、部活に行くやつ。
何をするかは人それぞれだ。
「康太、帰りましょう」
「おう」
帰りの支度をし、俺たち帰宅部はさっさと帰る。
今日は心優が買い物をしてくると言っていたので、俺はそのまま帰宅だ。
琴羽は……もういないみたいだな。
俺たちは下駄箱で靴を履き替え、踊咲高校前駅に向かう。
今日は昨日の晴れが嘘のようには曇り。なんだか忙しい天気だ。
しかし今日は、雨は降らない予報だった。
一応傘は持ってきているが。
「あ、雨ね」
「予報は外れるなぁ」
「外れるくらいがちょうどいいのよ」
そう言いながら麗は鞄をガサゴソと探っている。
俺はすぐに鞄から折り畳み傘を取り出した。
「今日はちゃんと折り畳み傘を確認して持ってきたぞ」
「土砂降りのあの日こそ確認しておくべきだったわね」
「過ぎたことは気にしないことにしているんだ」
「はいはい。傘入れて?」
「持ってきてないのかよ……」
「忘れたものは仕方ないと割り切ることにしているのよ」
「はいはい」
折り畳み傘じゃさすがに二人は入りきらない。
できるだけ麗の方に傾けるが、限界がある。
「もっと近づけばいいのに」
「濡れたい気分なんだ」
「まったく」
「っ!?」
この間の雨の日よろしく、いや、その日よりもより近くにくっついてくる。
あの時は姫川さんがいたからやらなかったのか、それとも折り畳み傘だからやるのか、それはわからない。
もはや腕を絡めてきている。
小さくも柔らかいものが……。
「ちょっと麗さん?」
「なによ。濡れたくないでしょ?」
「それはそうですけども……」
見れば麗も頬が赤くなっている。
自分も恥ずかしいんじゃねぇか。
「お前も赤くなってるぞ」
「そ、そんなことないわ」
意地でも認めたくないらしい。
もう勝ち誇れないだろうに……。
ならばこっちからも仕掛けて行こう。
「かわいいやつめ」
「なっ!?」
そっちが物理で攻めるなら俺は精神で攻めてやる。
「な、なにを言っているのかな?」
「なんだか甘えられてるみたいで俺は嬉しいなぁ」
「うぐっ!?」
お、耳まで赤くなってきた。
しかしそれでも麗は俺の腕を離さない。
いや、それどころか……。
「ひっ!?」
さらにくっついてきた。
もう冬服だというのに、むにゅっと……むにゅっと……。
くっ……ならば……。
というところで駅に着いた。
今更気づいたが、ここは普通に学校帰りの通学路。
ほかの生徒が先に帰っていたおかげで、道にいなかったのは奇跡だと思う。
我に返った俺たちは、お互い顔を赤く染めながら、電車に揺られる。
「あ、明日は晴れるといいな」
「そ、そうね」
会話がぎこちない。
いつもなら話題をお互いに出し合っていたのに、何も話題が思いつかない。
ちらちらとお互いを確認したりしたまま、時間は過ぎていく。
このまま別れるのはなんだか嫌だと思い、俺は咳払いをして口を開いた。
「麗の誕生日パーティーって毎年やってたのか?」
「そ、そうね。いつも七海と楓が準備してやってくれてたわ」
「えらいなぁ二人とも」
「あたしの妹だから当然ね」
「また始まったよ」
すっかりいつもの調子に戻った麗は、ふふんと胸を張る。
「そう言うなら、俺の妹もすごいけどな」
「それは心優ちゃんがすごいのよ」
「そっくりそのまま言葉を返すよ」
たしかに心優はすごいけど、それを言ったら麗の妹たちも同じだ。
七海ちゃんも楓ちゃんもすごい。
「あ、もう駅か」
「そうね。じゃあまた明日ね」
「おう、また明日」
俺は席を立つが、そこで麗は傘を持っていないことを思い出した。
「ほいこれ」
「え、いいの?」
「まだ小降りだし、走って帰るよ」
「ありがと」
お互いに小さく手を振って、俺は電車を降りる。
「あ、お兄ちゃん」
「心優。荷物持つよ」
「ありがとぉ」
心優から荷物を預かる。
「それで傘はどうしたのぉ?」
「貸した」
「麗さん忘れちゃったんだねぇ」
誰にとは言ってないはずだが。
心優は俺を傘に入れてくれ、隣を歩く。
そして、空いた手をほぐすように動かした。
「いやぁ、それにしても、ちょっと買いすぎて重かったからお兄ちゃんに会えてよかったよぉ」
「こんなに買うなら最初から呼べばよかったのに」
「麗さんとの時間がなくなっちゃうかなぁと思って」
「そんなことは気にしなくていいの!」
そこは妹が気にするべきところじゃない!
いや、麗の友達としては気にするところなのか……?
でも俺の妹だし……。いやもうわからん!
「ふふふ」
心優はご機嫌な様子だ。
やれやれと思いつつ、俺たちは家に向かって雑談をしながら歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます