第8話 「二人ともお願いしますっ!」 また俺の出番はなさそうだ。

 インターホンを鳴らしてしばらく待つ。


 家の中からとことこ足音が聞こえ、扉が開かれた。


「いらっしゃいませ。康太こうたお兄さま、かなでお姉さま。……と?」

「初めまして、神城かみしろ心優みゆです」

「俺の妹だよ」

「なるほど。心優お姉さまですね。初めまして。藍那あいなかえでです。みなさんどうぞ」


 そう言ってテキパキとスリッパを用意してくれる楓ちゃん。

 マジでメイドさんみたいだ。


「楓ちゃんって下の妹さんだよねぇ? しっかりしてるんだねぇ」

「そうだよな」


 心優がこそっと言ってきた。


 本当にしっかりしていると思う。

 いや、むしろしっかりしすぎている。


 でも、この間のことでちゃんと甘えん坊なところもわかったし、この丁寧さは楓ちゃんの性格なんだろう。

 どういう環境であれ、こうなったと思えるくらいには、楓ちゃんらしい。

 ま、たった一日一緒にいただけでこんなこというのもなんだけど。


「リビングにどうぞ」


 楓ちゃんに案内され、リビングに移動する。

 前はここで楓ちゃんの宿題を見てたんだよな。


 キッチンはすぐ隣。ダイニングキッチンになっているので、リビングの長座布団に座っていても、様子はなんとなくわかる。


 しかし、どこにもうららの姿はなかった。


「あれ? 麗は?」

「麗お姉さまは今二階です」

「そうなんだ」


 準備中? なのかな?


「とりあえずお座りください。今お茶を用意します」

「あ、手伝うよぉ」

「ありがとうございます」


 楓ちゃんは、俺たちを座らせると、キッチンに向かった。

 心優が手伝うと言い楓ちゃんに続く。


 楓ちゃんが、何がどこにあるのかを伝え、二人でテキパキと準備をする。

 その姿を眺めていると、廊下から足音が聞こえた。


「あ、みんな来てたのね。いらっしゃい」

「「お邪魔してます」」

「あ、心優ちゃんもいらっしゃい」

「お邪魔してます!」

「楓ありがとね。心優ちゃんもありがと」

「はい、麗お姉さま」

「いえいえ!」


 ちょうどお盆で運んでくるタイミングだったので、麗はそちらを手伝う。

 俺と姫川さんは申し訳なさを感じつつも、手伝えることは何もないので大人しく待機する。


 いい天気はいい天気でも、季節的に部屋の中は少し涼しい。

 運ばれてきた温かい緑茶が、とてもおいしそうだ。


「ありがとう」

「ありがとねっ」


 俺と姫川ひめかわさんは、緑茶を受け取って一口いただく。

 温かいお茶が喉を通りすぎ、心地よさが広がる。

 おいしい。


「それじゃあひと段落したらさっそく始めましょうか。心優ちゃん、手伝ってくれる?」

「もちろんです!」

「二人ともお願いしますっ!」


 また俺の出番はなさそうだ。

 なんで俺呼ばれてるんだろう?


「康太お兄さま」

「ん?」


 くいっと袖を引っ張られる。


「楓の宿題見てください」

「ああ。いいよ」


 まぁ祝日だから当然宿題はあるよな。

 でも真面目な楓ちゃんなら昨日のうちに終わらせててもおかしくないけど。


 そんな楓ちゃんは宿題を取りに部屋に向かった。


「康太が来るって言ったら明日やるって言ってたの。だから悪いけどよろしくね」

「なるほど。わかった」


 楓ちゃんの後ろ姿を眺めていると、麗がそう教えてくれた。

 年相応に甘えん坊なところを見ると、なんだか安心するなぁ。


「そういえば、七海ななみちゃんは?」

「昨日のうちに宿題片づけて、今日は遊びに行ったわ」

「さすがだね」


 ならもう家にはいないのかな。

 それにしてもさすが、真面目だ。


 俺ならギリギリまで宿題やらなそうだからな……。

 心優は真面目なんだけど……。


「あ、材料あっちに持っていくわね」

「俺が運ぶよ」

「ありがと」


 昨日のうちに買っていた物をキッチンに動かす。

 持ってきてから置きっぱなしだったな。


 姫川さんと心優が持ってきた分も全部キッチンに持っていく。


「さて、じゃあ始めましょうか」

「お願いしますっ」


 麗が藍色のシュシュで髪を結び、ピンクのエプロンを付ける。

 この間の格好と同じだな。

 姫川さんもこの間と同じたぬきっぽいデザインの入ったエプロンを付ける。


 心優は、いつも家で使っているエプロンを付けた。


 準備万端だな。


「康太お兄さま、お待たせしました」


 こちらも準備を終えたようだ。

 扉を開けた楓ちゃんは、筆記用具や教材類を手に持っている。


 俺は、長座布団に座った。

 案の定、楓ちゃんは俺の膝の上に「はふぅ」と腰を下ろす。

 もはや特等席と化しているな。

 いいんだけどね。


 というわけで、宿題を見てあげつつ、キッチンに耳を傾ける。


「じゃあ簡単なたこさんウインナーからいきましょうかね」

「了解!」


 麗の言葉に姫川さんはびしっと敬礼する。


 宿題を見るだけなら、ずっと見ている必要はないので簡単だ。

 楓ちゃんはしっかりしてるので、わからないところもまずない。


 応用問題に少し苦戦するくらいなもんで、後はキッチンの様子を眺めていても問題なく解いてしまう。


「じゃあまずはここまでの長さでウインナーを切る」

「こ、こう……?」

「うん。大丈夫よ」


 包丁の使い方はまぁよくなったようだ。

 最初がひどすぎたというのは言ってはいけない。


「次は、こっちを切ります」

「はいっ」

「お上手です!」


 こうしてみると、麗と心優が姉妹に見えてくる。

 麗を好きでいる俺にとって、心優が麗と仲良くしてるのはかなり嬉しい。


「お兄さまお兄さま」

「ん?」

「麗お姉さまを見つめすぎです」

「っ!?」


 楓ちゃんのことをあまり見ていなかったら思わぬ攻撃を受けた。

 もう一度キッチンを見る。


 三人は普通に会話をしていて、どうやらこっちの声は聞こえていなかったようだ。


「ご、ごめんね楓ちゃん……」

「攻めたいんじゃありません。見つめるのはいいですが、楓の宿題もちゃんと見てください」

「はい……」


 見つめるのは許してくれるんだ……。


「ここ教えてくれませんか?」

「うん。いいよ」


 指定された場所を順番に教えていく。

 やはりちょっと忘れているところもあるので、教科書を見せてもらい、思い出しつつ説明をする。


 一応最初から順に説明していくのだが、少し教えるとすぐに理解し、さらさらと問題を解いていく。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ答えを導く要素がわからないんだな。

 だからちょっと教えるとすぐに理解してくれる。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 続く問題も、楓ちゃんはすらすらと解いていく。

 きっともうすぐ終わっちゃうんじゃないだろうか。


「あー待って! 逆! 逆!」

「こ、こうですよ奏さん!」

「は、はいぃ!」


 一体何をしているんだろうか。

 すごい気になる。


 そしていつの間にやら心優が姫川さんことを奏さんと呼んでいる。


「麗ちゃん、心優ちゃんこれでいいでしょうか?」

「大丈夫よ」

「はい! 問題ないです!」


 どうやら大丈夫になったらしい。

 本当に何だったんだ。ちょっと怖い。


「終わりました」

「お。答え合わせしようか?」

「お願いします」


 楓ちゃんから預かった教材と、解答を見比べながら丸付けを行う。

 楓ちゃん、読みやすいかわいい字を書くんだな。

 麗の書く文字とそっくりだ。


 と、それはともかく問題はばっちり全問正解だった。


「はい。全問正解だったよ。すごいね楓ちゃん」

「楓ならよゆーです」


 えっへんと胸を張ってドヤ顔を繰り出す。

 とても微笑ましい。


「じゃあ片づけてきます」

「うん。行ってらっしゃい」


 楓ちゃんは、教材をまとめてとことこリビングを出て行った。


 俺は立ち上がって気になったキッチンを覗きに行く。

 今は順調なようで、サラダが完成したところだった。


「あれぇ? お兄ちゃん楓ちゃんは?」

「宿題が終わったから片づけに行ったよ」

「そうなんだぁ」

「康太ありがとね」

「気にすんな。そっちはどんな感じ?」

「奏、どう?」

「かなり二人を困らせちゃってるけど、順調だよっ」

「それって順調なのか……?」


 後はハンバーグを作って終わりだろうか。

 炊飯器も動かしているみたいだし、作る予定のものほかになかったよな?


「じゃあハンバーグ作りましょうか」

「はいっ先生!」

「ふふーん」


 先生と呼ばれた麗は、なぜか俺にドヤ顔しつつ、材料を冷蔵庫から取り出す。

 麗先生はどうやら張り切り始めたらしい。


「んしょ」


 後ろで扉が開く。

 楓ちゃんがこの間のサメを抱きしめながら戻ってきた。


 とてとてとこっちにやってくる。


「おいしそうです」

「ありがと、楓ちゃん」


 楓ちゃんは、できた料理を見た後、麗と心優のことをじーっと見つめている。


「麗お姉さまと康太お兄さまが結婚したら、心優お姉さまは本当に心優お姉さまになって、康太お兄さまは本当に康太お兄さまになりますね」

「えっ!?」「なっ!?」


 それは考えたことがなかった。

 も、もし……もし、麗と結婚したら、七海ちゃんと楓ちゃんが義理の妹になるんだ……。

 七海ちゃんと楓ちゃんからすると、俺は義理の兄。心優は義理の姉に……。

 七海ちゃんからすると、誕生日次第で心優は妹になるかもしれないが……。


 それにしても、麗と結婚だなんてやっぱりそんな……。

 まだ付き合ってもない……いや、だからまだってなんだよ俺……。


「そうなるといいねっ、楓ちゃん」

「はい」

「姫川さんまで何言ってるの!?」「奏も何を言ってるのかしら!?」

「息ぴったりだぁ」


 ハモった俺たちを見て、心優まで嬉しそうにニコニコ笑う。


「麗さんがお姉ちゃんになったら、嬉しいなぁ」

「ちょっと心優ちゃんまで!」


 麗の顔がみるみる赤く染まっていく。

 もう耳まで真っ赤っかだ。


 そういう俺も顔が熱くなっていくのを感じている。


 その時、どこかで物音が聞こえた。

 これは、玄関の扉の開く音?


 足音が聞こえた後、リビングの扉が開かれる。


「たっだいまー! おなかすい……た……? これ、どういう……?」


 帰ってきた七海ちゃんは、困惑の表情を浮かべ、その場に固まったのだった。



※※※



「おいしー!」


 七海ちゃんは嬉しそうにハンバーグを頬張る。


 食卓には、弁当に入っていそうな料理がずらりと並んでいる。

 家にあった材料を使って麗と心優が追加したのだ。

 作り忘れていた卵焼きもちゃんと姫川さんに教えて作った。


 どれもしっかりとできていて、ちゃんとおいしい。


「まさか七海がお昼前に帰ってくるとは思わなかったわ」

「いやーもともとそう言う約束だったんだけど、アタシが勘違いしちゃっててさー!」

「いつもちゃんと確認しなさいって言ってるでしょう? まったくもう……」

「ごめんなさーい!」


 麗は、隣に座る七海ちゃんを注意する。

 俺の左隣では、楓ちゃんが黙々とご飯を食べていた。


 俺から見て右側の一人しか座れない位置に心優が。

 心優の正面の位置に姫川さんが座っている。

 俺の真正面は七海ちゃんだ。


「さすが麗ちゃんと心優ちゃん! これでもう作れるかな……?」

「大丈夫だと思うわよ。うまくできてたわ」

「わたしもそう思いますよ!」


 麗と心優がそういうなら、きっともう問題ないだろう。

 ただ、忘れてはいけないのは、教えた料理以外やってはいけないということだ……。


 きっともう姫川さんもわかっていると思う。


「姫川さん、弁当はいつ作ってくの?」

「もう明日には作ろうかなって。だから今日は早めに帰って材料買うね!」


 行動が早い。

 感覚を忘れないようにとか大事だから気持ちはわかる。


「じゃあ俺たちも今日は早めに帰ろうかな」

「わかったわ」


 麗の誕生日プレゼント。すでに一個は用意してあるけど、ほかにも何か買いたいし、いろいろ調べようかな。


 あの時に買ったアクセサリーをまず喜んでくれるか心配だけど……。

 ほかには何がいいのかなぁ。

 誰かに相談とかしてみようかな。


「えっと……心優さん……」


 突然、おずおずと七海ちゃんが声を上げた。


「はい?」

「呼び捨てにしてもいい……かな? 同い年なんだよね?」

「あ、うん! えっと……。じゃあ、七海ちゃん!」

「心優っち!」

「心優っち!?」


 心優は戸惑いながらも笑っていた。

 七海ちゃんは、「だって~」と何やら理由のようなものを言っている。

 仲良くなってくれそうでとてもよかった。


「康太お兄さま、嬉しそうですね」

「うん。心優に新しい友達ができそうだからね」

「楓には新しいお姉ちゃんができるんですね」

「それはちょっと待ってほしいかな!?」


 待ってというのもどうかと思うが……。

 そうなりたいというかなんというか……。


「ごちそうさまでした!」


 そんなことを考えていると、七海ちゃんがご飯を食べ終えた。


「アタシが洗うから、食べ終わったら置いといて!」

「ありがとう七海」

「七海ちゃんありがとっ」

「ありがとう! 七海ちゃん!」

「七海お姉さまありがとうございます」


 みんながそれぞれお礼を言うと、七海ちゃんは「どういたしまして!」と言いながら立ち上がる。

 そして食器を持ってキッチンに向かった。


 さてと……。


「食べ終わったから、皿洗い俺も手伝うよ」

「わっ。ありがとうございます!」


 俺も立ち上がって、食べ終えた食器を持っていく。


「康太さん、ありがとうございますね!」

「どういたしまして。それより、ちょっと聞きたいことがあってさ……」

「はい、なんですか?」


 俺はチラリとリビングを確認し、誰もこちらに注意を向けていないことを確認してから答えた。


「麗の欲しいものって何かあるかな?」

「お姉ちゃんの欲しいものですか……。そうですねぇ……」


 しばらく考え込むが、なかなか出てこない。


「好みのものを伝えられたらいいんですが……。あ、そうだ!」

「なに?」


 七海ちゃんは、妙案を思いついたと言った具合ににやりと笑った。


「土曜日、空いてますか?」

「土曜日? 空いてるけど……」

「じゃあ、一緒に出掛けましょう!」

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