第7話 「特に予定ないんだよねぇ」 ゴロゴロしながら答えた。

「あんた授業中寝てたでしょ」

「……寝てません」

「写真があるんだけど」

「授業中にそういうのはよくないと思います!」

「冗談よ」


 本当に寝ていない。

 寝てないから!


 というわけで放課後。

 今は姫川ひめかわさん待ちだ。祐介ゆうすけに先に帰ると伝えるらしい。


 だからうららと二人で生徒玄関で待機している。


「ところで、麗さん」

「なによ」

「傘に、入れていただけないでしょうか……」

「はぁ? あんた傘持ってこなかったの?」

「折り畳み傘が入ってたはずなんですが、ありませんでした……」

「はぁ……。いいわよ、仕方ない」

「ありがたき幸せ」


 放課後になってまさかの土砂降りだった。

 今日は止まないどころかこれでは明日も雨っぽい。


 さすがにこれを傘なしで行くのはしんどすぎる。


「麗ちゃん、神城かみしろくん、お待たせっ」

「来たわね。それじゃ、行きましょうか」

「あれ? 神城くん傘は?」

「忘れちゃったから麗に入れてもらうよ」

「策士だねっ」

「そういうんじゃない!!」


 わざと忘れたとかでは断じてない!

 断じて!


 でも正直、相合傘……。

 嬉しくないわけがない。


「俺が持つよ」

「当然ね」


 麗から大きめの藍色の傘を受け取る。


「妹たちも入れることがあるから大きめのを買ったの」

「まだ何も言ってないけど」

「顔に書いてあったわ」

「まぁ聞こうと思ったのは事実だけど」


 俺ってもしかして顔に出やすいのかな?

 違うと信じたい。


康太こうた、肩濡れてるじゃない」

「いいよ。俺は。……っ!」


 いいと言ったのに、麗は俺の方にきゅっと寄った。

 それに伴って密着率が高まる。

 俺の鼓動も高まる。


 ……今、上手いこと言いました?


「なんでふらふらしてるのよ。あたしまで濡れちゃうじゃない」


 だってなんかドキドキするんだもん。

 近すぎるのはなんか違うというのと、麗を濡らすわけにはいかないという気持ちから俺の体だけがフラフラと動く動く。

 その度に俺の傘を持つ腕に、麗の肩や腕が当たったりする。


 心臓はもうバックバクだった。


「……あたしが持ってあげようか?」

「いえ……」


 麗は濡れてないが、俺の肩がすごい濡れてる。

 正直アホだとは思う。

 しかし想像をしてみて欲しい。誰でもこうなるって。


 しかしこれ以上心配させるのもそれはそれで申し訳ないので、俺はバクバクと心臓を鳴らしながらもまっすぐ歩く。

 傘を持つ腕に、麗の肩や腕が常に当たっている。

 それになんだかいい香りも……。


「ラブラブだねっ。でも、わたしがいるのも忘れないで欲しいな~」

「わ、忘れてないよ大丈夫」

「ホントかなぁ?」


 そう言ってからかうように姫川さんは笑う。

 隣では麗もしてやったりという表情でにやにやしている。


 前までならイライラしていたが、今はその表情すらドキッとしてしまう。

 もうそろそろ電車に乗れる。それまでの辛抱だ、堪えろ俺!


「もう駅ね。残念だわ」

「な、なにが!?」

「康太の恥ずかしがってる顔が見れなくなるなんて」


 くすっと上品に笑われる。

 今回は俺の負けだ。素直に認めるしかない。


 そうして俺たちは電車に乗る。

 向かうのは咲奈さきな駅。あそこならスーパーも近いし、八百屋や果物屋もある。

 何かと便利なところだ。俺の家も近いし。


「あそこ空いてるわね」


 そう言うと麗は向かい合う形の席に向かってしまう。

 姫川さんもそれに続き、麗と向かい合う形で席に着いた。


 これは俺は立ってる方がいいかな。


「何してるのよ。ここ座りなさいよ」

「え。あ、はい」


 俺が近くに立っていると、座る気がないと気づいたようで、麗が自分の隣を進めてきた。


 そういうことをされるとドキッとしてしまうからやめて欲しい。

 勘違い……ではないだろうからより心が揺さぶられる。

 さっきから何なんだよ……。


「それで、お弁当の内容に変更はない?」

「うん。ハンバーグ、卵焼き、たこさんウインナー、サラダ」

「そうね。なら問題ないわ」


 これで普通に会話を続けるんだもんな……。

 なんかすごくいい……。


「なにボーっとしてんのよ」

「お。ごめんごめん」


 麗はまたしてやったりとにやにやしている。

 一方姫川さんもこちらを見てにやにやしている。

 勝てないわ。もう。


「明日はまた十時ごろに集合でいい?」

「うんっ。もう家の場所もわかるし、迎えは大丈夫だよ」

「じゃあ準備して待ってるわ」

「うんっ。よろしくお願いします」

「いえいえ」

「いっ!?」「いたっ!?」

「二人とも大丈夫か……?」


 向かい合いながら二人で頭下げたらそりゃぶつかるでしょうよ……。


 そんなこんなで咲奈駅に着いた。

 みんなで電車から降りて駅を出る。

 そのまま歩いてスーパーに向かう。


「一部は俺が預かっておこうか? 家すぐそこだし。持ってくの大変だろ?」

「でも康太が明日持ってこないとなのよ?」

「いいよいいよ。それくらいなら」

「わかったわ。かなでもそうするといいわよ」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうねっ」


 スーパーに着いて、目的の食材を各自揃えて購入する。

 店内ではバラバラに動いていたので、誰とも話さなかった。


 スーパーの前で待ち合わせをし、買い忘れがないか確認する。


「ま、いざとなったら俺が買ってくよ」

「なら問題ないわね」


 一応メモに書いてあるものは全部揃っていた。

 忘れ物に気づいたら俺が明日の朝買って行こうと思う。


 二度目の確認を終え、顔を上げると姫川さんが俺と麗を交互に見つめていることに気づいた。


「どうかした?」

「あ、いや、なんだか夫婦みたいだなぁ……って」

「えっ!?」「はぁ!?」

「ごめん! なんだかお互い信頼しきってる感じがして……。神城くんが言ってることに麗ちゃんはすぐ了承するとか、相合傘とか、電車での座る流れも自然だったから……」


 たしかに、俺が言うことに麗はすぐ納得して任せてくれるし、逆に俺も麗に任せることもある。

 でもそれは、学園祭の時からそうで、突然こうなったわけじゃない。


「麗ちゃん顔真っ赤っ」

「い、言うな!」


 ふふふと笑いながら姫川さんはそう言う。


 ふん。俺のことを攻撃し続けた罰だ!

 心して受けたまえ!


 いいぞ姫川さんもっとやれ!


「神城くんは妹ちゃんたちの面倒も見てたしね~」

「な! それには俺も妹がいるから!」

「照れてる?」

「照れてない!」


 なんで俺にまで攻撃を仕掛けてくるんだ姫川さんは!

 この裏切り者!


「それじゃあ雨も弱くなってきたし、今のうちに帰ろっ」

「あ、こら奏! 待ちなさいよ!」

「神城くんまた明日ね~!」

「康太また! 待ちなさいってば~!」

「賑やかだなぁ……」


 そのまま二人は駅に向かって行ってしまった。

 取り残された俺は、そこそこ重めの荷物を持ち、家まで走った。


 袋が破れるか心配だったが、杞憂に終わったらしい。

 しかし、いくら雨が弱くなったと言っても、さすがに家に着くころにはびしょ濡れになってしまった。

 これはすぐに風呂に入らないと風邪を引きそうだ……。


「ただいま」

「おかえり~。やっぱり傘持ってってなかったぁ。お風呂沸いてるよぉ」

「ホントか!? 助かるよありがとう」

「どういたしましてぇ」


 さすがは心優みゆ


「これ冷蔵庫に入れとけばいいのぉ?」

「すまんが頼む。わかるようにしといてくれ」

「わかったぁ。じゃあごはん作ってるねぇ」

「おう」


 今日の夕飯は餃子だった。

 にんにくが効いていてとてもおいしかった。



※※※



 次の日。

 当番なので朝早く起きて朝ごはんを作る。


 しばらくして心優が起きてきて、いつも通りの朝を終える。

 今日は祝日。学校は休みだが、麗たちと約束がある。

 心優には一昨日、約束が決まった時点で伝えていたので問題ない。


「心優は今日何するんだ?」

「特に予定ないんだよねぇ」


 真莉愛まりあちゃんと遊ぶ約束もしてないみたいだな。

 とても暇そうにゴロゴロとしていた。


 あ、そうだ。


「なら、心優も来るか?」

「え? 麗さんとこ? いいのぉ?」

「聞いてみるよ」


 さっそくアプリを起動して麗にメッセージを送ってみる。

 しばらくすると、既読が付き、メッセージが返ってきた。


『心優ちゃんなら全然問題ないわよ。むしろ手伝って欲しいくらいだわ……』


 とのこと。

 さすがに一人ではつらかったらしい。

 俺も手伝ってあげられればよかったんだろうけど、あの時は仕方ないか。


「むしろ手伝ってくれだとさ」

「その、姫川さんって人に料理を教えればいいんだよねぇ?」

「そうだ。たぶん大変だと思うぞ……」

「なんだか怖いなぁ……」


 麗一人で前回は何とかなってるから心優も加われば余裕なんじゃないだろうか。

 まったくわからないけど。


「じゃあ、わたしも準備するねぇ」

「わかった。麗に伝えとく」

「あれ? お兄ちゃん麗さんのこと呼び捨てにするようになったんだねぇ?」

「ああ。そうだな」

「そっかぁ。おめでとぉ」

「なんか勘違いしてないか!?」


 俺はこの間麗の家に行ったときのことを説明した。

 妹たちも藍那あいなだからだと。


「なんだそっかぁ」

「そうなの!」

「ま、なんでもいいけどねぇ」

「あ、こら心優!」


 みんなしてにやにやしやがって……。


「はぁ……」


 俺も準備して、さっさと麗のとこ行くか……。



※※※



 心優が準備を終えるまで少し待ってから二人で家を出た。

 昨日の雨は嘘のように晴れ、まさかの雲一つない晴天。

 あれだけ降っていたのはなんだったのかと言いたい気分だ。


 俺と心優は、咲奈駅から電車に乗り、踊姫おどりひめ駅に向かう。

 忘れ物はなかったようで、俺も何も思いつかなかったし、誰からもメッセージは来なかった。


 電車に乗り、心優と向かい合わせの席に着く。

 姫川さんと会うことはなかったので、たぶん違う車両にいるんだと思う。


「んしょぉ」

「そっち重かったか?」

「ううん。大丈夫だよぉ」


 麗と姫川さんからも一部預かった材料。

 心優も一緒に行くことになった時に、少し持ってくれたのだ。


「あ、言い忘れてた」

「なにぃ?」

「麗の妹が二人いるんだけど、二人とも家にいるって」

「妹さんいたんだぁ」


 麗に妹がいることをすっかり伝え忘れてしまっていた。

 まぁ、心優は面倒見がいいと思うし、すぐに仲良くもなるだろうけど。


 あの二人の性格的にもたぶん問題はないだろう。


「上の妹が、七海ななみちゃんって言うんだけど、心優と同い年なんだよ」

「藍那七海になるんだよねぇ? 別の学校かなぁ」

「っぽいな」


 同じ学校でも知らない人は結構いるだろうが、たぶん違う学校な気がする。


「下の子はかえでちゃんって言うんだ」

「楓ちゃんね。わかったぁ」


 そのまま電車に揺られること数分。

 踊姫駅に着いた。


 俺は電車から降り、少し伸びをする。

 姫川さんの姿は見当たらなかったので、とりあえず駅から出てみる。

 すると、一人の女の子が待っていた。


「おはよう神城くん。……と?」

「神城心優です。兄がお世話になってます」

「妹さんなんだっ。しっかりしてるねっ」

「俺の妹だからな」

「わたしは姫川奏。よろしくね、心優ちゃん」

「こちらこそお願いします。姫川さん」


 俺を無視しながら二人はペコリとあいさつをする。

 なんでかなぁ。


「それじゃ、行こうかっ。あ、神城くん荷物ありがとね!」

「どういたしまして。いいよ、麗の家まで持つよ」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」


 俺がここで荷物を姫川さんに返そうもんなら麗に何を思われるか想像に難くない。

 代わりに心優が持っている荷物を、姫川さんは一部預かった。


「ところで心優ちゃんは、今いくつ?」

「今中二で十四です」

「あ、じゃあ七海ちゃんと同い年なんだ!」


 そのまま二人は雑談を続けながら歩く。

 俺は、二人の会話に耳を傾けながら、二人の後を追って歩いた。


 正直、麗の家に着くころには腕が疲れていた。

 さすがに重かったようだ……。

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