第2話 「気にしなくていいんですよ」 はい、残機が減りましたね。
朝。
当番じゃない今日。しかし俺は、当番がある日と同じ時間に起きていた。
時刻は五時半。
そう思っていると、廊下で心優に出会った。
「あれ? おはよぉ? お兄ちゃんが当番だっけ?」
「おはよう。ちょっとな」
「?」
きょとんと首を傾げる姿は相変わらず。
そして朝だから髪がボサっとしてるのもいつも通りだ。
「ゴミ捨て行ってくるよ」
「あ、ありがとぉ~」
「おう」
ただ早起きしたわけじゃない。
目的は二つ。
その一つはゴミ捨て。
いつもより早い時間に出てみた。
家を出てちょっと歩くとゴミステーションがある。
必然的に正面にある
その時、ガチャっと音が鳴って扉が開いた。
目が合った琴羽は、ぴくっと肩を震わせた気がした。
「おはよう琴羽」
「お、おはおはよう
いつも通り髪はまとめておらず、心優ほどではないが、少しだけボサっとしていた。
パジャマもいつもと同じだった。
心優と藍那にも貸すことができたくらいだから、複数持っているやつだ。
ただし、色は違う。
今日は黄色みたいだ。
「どうかしたか?」
「え、あ、いや、なんでもないよ!?」
明らかに何かあるだろうが、本人はないって言うんだから仕方がない。
「心配したよ。メッセージ送っても返信ないし、既読すら付かなくて」
「あ、言ってなかったっけ……? 落として壊れたから修理中って……」
「聞いてないよ……」
「ご、ごめん……」
そういうことだったのか。
忙しいのかとは思ってたけど、メッセージを返すこともできないくらいならとても心配だと思ってたんだ。
何もないようで安心した。
「こ、こんなに朝早くゴミ捨てなんて珍しいね?」
「そういう琴羽だってそうだろ?」
「あ、そ、そうだね?」
「?」
なんか今日の琴羽はおかしいな。
寝ぼけてるんだろうか。
「そ、それじゃあまた学校でね?」
「おう。それじゃ」
「うん」
手を振りながらそう言った琴羽は、さっさと家に帰ってしまった。
俺は不思議に思いながらも、これ以上外にいても仕方がないので、家に戻った。
そして心優の手伝いをして、二人で家を出た。
「早く出るんだねぇ?」
「ああ。なんとなくな」
目的の二つ目。
琴羽と登校したいからというのが理由なんだが……。
ちらっと家の方を見るが、誰かが出てくるような気配はない。
琴羽の部屋はこちら側から見えるところ……二階にあるのだが、当然カーテンが閉まっていて中の様子はわからない。
「ん?」
「どうかしたぁ?」
「いや、気のせいかな。なんでもない」
「そぉ?」
「行こう」
「うん」
カーテンが少し動いたような気がしたが、見間違いだろう。
途中で心優と別れ、
定期をかざし、ホームに出るとそういえば出会うなと思ったやつがいた。
「よっ!
「おはよう」
完全に忘れていたが、この時間なら当然会うか。
部活動に入っている祐介は朝練がある。
早い時間の電車に乗るのは当然だった。
「なんでこんな早くいるんだ?」
「ちょっとな。それより聞きたいんだけどいいか?」
「なんだ?」
「琴羽ってこの時間の電車に乗らないのか?」
「昨日と一昨日はいた気がするぞ?」
「じゃあたまたまか……」
「なんかあったか?」
「いや、なんでもない」
琴羽と昼食も一緒に食べてないし、登下校も最近一緒じゃないから今日くらいはと思ったんだがダメだったらしい。
まぁ、メッセージを返信できない理由もわかったし、朝会った感じちょっとおかしいけど元気そうだったからいいか。
あ~そう言えば
藍那にも言うの忘れてるし、せっかく会えたんだから琴羽にも言っとくべきだった。
明日俺の持ってって明後日心優にお願いして許してもらうか……。
どんどん先延ばしになるな……。
よく考えたらあれから一か月くらい経つんだよな。
学園祭じゃあ藍那と踊ったりもしたし、昼休みに恋人っぽいこともしてたわけだしなぁ。
さすがに申し訳なくなってきたぞ……。
「恩返ししなきゃなぁ……」
「まだあの時のこと気にしてんのか?」
「え? あぁ……まぁね……」
隣に祐介がいたんだった。
こいつにもお礼を……。
「俺らは映画のチケットもらったし、いい喫茶店も教えてもらったから良いって言ったじゃねぇか」
「でも姫川さんにはタオル借りてるし、まだ返してないしなぁ……」
「まぁお前がそう言うならもう何も言わないけどよ。俺はもう十分すぎるほどもらったぜ? 逆に俺がお礼しないといけないくらいにはさ」
「いやいや、あの時はマジでやばかったんだ。知り合いと出会えただけで救われる思いだったんだよ」
「とんでもないことになってたんだな。あの日あそこにいてよかったぜ」
「ホントだよ……」
「ま、俺はもういいからな?」
「わかったわかった」
こういうやつだから憎めないんだよな……。
憎むところは彼女持ちってとこだけだな。
ふと視線を外に向ける。
やっぱりあるのは田んぼや住宅街だけ。それの繰り返しだ。
それを眺めている間に、
そしてこの光景を、また見ることになるとは思わなかった。
「祐介、おはよう」
「
俺は無言で二人の横を過ぎて行った。
しかし、二人は後を追ってきたらしい。
左側に祐介が付いた。そのさらに左に姫川さんがいる。
「ちょっと待てって康太。奏に話してみろよ、さっきのこと」
「あぁ……。そうだね」
「さっきのこと?」
前の方にちょこっと顔を出して覗き込むようにこちらを見てくる姫川さん。
俺じゃなかったらやられてるね。もう何度目かわからないけども。
「タオルとか返してなかったし、お礼もあんまりできてなかったなって話をしててさ」
「あ、タオルなら気にしなくていいよっ。それに、お礼もほら、映画のチケットとかもらったし、あの喫茶店って
「まぁそうなんだけど、実はあれには裏があったというかなんというか……。これは祐介にも言ってないけどさ……」
「裏?」
「と、とにかく! もっとちゃんとお礼をしたいんだけど!」
危うく口が滑るところだった。
あの作戦のことを話したら必然的に藍那のあのことも話さなきゃいけなくなる。
さすがに勝手に話すわけにはいかない。
「全然気にしなくていいって! 映画面白かったし、喫茶店もホントよかったから!」
「な? 奏もこう言ってるんだから気にすんなって」
「うん……」
「真面目だね、神城くんは」
そう言うと姫川さんは祐介の後ろを通って俺の右側までやってきた。
そしてこそっと――
「料理のお勉強もさせてもらうんだから、気にしなくていいんですよ」
「っ!」
そう囁くと、さっと離れてニコッと笑った。
はい、また残機減りましたね。俺じゃなかったら。
ていうか、俺の左側にあなたの彼氏さんいますよ!?
「おいおい内緒話か? なんだよ気になるな」
「まだ内緒だよ、祐介っ」
「お、これは楽しみだな」
人指し指を口に当てながら微笑む姫川さんは、俺越しに祐介を見つめていた。
天を仰ぎながら笑う祐介は、心底嬉しそうだ。
ちらっと姫川さんの方を見たが、こちらも幸せそうで嬉しそうな顔をしていた。
なんだか俺まで幸せな気分になった。
こんなにお似合いなんだと、初めて知った。
※※※
早めに学校に着いたが、やることがない。
前は恋のキューピッドをどうするかとか、学園祭の準備をどうするかとか、いろいろ考えることがあったけど、今はそれらもない。
祐介は部活に行ってしまったし、姫川さんもここにはいない。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、ちらほらと生徒が登校してくるのが見えた。
こんな景色、見たことなかったなぁ。
段々と教室に人が集まってくる。
学校に歩いてくる生徒の数も増えてきた。
その中に、知り合いを見つけた。
藍那だ。
相変わらずの綺麗な金髪でよく目立つ。
上から見ているとなおさらだ。
そう思っていたら、もう一人目立つ人物を見つけた。
千垣だ。
千垣は誰かと一緒に仲良く話しながら歩いていた。
千垣が誰かと一緒にいるのを初めて見た。
相変わらずギターケースは持っていた。
「軽音部じゃないのにな……」
写真部と料理研究部の兼部なのにギター持ってるって。
考えるとなんだか面白くなってきた。
「なに黄昏てんのよ」
「お、藍那」
一人で登校していた藍那は教室に辿り着くのが速い。
いや、別に悪口とかじゃなくて。
「おはよ」
「おはよう」
「で、土曜日でよかったの?」
「あ、ごめん朝会ったのに聞くの忘れてた……」
「しっかりしてよ、もう」
昨日メッセージで土曜日におっけーをもらったと藍那から言われていたんだった。
姫川さんとは何曜日にするか話し合ってなかったからどうするか聞こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
「ごめんごめん」
「それで、ことちゃんは?」
「あ……」
「まさか朝会ったのに聞き忘れたとか言わないわよね?」
「大変申し訳ございませんでした」
「何やってるのよ……」
藍那はやれやれと呆れていた。
仕方ないじゃないか。
琴羽が心配だったんだから……。
久々に話せただけで嬉しかったんだから!
「そういえば、ことちゃんにメッセージ送ったんだけど既読すら付かないのよ。なんか知らない?」
「修理中って言ってた」
「え、そうだったの? 言ってくれればいいのにね~」
「まぁ忙しいんだと思うよ。今朝も様子おかしかったし」
「そっかぁ……」
いい時間なのにまだ教室にいないし。
「じゃあことちゃんは誘わない方がいいかな……?」
「あ~……」
たしかにそうかもしれない。
琴羽なら無理にでも来ようとしたりする可能性もなくはないし……。
これ以上琴羽の負担を増やすわけにもいかないよな……。
「そうしようか。あ、ちなみに心優は――」
「
「そうだっけ?」
「あんたホントに大丈夫? あんたも調子悪いんじゃない?」
「そうかもな」
メッセージの履歴を確認したらちゃんと送っていた。
あんまり記憶にない。
「じゃあ姫川さんに聞くの、忘れちゃダメよ?」
「わかった」
「土曜日よ?」
「おう」
「頼むわね?」
「どんだけ心配なんだよ!」
たったこれだけでここまで心配されなくちゃいけないのか。
そう思ったが、冗談半分だったようで、藍那はふふっと上品に笑うと席に戻って行った。
教科書などを机の中に入れ終えると再び俺のところに藍那がやってくる。
他愛のない雑談をしていると、続々と人が集まってきた。
しばらくするとホームルームのチャイムが鳴る。
気づかないうちに、琴羽は席に座っていた。
いつの間に入ってきたんだ……。
俺は、鞄から出し忘れていた筆箱を机の上に置いた。
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