第3話 「まだ連絡先交換してなかったね……」 忘れてたというように苦笑した。

 昼休み。

 俺はもう一つ藍那あいなに頼まなければいけないことがあることを思い出した。


「なぁ藍那」

「ん?」

「あの時、協力してくれた人物がいるって話はしただろ?」

「あ~……えっと……」

千垣ちがき

「そうそうその子」


 弁当箱に入っているミートボールをぱくっとしながら藍那は頷く。


 俺は卵焼きに箸を伸ばした。

 口に含むと、ふんわりとした触感が口いっぱいに広がる。

 そしてこの甘さ。素晴らしい。


 藍那は食べていた物をこくんと飲み込むと、口を開いた。


「その子がどうかした?」

「そいつに協力をお願いする時、藍那の手作り弁当を約束したんだ」

「いや、何勝手に約束してんのよ」

「そうでもしないと協力してくれなそうだったもんで……」


 琴羽ことはのも必要だというのは内緒だ。


「だから作ってきてくれないか?」

「まぁ、面識はないけど助けてくれたみたいだし……。明日、あんたの分も一緒に持ってくるわ」

「助かるよ」

「それはこっちのセリフだけどね」


 藍那は苦笑しながら白米を口に放り込んだ。


 今日は藍那の手作り弁当だ。

 ちなみに俺のも藍那の手作り弁当だ。作ってきてくれた。


 明日は俺が当番だったから、まとめて作ってこようと思っていたけど……。

 その分も千垣に回そう。

 琴羽のがまだな分のご機嫌取りといこう。

 たぶん食べるだろう。


 そのまま弁当を食べ進めていると、祐介ゆうすけが席を立ったのが見えた。

 藍那にちょっと行ってくると断ってから、姫川ひめかわさんのところに向かった。


「姫川さん、ちょっといい?」

「うん。どうしたの?」

「例の件だけど、土曜日に藍那の家でいいかな?」

「藍那さんの家に?」

「妹が二人いるらしいけど、いいかな?」

「もちろん! あ、そういえばまだ連絡先交換してなかったね……」

「ああ」


 俺もスマホを取り出して、フリフリで登録した。


 女の子の連絡先が最近増加傾向にある。

 親友の彼女とも仲良くしておきたいと思ったりする俺は、ちょっぴり嬉しい。


「祐介が戻るといけないし、詳細はまた後で」

「うん。わかった」


 そう言うと姫川さんは小さく手を振ってきた。

 俺も小さく振り返しておく。


 結局同じ教室にいるんだけど、癖か何かなんだろうか。


「おかえり」

「ただいま」

「どうだった?」

「藍那の家でおっけーだと。詳細は後で連絡するって言っといた」

「わかった。あ、あたしも入れたグループ作りなさいよ。その方が楽でしょ?」

「たしかに」


 そういえばそんな機能があったことを忘れていた。

 あんまり使う機会がないと便利な機能も意味がないなぁ。


 さっそく言われた通りグループを作った。

 これなら藍那もこのグループ経由で姫川さんのことを登録することができる。


「ありがと」

「いえいえ」


 ぽこっという音と共に、グループにかわいらしい犬のスタンプが送られた。

 藍那が送ったようだ。

 今度は姫川さんがかわいい犬のスタンプを送ってきた。


 俺もよろしくとメッセージを入れておく。


「そういえば、誰もうちの場所知らないわよね」

「そりゃそうだな。駅は踊姫おどりひめ駅だったよな?」

「そうそう。そこまで迎えに行く」

「わかった」


 今言ったことを藍那がグループに送る。

 集合が踊姫駅になるわけだ。


 姫川さんからわかったというメッセージを確認し、時間は後で決めようということになった。


「今日の夜くらいには送っておくね」

「おう。何作るかとかも決めなきゃな」

「そうだったわ」


 またもやスマホがメッセージを受信した。

 姫川さんは何か作りたいものある? と藍那からのメッセージだ。

 するとすぐに返信は返ってきた。


『オムライス!!』


 なにやら視線も感じたので、姫川さんの方を見ると、すごいやる気に満ちた表情でこちらを見ていた。

 藍那はくすっと笑ってからこちらを見て言った。


「なら、決まりね」


 作るものは、オムライスに決定した。



※※※



 木曜日。無事、千垣に藍那特製弁当をあげることに成功し、迎えたのは姫川さんの料理教室が行われる土曜日。


 あらかじめ買っておいた食材を持って咲奈さきな駅に向かう。

 オムライスに使う食材をそれぞれ分担したのだ。

 最初は姫川さんが全部用意するって言ってたけど、それは藍那が許さなかった。


 今日の分は俺たちも当然食べることになるのだから、食材は分担すべきだと藍那が言ったのだ。

 俺も同意だったので、こういう形になった。


 時刻は十時前。

 駅のホームで少し待つと、電車がやってきた。

 その電車に乗り込んで踊姫駅に向かう。


 家では九時すぎ頃に真莉愛まりあちゃんが遊びに来ていた。

 今頃心優みゆと一緒に買い物に行っているかもしれない。


 過ぎていく田んぼや住宅街を見ていると、だんだんと目的の駅が近づいてくる。

 姫川さんは、俺が早く出た日、いつも俺と祐介より先に踊咲高校前おどりさきこうこうまえ駅にいる。

 きっとあの駅が最寄り駅なんだろう。

 だからたぶん今俺が乗っている電車に姫川さんもいるはず。


 そのことを思い出した頃にはもう、踊姫駅に到着していた。


 電車から降り、キョロキョロと周りを確認する。

 数人下りた人たちの中に、姫川さんの姿を見つけた。

 姫川さんもこちらに気づくと、小さく手を振ってくれる。

 俺も小さく手を振り返し、合流を果たした。


「おはよう姫川さん」

「おはよう神城かみしろくん。今日はありがとう」

「いえいえ。それじゃ、行こうか。荷物持つよ」

「そこまでしなくても……」

「いいからいいから」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 姫川さんが少し照れながら紙袋を渡してくる。

 中身は姫川さんが担当することになった食材だ。


 それを俺が持っても姫川さんは、小さな鞄を持っている。

 女の子の持つ小さな鞄は四次元ポケットのようなものだとどこかで耳にしたが、どうでもいい話だ。

 

 比較的気温の高い今日、姫川さんは、長袖のワンピースを着ていて、腰のあたりにベルトを付けている。

 今日はいい天気でもあるので、暖かめの秋にぴったりだと思う。


「藍那さんはどの辺にいるの?」

「駅出たらすぐにわかると思うって言ってたけど……」


 藍那の家は俺も姫川さんもどこにあるのかわからないので、藍那にこの駅まで迎えに来てもらっている。

 あの金髪美人なら、俺もすぐにわかると思うんだけど……。


 そう思いつつ、駅を出てみる。

 あ、いた。


「藍那~」

「おはよう二人とも」

「おはよう」

「おはよう藍那さん」


 長袖のニットを肘関節まで捲り、下はチェック柄っぽい長めのスカートを穿いている。


 荷物は何もないようだ。当然か。


「ごめんね。うちじゃなきゃダメで」

「いえいえ全然! むしろキッチンお借りしちゃって……」

「いいのいいの! 気にしないで! ていうか、姫川さんとちゃんと話すのってほぼ初めてだよね」

「そうだね……。祐介と一緒に問い詰めた以来だもんね……」

「そんなこともあったわね……」


 俺と藍那がその……イチャイチャしながら弁当を食べていた時に、祐介と一緒に付き合ってないのかと聞いてきた時だな。

 姫川さんはそもそもクラスが一緒じゃないし、話す機会があまりなかった。


「だから今日はいっぱい話せそうで嬉しいわ」

「わ、わたしも! 今日は本当にありがとう。よろしくお願いします」

「いえいえ……。とりあえず、行こうか」

「うんっ」


 そうして二人は歩き出す。

 俺は、そんな二人の後ろをこそこそと付いて行く形になった。

 怪しい人じゃありません。


 と、姫川さんと会話をしながら藍那がこちらをちらっと見てきた。

 目で何かを訴えている。


 隣に並べ?

 大人しく藍那の左隣に並ぶと、満足したように姫川さんとの会話を再開した。

 な、なんだよ……なんかかわいいじゃないかちくしょう……。


「あ、そういえば妹は二人とも家にいるみたいだから、ちょっと騒がしいかもだけどよろしくね」

「ううん。こっちがお邪魔する側なんだから……」

「そうだよ藍那」

「あんた、変なことするんじゃないわよ?」

「なんでそうなる!?」


 藍那がにやっといじわるな笑みを浮かべる。

 小悪魔チックなやつだな……。


「ふふふ。二人は本当に仲良しだね。ホントに付き合ってないの?」

「付き合ってないわよ」「付き合ってないぞ」

「ふふふ。時間の問題みたいだね」


 姫川さんにそう言われてしまって思わず藍那を見る。

 藍那もこちらを見てきて、目が合ってしまう。


 なんだか照れくさくなってきてしまった。

 お互いに気まずくなって二人でふいっと目を逸らす。

 するとまた、姫川さんにくすくすと笑われてしまうのだった。


 約十分ほど歩いた頃。

 ここがうちよと言われ、ついに藍那の家に到着した。

 知っていたが、やはり普通の家だった。


 と、ここで俺は、こっそりと実行しなければいけないことを思い出す。

 さっき藍那は、妹が二人とも家にいると言っていた。

 これはチャンスなのだ。


 藍那の誕生日がいつなのか、こっそり聞くことができる! かもしれない。

 そうでなくとも、カレンダーに書いている可能性とか、様々なことが想像できる。

 とにかく、これはチャンスなのだ。逃すわけにはいかない。


 グッと手に力が入る。


「何してんの康太こうた

「あ、ごめん。ちょっとうまく教えられるか緊張してきて」

「あたしも一緒なんだし、そんな気にすることないわよ」

「そ、そうだな」


 藍那が玄関のドアを開けた。


「ただいま」

「お邪魔しますっ」

「お、お邪魔します……」


 藍那の後に入った姫川さんに続いて中に入る。

 ふんわりと藍那に近い香りを感じた。


 なんだろうか。

 妹が二人いるということで、女の子が多いからなのだろうか。

 いい香りだ。


 ……まるで変態じゃないか。


 バカなことはさておき、内装もやはり普通の家庭だった。

 なんで藍那はあんなにお嬢様っぽいのか。

 それでも、この家と一緒に見る藍那は、全然不自然じゃなかった。

 なんだか不思議な感じだ。


「おかえりなさいませ、うらら姉さま」


 俺は驚いて一瞬言葉を失った。

 口調からして、マジのメイドさんがいると思ったのだ。


 しかし、ちゃんと見てみると、藍那によく似た顔をした小さな女の子がいた。

 身長は147cmくらいだろうか。真莉愛ちゃんよりほんのちょっとだけ高い。

 綺麗な金髪の髪をサイドでまとめる、所謂サイドポニーという髪型をしている。

 口調は淡々としており、どこか千垣を連想させた。


「ただいま、かえで七海ななみは?」

「二階で宿題中です」

「そっかそっか。あ、二人とも、この子は下の妹で、楓っていうの」

「藍那楓です。小学校五年生です。お兄さま、お姉さま、よろしくお願いします」


 そう言うと楓ちゃんはペコリと一礼した。


 とても礼儀正しい子だ。


「俺は神城康太。よろしくね、楓ちゃん」

「わたしは姫川かなで。よろしくね」

「康太お兄さま、奏お姉さまですね。どうぞ、こちらのスリッパをご利用ください」

「え、あ、ありがとうございます……」

「あ、ありがとうございます……」


 ちょこんと腰を下ろし、三人分のスリッパを並べてくれる楓ちゃん。

 その丁寧な様子に、俺も姫川さんもついつい敬語になってしまった。


「ありがと楓。もう今日は家から出ない予定だから、心配しないでゆっくりしてていいわよ」

「わかりました。それでは、お部屋で本を読んでます」

「うん。夢中になりすぎないようにね」

「はい」


 そう言うと、とてとてと廊下を歩いて行ってしまった。


「あ、ごめん。いつまでも玄関で。あがってあがって」

「あ、お、お邪魔します」

「お邪魔しま~す……」


 俺も姫川さんもなんだか恐る恐るという感じになってしまった。

 なんだか緊張感が増してしまったような気がする。


 藍那の下の妹。恐るべし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る