第37話 第四章-8
橋本が言うところの白骨化した朽ち木を視界に収めた瞬間、美色はへなへなと腰から崩れ落ちていた。
美色は感じていたのだ。
恐らくは、白い影――その正体はこの枯れ木だったのだが――こそが最後の生命線だと。
ここが断たれるとなると、もう総央高校に未来は残っていないのだと。
「夏草や兵共が夢の跡……こういう状況下だと、しみじみと良い句だねぇ」
追い打ちと言うか、ほとんど背後からククリナイフというような凶悪さ加減で、ホワイトの脳天気な声が頭上から降ってきた。
もともと膝をついていた美色は、さらに重い荷物でも背負わされたかのように肩を落とし頭をうなだれる。さらに口の端からうめき声とも笑い声とも取れるような、喉が引きつけを起こしたような不気味な音を漏らした。
そこに澪が追いつき、梶原、可奈子と到着した順番に美色の姿を見つけ、そしてその原因となった枯れ木を見つめる。
とどめを刺した形のホワイトはどこか超然とした面持ちで、真っ直ぐに北を見つめ、風に遊ばれるままに色素の薄い髪と、口にくわえた笹の葉を揺らしていた。
その姿はまるで誰かを待っているようで、ホワイトの姿に奇異を感じた数人が振り替える。その時、果たして人影が姿を現した。
先頭は棚架。さらに他のブロックに捜索に出ていた者達。
――そして木戸だった。
「会長、会長はいるかな」
かなり緊迫した声で、棚架が美色を捜すように声を出す。
ひざまずいていた美色の姿は、他の人影に隠れて棚架からは見えない。
だが、棚架の声に反応して数人が棚架の視線を開けるように体をかわしてゆくと、やがて棚架も美色を見いだすことが出来た。棚架は美色の傍に駆け寄ると、そのまま耳元に口を寄せ何事かを呟いた。
美色はそれを聞くとすぐに立ち上がり、そのまま木戸へと詰め寄った。
「関連文献を見つけたのか?」
その背後では、棚架が追いすがるように手を伸ばしている。どうやら全てを話す前に美色が木戸へと向かってしまったらしい。
「見つけました。ただこれによって、この計画は完全に頓挫することとなります」
美色の片眉が跳ね上がった。
息を呑み、棚架へと振り返る。
棚架は諦めたようにため息を一つつくと、軽く頷いた。
その頃には、木戸の言葉がその場にいた全員に伝わっている。美色からだけではなく他の全員から殺気にも似た――いや、殺気といってもよい――強力な圧力を受ける中で、木戸はただ静かに待っていた。
「どういうことなのか?」
と問われるのを。
「何で? どうして?」
果たしてその問いは、硬直したまま動かない美色に代わって橋本によって発せられることとなった。
木戸は慌てず騒がず、橋本に向き直り口を開く。
「ここが都跡であることが問題だったんですよ。もちろん都跡であるという前提で我々はこの計画を練ったわけなんですが、この場合これは諸刃の剣となったわけで」
「頼むから、簡単に説明してくれ」
橋本の、この懇願はその場にいた全員が一斉に頷くことで、さらなる圧力を木戸に与えることとなった。
木戸はしばらく瞑目し、十秒後に再び口を開く。
「ここに都があることを、当時の日本の統治システムである朝廷は歓迎したと思いますか? もちろん歓迎なぞしません。むしろ地方豪族に過ぎない一つの氏族がここまでも勢力を持ったことを苦々しく思っていたことでしょう」
自分の質問に自分で答えるようにしながら、木戸は説明してゆく。
「やがて氏族を代表する人物が死亡します。そうすると旧来の勢力、はっきり言えば藤原氏ですが、当然の事ながらこの都へも手出しをしたはずです」
「戦争……か?」
「いや、それはないでしょう。ほんの数年前に自分たちの一族の一人が九州で反乱を起こしています。兵を起こすのにも適当な理由がいります。恐らくはもっと絡め手で」
今度は復活した美色の問いに答えるようにして、木戸は話し続ける。
「都にはそれに適した地形が必要だということは、もうご存じでしょう。多分その地形を突き崩して、長期的に都の崩壊を考えたんじゃないかと」
「突き崩すって、北の山は無理だろ。川もまぁ、出来るかもしれないけど大変だろうし」
橋本がその可能性を口に出して並べ始める。
「南の池は現に消失していますが、これもまた大変な労力が必要です。でももっと簡単な手段があります」
木戸は橋本の言葉を引き継ぐ。
「西の大道です。朝廷がお触れを出せば良いだけですから。『これより、その道は通ってはならぬ。験が悪い』など言って通行止めにするんです。自然に街道は寂れ、道が消失することとなります」
それは、藤原氏が行ったであろう報復手段の説明であったはずだ。
今の今まで、誰もが突然始まったこの説明を呆然と聞いているに過ぎなかったのであるが、さすがにこの木戸の言葉だけは聞きとがめた。
道が消失?
それも千年以上も前に?
「推測だけでなく、実際に行われたらしい記録も発見しました。朝廷はこの大道の東西に新たに街道を設け、徹底的に人を寄せ付けなかったようです。おおよそ風水の地形を破るという迷信じみた行動では合ったようですが、現実に人が来ないとなると都は本当に寂れることとなります。結果として存在の記録ごと抹消されて、その都は幻となった……というわけです」
木戸はそういって報告を締めくくった。
再び殺気が木戸に襲いかかるようなことはなかった、それほどの精神力を持ち合わせている者は、もうこの場にはいなかったからである。
「じゃ、じゃあ道はないのか」
「千二百年以上前には、あったと思われますが……そこまで古いものが痕跡を残しているかどうかは……」
美色のすがりつくような問いかけに、木戸は沈痛な表情をして応じる。
その時、新たな一団がその場に現れた。
この周辺を捜索していた集団だ。四人以上いるので、前線司令部に顔を出して、再びここまで戻ってきたらしい。
「棚架、書き置きがしてあったが……駄目だったんだって?」
代表してテニス部の部長が話しかける。
意気消沈している美色の代わりに、そのままの流れで棚架が今までの出来事を説明する。二度も説明を受けることになった前からそこにいた一同は、絶望を再確認したようなものなので、さらに落ち込んでゆく。
「そうか……じゃあ、アレも勘違いなのかなぁ」
何気なく剣道部の部長が漏らした、その言葉に全員が反応した。
「アレって何だ?」
橋本が問いただす。
「え? ああ、ここからちょっと行ったところに、何か真四角な石が積み上がってるところがあってな。いや積み上がっていたのが崩れ落ちたって感じかな。で、その石に何やら文字が……」
「書いてあるのか!?」
今度は美色が声を上げる。その声に生色が戻っていた。
「書いてあるような、ないような」
剣道部の言うことは煮え切らない。
だが、美色は文字が書いてあると信じることにした。
そう信じて、その場所への案内を頼もうとしたその瞬間、木戸が横から割り込んだ。
「――失礼、会長。ちょっと現実的な話になるんですが」
「何が? 年代鑑定か? そんなものはこの目で見てからでも」
「いえ、先ほどの話には続きがあるんです」
「続き?」
美色は面食らった。
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