第36話 第四章-7
レッドもまたそういった種類の人間で、人に助けを求め、甘えることがどうしてもできなかったのだろう。
そこでレッドは、皆で仕事をするという制度を一般化してしまえばいいと考えた。
そうすれば、黙っていても仕事は分担されることとなるし、万が一、一人に仕事が――主にレッドということになるだろうが――押しつけられるような事があったとしても、その制度を錦の御旗と仰いで、堂々とこう宣言することが出来る。
「これは社会の仕組みなの。うだうだ言ってないで、さぁ仕事をしなさい」
これは助けを求めたことにならない。
制度を守らせることは、私事ではなく全くの公事であり、つまりは甘えることにはならない。
ではその制度とは何か?
皆が平等に仕事をすること。
これには酷似する既存の概念があり――その名を共産主義と言った。
故にレッドは、共産主義者を標榜することとなったのだろう。
「でもまぁ、結果はご覧の通り。結局私は一人のまんま」
レッドは笑う。その笑顔を見て、修平は悔しくなった。
俺がいる。
反射的に飛び出そうとしたその言葉を、修平は捕まえて喉の奥に飲み込んだ。
いつものように、脊椎反射のままに答えて良い言葉ではない。
考える。
だが……
「俺がいる」
結局、同じ言葉を口にした。
言ったその直後に、言い訳やフォローや誤魔化し、そういった言葉の羅列が次から次へと湧きだしてくる。しかし、修平は今度こそ、それらの言葉を厳重に飲み込んだ。
結果としてそれはレッドをじっと見つめることとなった。
レッドはその視線を受ける中、見る見るうちに顔を紅潮させてゆく。
修平は、最初のその変化のしようが信じられなかった。
ついには疑念と共に目を見開いて首まで捻ってしまう。
その瞬間、あるいは別の意味があったかもしれないレッドの紅潮は、完全に怒りという感情に塗りつぶされてしまった。
「休憩は終わりよ! さぁ、労働の手を止めてはダメ。一つ一つが素晴らしい明日への輝ける第一歩!」
今ひとつの扇動と共に、レッドが声を上げる。
修平もまた、いつものように肩をすくめ立ち上がった。
そしてつるはしを振り上げ、それを岩盤に打ち下ろす直前に、もう一言だけ呟いた。
「ホワイトもいる」
ガツーン!!
鈍い音が響く。
修平の声が聞こえたのかどうか。
どちらにしてもレッドは、ただスコップを岩盤に叩きつけるだけであった。
そして、失われた街道捜索作戦前線司令所。
その正体は、学校の西約八百メートルに設置された三つのテント群からなっていた。テントはワンダーフォーゲル部より接収したもので、いまここに生徒会の面々が揃っている。
実のところ、捜索計画は順調に進んでいる一方、一向に成果が上がっていないのもまた事実であり〝発見されず〟というネガティブな報告でブロック分けした地図の大半が埋まりつつあるのが実状であった。
それでも、皆が希望を持っていたのは例の衛星写真に写っていた白い影。
南北に伸びるその白い影は、草の中に埋もれるようにして、それでもはっきりと存在が認められた。
その白い影がある場所の捜索が未だ行われていなかったからである。
そんなに気になるならさっさと調べればよいようなものだが、作戦の具体的な立案者、中里の強硬なスケジュールへのこだわりと、未だ拭いきれない不安とが錯綜して、そこまで積極的な手段に訴えようというような者が現れなかったからである。
ましてやそこで性急な策に出なくても、半月もしない内に調べることになるのだから、とある種楽観的な見通しと共に、それは見送られてきた。
そのままスケジュール通りに作戦は進行し、結局そこまでは何の有効な傍証も得られぬままついに白い影の部分を捜索する運命の日がやってきたというわけである。
この注目すべき日であるからこそ、美色をはじめとした生徒会の面々は前線にまで出張ってきており、さらに名誉ある捜索隊の小隊長は体育会会長橋本であった。
もちろん、その日の捜索はそこだけというわけではないので、他に五つの小隊が捜索に出張っておりこの各小隊の隊長は、サッカー、剣道、柔道、テニス、ハンドボールの各部長という豪華ラインナップ。
白い影の周辺区域を捜索するので、ここもまた重要というわけである。
前線司令所には、文化会会長棚架をはじめとして、大半のクラブ、サークルの代表者が集っており、隠密性を計画に練り込んでいた中里などは、目を血走らせて帰るように説得を繰り返しているが、もちろんその言葉に従う者は誰もいない。
皆がこの運命の日を心待ちにしていたのだ。
その晴れの日に、この男が落ち着いていられるはずもない。
今日の出で立ちは果たしてどこから引っぱり出してきたのか、上は和服で下が袴姿という明治時代の書生風。口にはどこから持ってきたのか笹の葉を加えていた。
「……ホワイト、おまえ独風を抱き込んでるんじゃないだろうな?」
「何を根も葉もないことを。僕の姿のどこが制服姿じゃないというんですか?」
「逆に言うと、制服姿であるという根拠もないんだがな」
「これは意外なお言葉。会長ほどの方が明治時代の風俗についてご存じ無いとは思えませんね。事実かの新聞屋の小説要員夏目翁の快作『坊ちゃん』にしてからが、映像化の折りには必ずこの出で立ちで。それも坊ちゃんだけならともかく同僚の山嵐にしても……」
「わかったわかった」
橋本が帰ってくるまでの無為な時間とはいえ、ホワイトに話しかけるのは愚の骨頂であることを痛感して、美色は強引に会話を断ち切ってしまった。
そうするとまた、無為な時間に戻る。
耳は澄まさなくとも、中里のヒステリックな叫び声は果断なく響いてくるし、静かであるということはないのだが、取り残されたような気分に陥る。
何とはなしにヒステリックな叫び声を収集して、意味が通るように言葉を並べかえてみると、なるほど中里のいうことはもっともだと美色は思わずうなずいていた。
それならば、中里に加勢でもしてくるかと腰を上げたその瞬間、橋本がこの場所に集まっている全員に見えるような場所に姿を現した。もちろん同行した他の二名も一緒である。
「……どうだった?」
姿が見えれば、その表情も見える。
表情が見えれば、その成果も予想できる。
美色は半ば諦めながら、それでも橋本に問いかけた。
橋本はまず、首を左右に振ってワンクッションを置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「街道跡も何もない、今まで通りただの草っぱらだ」
「あの影は?」
棚架が質問する。
「ただの枯れた木だった。人間でいうと白骨化とでも言うのかな。真っ白でカラカラのスカスカ」
同意を求めるように、橋本は同行者を振り返った。
二人ともがコクコクと頷く。
それを脇目に見ながら、美色が突然走り出した。
次の瞬間にはホワイトが続く。
一瞬呆気にとられた一同であったが、次の瞬間には美色の行動を全員が察知していた。
まず澪が続き、続いて梶原、可奈子。
さらには集まっていた代表者達が後に続く。それを追いかけて中里も続き、後に残された棚架は苦笑を浮かべながら、橋本に告げた。
「僕は他の捜索隊へ連絡しなくちゃいけないから、ここにいるよ。君は……」
「ああ、引き返して道案内をする。自分の目で見て納得したいんだろうな、美色は」
橋本もまた苦笑を浮かべながら、先ほどまで自分たちが捜索していたポイントへと引き返していった。
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