第35話 第四章-6

「大丈夫かい?」


 その〝大丈夫ではない〟現象をもたらした全ての元凶は、完全に他人事な口調で、木戸に話しかける。


「「先輩」」


 例のごとくハモって、左右も木戸の元へ駆け寄る。

 しかし、木戸には後輩を気遣う余裕も残されてはいなかった。

 次の瞬間には完全に取り乱し、ホワイトの両腕を握りしめて無理矢理かがませると、語気を荒くしてくってかかる。


「こ、答えろ! 何でそんなことを言う!!」

「なんでも何も……」


 両腕を押さえられたまま平然と、ホワイトは答える。


「君が知らないとは言わせないよ。当時の朝廷がいかにえげつなく、下品で、恥知らずか。少し日本史を紐解けば……」

「違う!!」


 木戸はホワイトの言葉を遮った。


「そんなことはいいんだ! 何でそんな、自分を、自分を……」

「僕は何も否定しない」


 厳かに、ホワイトは告げる。


「し、しかし、今の君の話だとそれはまったく……」

「大丈夫。無駄にはならない」


 今度はホワイトが逆に、木戸へと顔を近づけた。


「いいかい、君の存在は特別なんだ。君がいなければ、僕はこんな事考えなかった」

「な、何を……言っている」


 と、口では強気に出たものの木戸は完全にホワイトに呑まれていた。


「君は知っている。グリーンとレッドと僕が何をしていたかを」

「な、な、な、」

「実に特殊な条件下にあるんだ君は。だから、これから先は僕のために動いてもらう。ただし、良い知らせもあるよ。君がこれから行うことは全て真実だということだ」

「し、しかしだな……」

「君が動かなければ、全ての計画は頓挫する。通学路も消失する。そして、この学校もなくなる。君はそれでいいのかい」


 ほとんど脅迫である。

 それでも木戸は歯を食いしばり、ホワイトを見据えた。


「し、真実というのは……」

「それはまぁ、保証できるかと言われれば難しいんだけどね。でも、君ならわかるだろう? 僕が言っていることが全くのでたらめかどうかぐらいは」

「それは……」

「「先輩」」


 再びハモりながら、左右が木戸に呼びかける。


「一体何を言われたんですか?」


 清孝の方が代表して、木戸に尋ねてきた。

 しかし木戸は、喉まででかかった言葉をグッと飲み込んで、沈黙してしまう。


「先輩……」


 今度は友子が消え入りそうな声で、木戸に呼びかけた。だが木戸は沈黙を守る。

 その様子を見ていたホワイトは首を傾げて、木戸に尋ねる。


「話さないのかい?」

「言えない……言えるわけないだろう」


 これに対しては木戸は即答する。


「では、こうしよう。君は僕の〝目安〟で資料にあたってくれればいい。これは捜しやすいだろうから一人でもなんとかなるだろう。そして後輩の二人には今まで通りの目標で頑張ってもらえばいい。そうすれば色々な面で君も満足できると思うが」


 木戸は即答しない。


 ジッと腕を組み、すっかり痩せてすっきりとした顎に手を当て、目を伏せて考え込む。


「では、もう一つだめ押しの推測だ」


 ホワイトは再び木戸の耳元に口を寄せて、今度も二、三言囁いた。 

 この言葉は再び木戸に変化をもたらしたが、前回のものほど顕著なものではなかった。

 しかし、その表情は前回よりも一層深刻なものだった。


「……それは、あり得るな」


 再び木戸は、考え込む。そしておもむろに口を開いた。


「……君を信じていいんだな、ホワイト」

「僕の心は今もレッドとグリーンと共にあるよ」


 今度は、ホワイトが即答する。

 木戸は一瞬、ひどく難しい顔をするが、次に瞬間には何か吹っ切っれたような表情を浮かべ、後輩二人に指示を出した。


「お前達は、そのまま作業を続けてくれ」

「先輩は……」


 友子が不安げに尋ねる。


「ホワイトの言う目安で、文献を探る」


 木戸はどこか悲しげな声で答える。


「……多分、あの時レッドが殴り込んできた瞬間に巻き込まれしまったんだな」


 ホワイトは、良くできましたとでも言うように、ニッコリと笑って見せた。




 それからさらに数日後――

 この日は、総央高校にとって運命の日となる。




 修平とレッド。

 今日も二人はトンネルの中にいた。

 ただ、作業はしていなかった。


 ――というより、出来なかった。


 何分かつるはしを振るうと、何分かは休まなくてはならない。

 修平の手のひらのマメは完治したわけではないのだ。


 もちろん作業ペースは極端に落ちることとなる。十一月の成果はなんと五cmという、惨めというのも憚られるような有様だ。


「榊、聞いた?」


 忌々しい岩盤に背を預け、レッドが修平に尋ねる。

 今は修平の小休止に合わせての休憩中だ。

 ここまで掘るともちろん外の光は届かないから、強力な懐中電灯を進行方向へ向けての作業中なのだが、休憩中となると、その光もいささか鬱陶しい。


 その光が直接当たらないように――気取って言えば、間接照明になるように――懐中電灯を動かして調節し、こころもちレッドの顔を覗き込むようにしながら修平は逆に尋ね返す。


「何を?」

「今日の、何て言うんだろう? 美色達が……」

「ああ、捜索に目途が立ったとか何とか」

「知ってるんじゃない」

「さっきの聞き方でわかるか。ああと、なんだっけ写真に白い影が映ってたとか何とか。かなり有望だって話じゃないか」

「結局、ホワイトの勝ちって事かしら」

「勝ち負けの問題かねぇ」


 それを聞いて、レッドは寂しそうに笑った。


「実を言うとね、ホワイトにはそんなに怒ってないのよ私」

「ほう」

「そりゃ、裏切られた! って思ったときは腹も立ったけど、よく考えたらホワイトは学校のために最善の手段を選んだって事じゃない」

「そういう見方もあるな」

「だからね、今みたいに意地になっちゃってるのはね、ホントは美色に対してなのかも」


 それまで、半ば投げやりに相づちを打っていた修平の表情に変化が現れる。

 単純に驚いただけではなく、他の感情が細切れに混じった複雑な表情。

 だが、レッドはそれに気付かずそのまま言葉を続ける。


「文化祭であれだけ失敗したのに、アイツの周りには人が集まるのはどうしてなのかな? それにいつの間にかみんな喜んで働いてるし」


 ――常識的な事をしているから。


 という言葉を、すんでの所で修平は飲み込むことが出来た。

 修平がそのまま黙っていると、レッドは突然に口調を変えて、さらに話し続ける。


「私ね、中学の時はずっとクラス委員だったの。押しつけられていた、って感じだったけど」

「三年間?」

「そう」


反射的な修平の問いに、短くレッドは答える。


「自分で言うのは何だけど、頑張ったつもり。押しつけられたのかもしれないけど、引き受けた以上は頑張ろうって」

「うんまぁ、おまえさんならそういう風になるだろうな」


 修平は深く頷いた。ありそうな話だ。


「でもね……」


 レッドは寂しげな笑みを見せた。


「私が頑張ってると、他の人たちは『じゃあ、自分は何もしなくてもいいや』って事になっちゃうみたい。いつの間にか私は一人だった」

「それは……」


 そういう輩には修平にも覚えがある。もっとも、そういった連中相手に、修平は遠慮したことがない。ビジュアルランクを著しく低下させる状態に追い込んで、すぐに溜飲を下げていたのでストレスを溜めることもなかった。


 ……だが、レッドではそうもいかないだろう。


「どうすればいいかはわかってたわ。『私を助けて、一緒に仕事をして』こう言えば良かった。それはわかってはいたんだけどね」


 レッドは何か吹っ切れたような笑顔を見せる。


 修平は思い浮かべていた。


 体育祭、文化祭、予餞会などの各種イベントに加えて、日常的な会議、さらには毎日の掃除に到るまで。

 何も言わずに、いや言えないまま一人でも黙々と仕事をこなすレッドの姿。

 なまじ有能なだけに、一人でやり遂げてしまうのだろう。


 悲しいことに。


「…………なるほど。なんとまぁ持って回ったやり方だ。共産主義とはな」

「やっぱり、ここまで話すと気付かれるわよね」


 人に甘える。

 ただ、それだけのことが出来ない人間というのは確かに存在するのだ。

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