第34話 第四章-5

 総司令部はもちろん生徒会室におく。


 その活動の第一として、衛星写真の手配。

 これを電脳部に持ち込み、既存の地図と組み合わせて独自の図面を制作する。


 都の大きさは、もちろんのことまだ正確にはわかってはいない。

 しかし、いっぺんが大体二キロメートル四方ほどの大きさであろう事は推測されていた。

 かつての通学路、そしてこれから捜索する街道の長さもこれが参考になるだろう。


 まずは二〇メートル単位で単純に地図を区割りし、それに現実の地形を加味して修正を加え、捜索すべき範囲を千のブロックに分割した。

 さらに三人一組の一個小隊を編成し、それぞれを先導・探索・連絡という職分にあてがい、区割りした地図上を虱潰しに捜索。捜索が済んだ所からチェックしてゆき、捜索がかぶることがないようにする。


 日毎に捜索目標を掲げながらも、冗長性もある。

 各サークルの協力もあり、装備、食料塔の補給も万全。


 むりやり組み込まれた生徒達も、このモザイク画のような計画に息を呑み、従い、そして最後には積極的に動き始めていた。


 そしていざ動き出し見れば――


 わかるのである。


 自分たちの母校には、もう後がないということが。

 美色を始め、生徒会スタッフの必死さがここに響いてくる。


 遺跡の存在こそが、自分たちの敵だと。


 悔し紛れに郷土史研究会を虐めていた自分が恥ずかしくなる。

 倒すべき敵は目の前にあったというのに。


 そして、倒すべき手段は目の前に示されているのだ。

 もともとお祭り好きな総央高生のこと。強制的に参加させられたということは、すぐに頭の外に追いやって、嬉々として捜索を続けることなる。


 美色が指示したように、捜索にあたる生徒がローテーションに組まれていることも幸いした。毎日ではなく数日おきということで、肉体的にも楽であり、さらには飽きっぽい面々にも持続して捜索に参加させることが、これによって可能となったのである。


 また三年生の間にもこの雰囲気は浸透し、早々と推薦入試を突破した数人、いや数十人の三年生が協力を申し出てきた。

 もともと学校からはほとんどノーマーク状態の三年生である。


 その気になれば毎日でも参加できる。無論一、二年生の中でも条件が合えば――顧問が不熱心なサークル、またはクラブに属しており、放課後にいなくなっても気付かれる恐れが少ない――毎日参加を望む者も現れる。

 するとすぐにも計画は修正され、あっという間に仕事が割り振られ、緊張感が途切れることもない。


 こうして整えられた環境の元、捜索は学校側から南側へと伸びることとなる。

 山を越えてからの捜索は大幅な時間のロスとなるので、これは仕方のない選択だった。


 まずは校門から、本来は存在しない西側への道を開拓しなければならない。

 文字通り道無き道を切り拓き、遺跡を充分に迂回した後、捜索の手は南側へ。


 西への道は一度切り拓けば、その後の作業はいらない。

 何人もの生徒が、道を踏みならして行くのでそこには自然に道ができあがって行くのだ。


 南側への捜索の目標は、当然ながら街道の痕跡である。

 自分たちが作ってきたような、踏みならされた土の跡。一里塚のような石碑。


 このあたりの目標の選定には、郷土史研究会会長、木戸の存在は重要だった。

 木戸もまたこの計画に参加するようになって己の居場所を見つけ、それでいてかつてのように尊大になることもなく、周囲とうち解けるようになっている。

 ここ最近の様々な出来事が、彼を成長させたのであろう。


 このまま街道跡が発見できれば――


 誰もがそう願っていたその時、ホワイトが再び動き出す。

 そう――木戸の受難はまだ終わってはいなかったのである。






 その時の木戸はといえば、自分たちの部室で左右と共に過去の文献をあたり、少しでも捜索の助けになるような記述はないかと、懸命に調査を繰り返していた。

 その郷土史研究会の部室、要するに理科室にホワイトは姿を現したのである。


 ただ、そのホワイトはどこか様子が違っていた。


 定番の白ラン姿。それ以外には装飾品を身につけないシンプルな出で立ち。

 色素の薄い頭髪と瞳が、教室に射し込む光を受けて、淡く輝いている。


 それだけならば、いつもと同じだ。


 ただ、雰囲気が違う。いつものポヤンとしたところが無く、ホワイトには実に不似合いな言葉ではあるが――


 引き締まっているのだ。


 なにもかもが。


「な、何かな?」


 思わず手を止めて、木戸はホワイトに話しかける。

 左右もそれは同様で、特に右――友子の方は、どこか陶然とした表情だ。

 黙っていれば貴公子然とした容貌なのであるのだ、ホワイトは。


「木戸君、ちょっといいかな?」

「あ、ああ、そりゃ構わないが……ここじゃダメなのか?」

「そうだね、初見君と安西君も当事者というか、条件は君と同じなんだがあまり大人数で話したいことでもないんだよ。何、部屋を出ていこうというわけではないんだ。僕のいる、この扉近くまで出てきてくれないかと思ってね――内緒話をしよう」


 そう言って、ホワイトはニコリと笑った。

 その笑顔に不気味さを感じないでも無かったが、木戸は腰を上げてホワイトの元へと近寄った。


「……木戸君、ずいぶんな量の資料だけど、これは元々君たちが持っていたものなのかな」


 世間話でも始めるかのような気軽さで、ホワイトはまず、こんな風にきり出す。

 ただ、その声音はいつものような、周知に聞かせるような大仰な声ではなかった。


 内緒話をしよう、という言葉には偽りはなかったようで、声のトーンも随分抑え気味だ。そんなホワイトをますます不気味に感じる木戸ではあったが、とりあえず返答する。


「いや、ほとんどが会長の……美色のとこから出てきた文献だ」

「それは……さすがに素封家だね、彼の家は。お父上に気付かれなければ良いのだが」

「理事長は過去の文献には興味がないようだ」

「なるほど……」


 話が一向に見えない。木戸は思い切って尋ねる。


「この文献の出所が、アンタの用件か?」

「いや、馴染んだ資料でないのなら、その調査は大変だろうと思ってね」

「そりゃ……そうだが、そういうものだろう?」

「でも、目安を付けることは出来るよね」


 木戸は首を傾げる。目安も何も街道の事について調べているのだ。それが目安ではないのか。木戸はそれをそのままホワイトへとぶつけた。

 しかしホワイトはそれを聞いても、笑顔を浮かべることをやめなかった。


「違うよ木戸君。それは目安ではなくて、見つけるべき目標だろう。僕が言っているのは、その目標を見つけるためには、何を基準に資料に接すればいいか、そういったノウハウについて」


 ホワイトはそこで言葉を切った。


「これは日本語で〝目安〟と言うだろう?」

「そう……だな。その通りだと思うけど……だから、結局何なんだ?」


 会話が同じところでクルクルとフォークダンスを踊っている。

 木戸は焦れて、ホワイトに不機嫌な声をぶつけた。


「だから、僕が目安を教えてあげよう」


 そんな簡潔な結論を告げると同時に、ホワイトは口を木戸の耳元へと寄せる。


 そしてほんの二、三言囁く。


 囁かれた木戸は、その言葉の意味を一瞬では理解できなかった。


 なぜならその言葉は矛盾に満ちており、あってはならない、いやあって欲しくない言葉そのままだったからである。


 そう――本能がその言葉を拒否したのだ。


 しかし理性はホワイトの言葉を受け入れ、さらには脳髄をフルに使って、その意味するところを木戸の脳裏に展開させて行く。


 それは自覚という言葉を伴って表層意識に浮かんでゆき、最後には木戸の全身に、ホワイトの言葉を理解させた。


 理解は木戸の肉体に変化をもたらす。


 動悸、息切れ、眩暈、発汗、麻痺と痙攣。


 おおよそ人体が表現できる〝危機〟という言葉の代弁方法を全て試みようとするかのように、木戸の身体は挑戦を続けた。すでにその膝は砕け床に座り込んでいる。

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