第33話 第四章-4

 一方で修平とレッド――


 いつものトンネルには居なかった。

 修平の手のひらのマメがついに限界を迎えたのだ。それは、つるはしが振るえなくなったということを意味すると同時に、家事にかなり不自由すると言うことを意味している。


 そういう理由が重なって、今、修平の目の前には幾分柔らかすぎるご飯と、だしの薄い味噌汁と、焼きすぎの秋刀魚が並んでいた。


「……ごめん」

「謝ることはない」


 レッドの謝罪の言葉に、修平はこともなげに応じた。


「初めてにしては上出来だ。実を言うとその初めてだというところに驚きを感じないわけでもないのだが。もう一つ、ついでに言うと俺がついていながら、何でこんなことになるのかとも考えないではない」

「いつからホワイトがうつったのよ。言いたいことがあるなら、きっぱりと言ったらどう?」

「それでも女か」

「ぐ……」


 レッドはうめき声を上げて、握り拳を固めた。


「……そういう旧態依然な考え方が、真の革命への道を阻害しているのよ」

「ま、おまえさんの主張に口を挟むつもりはない」


 修平は平然とそう答え、握りしめたスプーンで味噌汁をすくう。

 続いて、秋刀魚の身をほぐそうとして、顔をしかめる。


「榊、私が……」

「いいから。実際、飯の事は助かってるんだから、気を使わなくてもいい」

「でも、私のせ……」

「もちろん、お前のせいじゃない。トンネルを掘ることは誰かに強制された覚えはない。だからつるはしを握っているのも俺の意志だし、マメが潰れて今日という日を無駄にしたのは俺のミスだ」


 ほぐした秋刀魚の身に大根おろしをまぶして醤油を垂らし、それをスプーンでかっこみながら、修平は淡々と言葉を重ねる。

 レッドは大きく口を開いて、何かを言いかけるが、すぐにうつむき黙り込んでしまう。


「食えよ。冷めるぞ」

「うん……そうだね」


 答えたその言葉は、何に対してのものだったのか。

 レッドもまた味噌汁を啜り、しばらくは二人とも無言のまま食事を進める。


「ねぇ、榊のお父さんは?」


 不意にレッドが口を開く。


「親父? さぁ、またプラモじゃないか? もの凄く大きな箱を抱えてたのを朝に見たから、いつになったら出てくるのか見当もつかん。あぁ、飯のことなら気にするな。冷めてると思ったら電子レンジを使うぐらいの知恵はあるし、当然文句も言わせるつもりはない」

「そう……」


 そしてまた、唐突に終わる。


「あのなぁ、レッド」


 たまらずにに修平がレッドに呼びかける。


「何?」

「暗い」

「だってねぇ」


 食べ終わった秋刀魚の骨を、箸の先でへし折りながらレッドは湿った声を出す。


「明るくなる材料がどこにもないじゃない」

「確かにあの岩盤は厄介だ」

「厄介なんてもんじゃないわ。あの相手をして何日経ったと思ってるの?」

「わかってるよ、もう十日近い」


 しかも先の見通しがまったく立っていない。

 ただでさえ、砕くと言うよりは削ると表現した方が的確な作業状況だ。


 しかも、つるはしに伝わってくる手応えから考えると、相手は岩盤ではなくて、多分大きな岩だ。文字通り砕くしか突破しようが無い上に、仮に砕いたとしても強度に不安を残すこととなる。残る手段は岩に穴を穿つ事だろうが、そうなるともう、幾ら時間がかかるかしれたものではない。第一、そんなことをするには技術も道具も不足している。


 かといって、岩を迂回するにしても、これまた見当がつかないのだ。

 崖側、つまり遺跡の方向へと迂回するのは、どこまで迂回しなくてはならないのかはっきりしない以上、自殺行為である。


 そして山の中央部に迂回するとなると、こちらもまたどれだけ迂回するかによって、状況が全然違ってくる。そして、変化する状況に臨機応変に対応できるほどの、余力も時間も残ってはいなかった。

 平たく言ってしまえば、完全に手詰まりなのだ。


 それでも掘るのは――


「ホワイトは……こういう状況がわかっているからこそ、美色についたのかしら」

「うん……ああ」


 不意に放たれたレッドの言葉に、修平は珍しく咄嗟に対応できなかった。


「まぁ、通学路の可能性を追求するなら、どうも向こうの方が有望そうだな。残念ながら」


 西側に道がありそうだという話は修平も、そしてレッドも聞き及んでいる。


「そ、そうね」


 レッドははっきりと落ち込んだ。


「ただなぁ……」


 修平は首をひねる。


「アレって、面白いか?」

「は?」


 今度は完全に、レッドが虚を突かれた。


「多分、アレの裏にいるのはホワイトの奴だと思うんだ。にしては、あまり名前が出てこない。アイツが本気なら、もっと騒ぎが大きくならないか?」

「美色が……それは、ないわね」

「ま、それは同感だ。人の手柄を横取りするほど、アイツのプライドは低くないだろう。と、するとホワイトは何か企んでる」


(ここはまだ、ばれるわけにはいかないだろう?)


 ホワイトの囁き声が脳裏に蘇る。


「何を?」


 修平の思考に、レッドの言葉が重なる。


「わからん。わからんから穴を掘る」


 レッドは、ハァとため息をついた。


(――それが多分、最善だ)


 修平は心の中でだけそう付け足して、スプーンで飯をかき込んだ。

 自分の中にある、ホワイトへの感情に名前を付けないように注意しながら。






 そしてさらに数十日後――


 具体的に日時を挙げると、十一月二十八日。

 ホワイトが参謀格におさまり、美色が主導となって行われてきた、西方の街道捜索計画は実を結びつつあった。


 まずは美色の実家から出てきた書類が、見事にホワイトの読みを裏付けたことから始まった。明治時代の土地の売買契約書とそれに付随する書類に、


「朱池ヲ埋メテ」


 という一文が発見されたのである。


 その「朱池」という名前を元にさらに調べを進めた結果、当時の絵地図を発見。

 果たして朱池のあった場所は、現在の遺跡の南。

 今の地形で言うと、駅の向こう側あたりに「朱池」は存在したことになる。


 ここに、四神相応の地形のうち三つが揃った。


 この事実を大々的に生徒会は――というより、美色は――喧伝し、反対意見を封じ込めてしまった。


 このまま放置すれば、またぞろ反対者が出てくるのが総央高校なのではあるが、今度は生徒会側の準備も万端だった。


 本人の確認もとらないままに、捜索計画のスケジュール表に勝手に名前を書き込んで、強引にそれに従わせようとしたのである。


 無論、多くの生徒が抗議のために生徒会室に怒鳴り込んだ。

 そして、その生徒全員が回れ右をして、生徒会室を去っていった。


 恭順の意を示して。


 なぜなら、そこにホワイトが居たからである。


 もちろん、ホワイトだけは相手にしたくない、という者もいたであろう。

 だがほとんどの場合は――修平にとっては死ぬほど不本意であろうが――ホワイトと言えば修平なのである。


 そう、修平こそは総央高校最大最強の軍事力。

 その軍事力が生徒会という、総央高校最大の権力集団と結びついた。


 ――かの様に見える。


 そうなると、先日の会議室での修平の大暴走。

 アレすらもが、修平と生徒会の強力を裏付ける有力な傍証に思えるわわけだ。


「なかなか、やるねぇ会長」

「なんとかとハサミは使いようだ」

「うまいなぁ。座布団三枚に相当するよ」


 などという会話が、美色とホワイトの間で行われたりもした。

 そして、強引にスケジュールに組み込まれた者が見たものは、精密な計画だった。


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