第32話 第四章-3
美色の明け透けな問い掛けに、ホワイトも負けじと素直に応じた。
「会長の家は、この地方の有力者の家系だったよね。記録は残ってないかな?」
「記録?」
「そう。湖……はちょっと無理だとしても沼なら埋め立てられた可能性もある。辰之川があるから水源には事欠かないだろうし、作地面積を増やすためにそういうことがあっても不思議はないだろう?」
「あ……」
確かにそういう可能性は否定できない。
今は痕跡が無くとも、昔にはそういう地形が残っていた可能性がある。
そしてこの際重要なのは〝昔の地形〟という奴なのだ。都の建設時の地形が。
「よしわかった。家で調べてみよう、ちょっと時間がかかりそうだが……」
美色は大きく頷き、これから先の作業を思い浮かべて少し思案顔になる。
そして、澪に何か言おうとしたその時、再びホワイトが口を開いた。
「明治時代初頭ぐらいが目安になると思うよ」
「
反射的に美色は聞き返した。既にその声はホワイトに対する、様々な垣根を飛び越えていた。それはある意味信頼といった言葉で表現されるものかも知れない。
「この学校は山を削って建てられたという話だね」
「あ……そうか」
さすがに美色はすぐに理解した。
山を削って、その時に生じた土をどこに持っていったのか。これだけの情報が出そろった後では、沼を埋め立てるのに使った。そう推測される。
――いや推測したい。
そして、この学校の設立は明治の始め。
もしかすると、沼を埋め立てるために山を切り崩し、その空き地に学校を建設したのかも知れない。時が進み主体と客観が入れ替わることもまた、ままあることではあった。
「それと……ええと君、名前は?」
突然、ホワイトは梶原に声を掛けた。
「は、はい。梶原です」
「そう、その梶原君。『
「な、なんで僕に言うんですか?」
ホワイトは不思議そうに首を傾げた。
「僕たちの監視を中里君に依頼したのは君じゃないのかい?」
瞬間、梶原の顔から血の気が引いた。
それを見て、美色は呆れたように首を振った。
梶原の不手際と言うよりは、ホワイトの能力が突出しているのだ。
監視に気付いたのは、もしかすると修平の〝野生の勘〟かも知れないが、その事実から周囲の状況を読み、梶原にまで辿り着いたのは、間違いなくホワイトの能力だろう。
「す、すいません会長」
数瞬の後、どういった判断をしたのか梶原は美色に頭を下げていた。
美色は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、無言のまま指先でホワイトを示す。
梶原はそこで自分のミスに気がつき、慌てて身体の方向を変えた。
「すいません、ホワイト先輩。会長の指示でして……」
と言ってしまってから、梶原は両手で口を覆った。
言ってはならないであろう言葉を同時に二つも口にしたのだ。
再び真っ青になる梶原。
しかし、当のホワイトはと言うと、特に表情を動かすでもなく、ただ悄然と佇むばかりであった。
――呆然としている。
と形容されても仕方がないほどの、空白の時間が流れる。
だが、やがて変化はあらわれた。
ホワイトが大きく腕を広げ、長机を意外なほどの身軽さで飛び越えると、そのまま梶原を抱きしめたのだ。
「いや~、君。素晴らしい人材だね。これほどに危険な言葉を次々と口に出せるなんて、なかなか出来るモノじゃないよ」
そう言ってホワイトは、梶原の手を取って部屋の中をくるくると踊り始める。
「やはり、言葉を追求するためには禁忌への挑戦は欠かすべからざる重要な要因だね。う~ん、僕の胸の鼓動は今この上なく高まっているよ!」
ホワイトはこれで、適度に上背がある。梶原はというと百七十そこそこの身長で、つまり適度に身長差があるから、始末に負えない。
しかも、ホワイトの夢見るような言動である。
えもいわれぬ――いや、その筋の女生徒には垂涎モノのシチュエーションではあるのだが――雰囲気が生徒会室に充満し、美色などは今にも泣き出しそうである。
「そう! 今日は気分がいい! 一気に行ってしまおう。消去法で他の役職を消していくと、君、会計だね」
踊りながら、ホワイトが可奈子に声を掛ける。
「は、はい!」
反射的に、可奈子は返事をしてしまう。
「生徒会に使える予算は、あと幾らぐらいあるんだい」
「ちょ、ちょっと待てホワイト!」
踊るホワイトを追いかけるようにして、美色がホワイトの言葉を遮った。
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「アハハハハ~、決まってるじゃないか! 使うためだよ!」
いい加減、つき合っている梶原の方の息が切れてきている。ホワイトはといえば喋りながらでもあるのに、ペースを落とすこともなく踊り続けていた。
「使うって! 何に!」
美色は後を追いかけるのはやめ、大声で話を続ける作戦に切り替えたようだ。賢明な判断であると同時に、梶原を見捨てる非情な判断でもある。
「航空写真! 上空からの写真は、有効に使えるだろう!」
「馬鹿を言うな! セスナかヘリコプターをチャーターして! 専門のカメラマンを雇って! 現像代は考えないにしても、とんでもない金額だぞ!」
「え? ……あ、違った」
と、そこでゼンマイが切れたかのように、ホワイトはピタリと足を止める。
その足下では、梶原がゼェゼェと肩で息をして、うずくまっている。
「衛星写真だった」
「もっとかかる!」
もう大声で話す必要な無くなっていたのだが、勢いのまま美色は言い返した。
「違うよ会長。衛星写真の方が安くつくんだ。チャーター費も燃料代も人件費もかからない。上空を通ったときに精度を上げてパチリと。それで、データを転送してプリントアウトで、ハイ、おしまい」
ホワイトは優雅に一礼して見せた。
「そりゃ、理屈はそうかもしれんがな。衛星をどうやって……」
「民間でそういうサービスをしている会社があるよ。別に仮想敵国の軍事基地を撮れというわけでもない。ただの日本の高校の上空撮影だ。問題はないよ」
「そう……なのか?」
「そうなんだよ。もちろんただじゃないし、それなりの値段はするけどね。まぁ、二十万もあれば大丈夫」
そこでホワイトは再び、可奈子を見る。
可奈子は悲しげに頭を振って見せた。
「おお、何てことだろうね。会長、君は一体文化祭に幾ら突っ込んだんだい?」
「具体的な数字を言うまでもないだろう。全部だ」
「そこまで、率直に言われるとなんだか感心してしまうよ。ねぇ、副会長」
今までの騒乱を超然と観覧していた澪に、ホワイトは突然話を振った。
だが澪は慌てず騒がず、
「実に会長らしいかと」
それを聞いて、ホワイトはニッコリと破顔する。
「こちらもまた潔い。となると、中里……」
そこまできて始めて、どうして自分が梶原と踊っていたのかを思い出したようだ。
「そうだった、梶原君。中里君に連絡を取ってくれないか。全校生徒を動員……いや、三年生は良くないな。ここは希望参加ということで、ローラー作戦の作戦を立てて欲しいと。そのついでに何人かの生徒を外に稼ぎに出して、足りなくなった生徒会予算も補充しなくてはならないから、さらに複雑になるけど、まぁ彼なら何とかするだろう。作戦立案能力は、恐らく全校一だ」
歌うように、ホワイトはそこまで言い切った。
「か、会長……」
救いを求めるように梶原は美色を見るが、美色は難しい顔のままうなずくばかりだ。
それどころが、さらに注文を加える。
「中里にはこうも伝えるんだ。教師共には知られたくない。隠密を旨とし、幾つかの部隊に分けてローテーションで作戦にあたることが出来るように。いいな」
ヒュー!
ホワイトが甲高く口笛を響かせる。
「完璧だ、会長」
「嫌味か」
「そのついでに、この指示は全部会長がやったということにしてもらえるだろうね」
そのホワイトの言葉に美色は眉をひそめ、すぐには返答しなかった。それを見てホワイトはさらに言葉を継ぐ。
「僕の名前を出したら、誰も真剣に取り合わないよ」
「しかしだな……」
「会長」
澪が美色を呼び、そして左右に首を振る。
「……わかった。それじゃ、とりあえず俺は家に帰って調べてくる」
美色は置いてあった鞄を手にとって、部屋の隅につるしてあったコートを羽織る。澪は無言のまま、それに従うかのように立ち上がった。
ふと美色が振り返る。
「……確か、扇動は良くなかったんじゃなかったか?」
「真実を誇張するのは、扇動とは違うよ」
美色の後に続く澪が、その黒髪と同じ真っ黒なコートを羽織り――
――その場の幕は閉じる。
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