第31話 第四章-2

 美色達がそうやって新たな道を見つけた頃、もう一方は完全に道を見失っていた。

 道がなければ、文字通り自分で作りだしてきた連中――というか今は二人だけなのだが、その道が作れないのだ。


 掘り進むべきその先に、大きな、そして固い岩盤が立ちふさがっているからである。


 何しろ固すぎて、木片を差し込む隙間すら作れない。

 安物のつるはしでは岩盤の表面を削るのが精一杯。

 それに加えて、修平の手のひらはマメだらけで、もはや力一杯つるはしを振るうこともできない。


 レッドは力仕事ではあまり役に立たないから、分担を入れ替えても大差ないだろう。


「この岩盤のことがあるから、ホワイトは裏切ったのかしら」

「まぁ、そういうことになるだろうな」


 ガツン! ガツン!


 つるはしを振るいながら、修平はいつものごとく考え無しに応じる。


「やっぱり! そうよね、やっぱりホワイトは裏切ったのよね!」


 ガツン! ガツン!


「…………ええと、俺そんなこと言ったっけ?」


 ガリガリガリ。


「……榊、ホワイトに似てきたんじゃない?」


 岩肌をシャベルで削りながら、レッドが投げやりにそう言って、二人は無言でそれぞれの作業を続ける。


 レッド本来の仕事である、掘り出した土の運搬作業は開店休業状態であるし、それに付随する床面の整地は、随分昔に完了済みだ。

 要するに、一歩も先に進んでいない。


 進捗状況は、それはもう考えるまでもなく最悪だった。

 どんな要素を積み重ねても、見学会の日付までにトンネルは開通しそうもなかった。


 ガラン……


 修平がつるはしを取り落とす。

 思わず修平を省みるレッド。


 しかし、修平は無表情のまま落としたつるはしを拾い上げると、何も言わずに再びつるはしを振るう。

 握りしめたつるはしの柄から血がつたう。


「……考えると軍手ぐらいはめればよかった」


 ガツン! ガツン!


「…………そうね」


 憮然とした表情のまま、レッドは応じた。

 何も言わない。


 ――何も言えない。








 数日後――


 ホワイトが持ち込んだ、その情報は総央高校を完全に席巻した。


「どうやら西に道があるらしい」


 詳しいことまではわからないまでも、とにかくその重要な部分だけは、全校中に知れ渡ることとなったのである。

 何しろ駅から降りてすぐに東へと進んでいた生徒達である。遺跡の西側がどういう風になっているのか確信を持って断言できるものは誰もいなかった。


 そう、未知であるがために生徒達はそこに希望を見いだすことが出来た。

 西に何かありそうだと知ってからは、駅から降りて西側を眺める生徒達も多くなった。


 今までは駅から降りて一番目についたのは、なんと言っても水田である。

 そこから考えて、西側も普通に水田だろうと漠然と思い描いていた生徒達は、そこでよい意味で予想を裏切られることとなる。


 西側は小高い丘陵地になっており、明らかに水田にするには不向きな地形であったのだ。

 その丘には草木が生い茂り、ふもと付近ではどうも林になっているようで見通しがあまりよくない。田舎のことであるから開発もされないままに置いておかれた、自然のままの風景がそこに残っていた。


 そういう環境であるから、否が応にも期待は高まる。

 誰も見たことがない、そういう場所であるからこそ、もしかしたら知られていない道があるのかも知れない。


 総央高校の生徒達は、皮算用とも言える淡い期待に胸を膨らませた。

 もっとも、そういうこととなるとアンチテーゼを提出してくる者が現れるのも、総央高校の伝統で、ある意味健全と言えなくもない。


 そのアンチテーゼとは実に単純なもので、


「北に山はある。村上山がな。東には辰之川があるだろう。でも南には? 平野と呼ぶほどの広さはないし、もとより湖どころか沼もない。これでは望みは持てない。大体遺跡が都跡だというのは、まだ研究の最中なんだろう?」


 多分に悲観的と言うべきだが、この意見もまた説得力があった。

 一度は盛り上がった校内の士気も再び沈下方向へ。

 そして美色は不本意ながら、またあの男を呼びだした。





「で、どうする? 近々にでも捜索隊を出そうと考えていたんだが、今の状態じゃちょっとな」

「どうしてですか? 人海戦術でローラー作戦をしなければならない理由もないでしょう? 少数精鋭で捜索にあたっても、結果は同じだと思いますが」


 美色に生徒会室に呼ばれたホワイトは、至極当たり前に――非常に珍しいことに――反応した。その証拠に他の生徒会の他の面子、梶原や可奈子は大きく目を見開いて、ホワイトを見つめている。澪だけが一人、にこにこと笑みを浮かべていた。これもまた珍しい事態ではある。


 いつもの不可思議な言葉の羅列が襲いかかってくるものだと思っていた美色は、一瞬虚を突かれることとなった。


「ん……あ、そ、そうだな。結果は同じかもしれんが時間がな。出来れば結果は早くに出したい」

「まぁ、そうですね。道を見つけたとしても、それを通学路として機能させるには、いくつもの段階を踏まねばならない。ザッと考えてみますと――」


 まずはその道が、歴史ある街道であることを、件の遺跡に関連させて証明しなければならない。次にはその街道の復活運動。そこから総央高校生との苦難の行程をアピールして、街道を通れるようにする。ここまで立入禁止にされては元も子もないのだから。


「――現実にアスファルトに舗装された道でも、旧街道だと堂々と名乗り上げている通りはいくらでもあります。道が発見されれば通れるようになる可能性は高いと思いますが、これは大仕事ですよ、会長」

「わかっている。だから早く結果が欲しいんだ」


 ホワイトの理路整然とした説明に、何故か怒ったように美色は応じた。

 梶原は以前に聞いていたホワイトの知性の一端を見たのだと感激し、身体を震えさせている。可奈子のホワイトを見る眼差しは確実に変化していたし、澪は婉然と微笑むばかりであった。

 もっとも、ホワイトは自分の評価の変化にはまったく関心がないようである。


 それが証拠に―― 


「ですが、あまりに結果を求めすぎるのはどうかと。詩篇『カーバンクルにふられた男』からの引用ですが――手段トハ結果ニ隷属スル現象デアリナガラ、結果モマタ時トシテ手段ヲ選択スル手段トナル――との欺瞞に満ちた言葉が警告するように、人の客観性は曖昧模糊なモノなのです」


 いつもの調子が始まった。


「さらに――」


 ボコッ


「少し黙れ」


 もはやためらいもなく、美色はホワイトへ鉄拳制裁を加える。


「慣れましたね、会長」


 澪が静かに告げた。特に怒っている風でもない。壊れたテレビを直すようなものだとでも思っているようだ。


「いい加減な――ホワイト、呼んだのはこの俺だ。大人しく、俺に聞かれたことにだけ答えればいい」


 独裁者丸出しの台詞である。

 それを聞いてホワイトは、難しい表情を浮かべた。


「それは……難しいね」

「何が!?」

「聞かれたことにだけ答える……というのが何とも……」


 顔を右手で覆い、酷く沈痛な様相を示す。


「ちっとも難しくなんかない!!」


 ついに美色がキレた。修平がよくやっているように。


「前回の情報はありがたかった! ただ、その情報と現実の状況はいささか異なるんだ。全校生徒を動かすには、なんとか現実との摺り合わせをやらないと……」

「何らかの偽造工作を目論んでいるのかな?」


 飄々とした口振りのまま、ホワイトは不穏当な単語を口にした。


「結果的にそういうことになるかもしれん」


 美色もまた完全には否定しない。


「我が校の生徒会長ともあろう人が、浅はかと言わざるを得ないね。会長は全校生徒の士気を高めたい。違うかい?」

「だから……!」

「いいかい、本当に人の心を動かすモノは、なんと言っても〝真実〟だよ。扇動で得られるモノは一時の興奮。真実がもたらすモノは偽りのない希望だ」


 色素の薄いホワイトの容貌が、何とも言われぬ圧迫感を周囲に放っていた。


「そして、我が校の生徒にはアラを捜すのが得意な人間がたくさんいる。生半可な扇動、つまり偽装工作など早々に看破されてしまうよ。そうなると僕の情報自体が水泡に帰す可能性がある」

「じゃ、どうするんだ?」

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