第四章 失われた伝説《ゆめ》を求めて
第30話 第四章-1
美色は、精神的な苦痛に襲われていた。
勢い込んで開いた会議が、あまりにも不首尾な結果に終わったからだ。
今から考えると、もっと準備してからでもよかった気もするのだが、それでは時間がかかりすぎる恐れがある。
とはいえ、会議を開かないという選択も選び難く、これはもう構造的な手詰まり状態にあるのではないかと、美色は思い悩んでいたのだ。
――が、
それがしっかりと結晶化する前に、美色のいる生徒会室は思いも寄らなかった人物から奇襲を受けることになり、そのために美色の苦悶は遠くに追いやられることとなった。
一つの理由は、その訪問者がホワイトであったこと。
もう一つの理由は、そのホワイトの持ち込んだ提案というのが、この上なく有望そうだったからである。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「いいですとも。僕は待ちましょう。立待岬の花になろうと、銅像にされようとも」
「素晴らしい御覚悟です。ホワイト先輩」
(そうだろうか……?)
梶原と可奈子は、投げやりに心の中で突っ込んだ。
もとより、問題なのはホワイトの困った性癖ではなく、その持ち込んだ提案の方だ。
「ホワイト。いつものことなんだが、君の説明はよけいなものが多すぎる。もう少しすっきりとした説明をお願いできないだろうか。今、聞いた分には有望そうではあるんだが……」
「有望だとも! 何しろ時を遡ればワンサウザンド以上な感じ! 今とは違う科学大系のパラダイムがシフトしており、今の非常識が普通に常識な地球でのお話」
美色は本気で頭痛を感じた。
「あのなあのな、俺の話を理解してるか? いや、その前に聞こえているか?」
「もちろんだとも。たしかすっきりさせるようにとのことだったね。もちろん聞こえているし理解もしているよ。聖徳太子の偉業に比べれば、君一人の言葉を聞き分けるぐらいたやすいことだよ」
「では、善処してくれないか?」
「ああ、そうだったね。もちろんだとも。僕は今日まさに君たちの手助けするために、ここにやってきたのだから。いくらでも善処させてもらうよ。ファウスト博士に協力するメフィストフェレスの様に――」
美色は徹底的にめげた。目が完全に線目になって諦めの表情だ。
そのままホワイトの長広舌に身を任せようかと決意しかけたその時、ある方法を美色は思い付いた。梶原を手招きで引き寄せる。
(梶原、榊かレッドの居場所はわからんか?)
梶原には、ホワイトを含めた三人の監視網の構築を命じてある。
(すいません。どうも放課後は校外に出ているようで、追い切れません。通学路がまともならいくらかでも機能できると思うんですが、今の状態では皆ギリギリまで校内に残っているので……)
(そうだな)
「……というわけで、善処はするけど簡潔にするのはかなり難しい作業になると思うんだ。ゴルディアスの結び目を断ち切ったアレキサンダー大王の勇気があれば、また別の話なんだろうけどね」
ホワイトの方の長広舌も、不穏当な結論と共に終わろうとしていた。
それはさすがに美色も聞きとがめた。
「……何だって? 難しい?」
「そう。困難だね」
「澪、頼むから何とかしてくれ」
「そんな……人を……ましてやホワイト先輩を殴るなんて……」
「いや、そういう一足飛びの結論を求めているわけではなくだな……」
「でも、そうでもしないと〝何とか〟とはなりませんよ」
「ハッハッハ、何だか酷いことをいっているねぇ。どのぐらい酷いかというと……」
「いい加減にして下さい!!」
大人しい可奈子が、突然叫ぶ。
それを聞いて美色も澪もハッとなって自分を取り戻す。
もちろん、ホワイトは取り立てて混乱していたわけではないので、悠然と可奈子へと向き直り、
「君は今、良いことを言ったね」
と完全に部外者というか上位者の口振りで、静かに応じた。
さすがに、可奈子の額に青筋が浮かび上がる。
可奈子ばかりではない。ほとんど美色もキレる寸前だ。
「と、とりあえずどうでしょう? 僕が整理してみますから、ホワ……藤原先輩には間違った部分があれば指摘してもらうということで」
堪らず割り込んだ梶原のその言葉は、恐らくこの場では最も建設的な提案であっただろう。
美色、ホワイト、両者が頷いてその提案はさっそく実行に移された。
「ええとですね、ではまず今日の木戸先輩の説明ですが、重要なのは、ええと日本史にまつわる謎ではなくて、都跡かも知れないという、その部分であると」
いまいち整理し切れているとは言い難いが、そもそもがホワイトの説明であるから、これぐらいにまとめられれば、上出来の部類だろう。
ホワイトもそこまでの要約には、鷹揚に頷いた。
「それでですね、都跡ということは当時の社会常識からして、ある法則で建設予定地を決めた可能性が高い、とそういうことですね」
ホワイトは少々顔をしかめる。が、特に文句は言わなかった。
梶原は少々腰が引けたものの、そのまま続ける。
「その法則とは、ええと、四神相応……でしたっけ?」
「その通り。だけど君ちょっといけないね」
「え、な、何か違いましたか?」
「違わないけど、全然説明が簡単すぎるよ。ぼくはもっと言葉を重ねたじゃないか。四神相応の〝相応〟こそが、この辺りの地名〝総央〟という風に、読みはそのまま漢字を変えて伝わったのではないかと。古来日本はそういうことをよく行っていて――」
再び始まり掛けたホワイトの長広舌は、そこで途切れた。
いつの間にかホワイトの背後に忍び寄っていた美色が、背後から強烈な一撃を食らわせたのだ。
「……ふむ、コツがわかった」
「……会長」
「いいから続けてくれ。なるほど、榊ならつき合いやすかろう」
「あ、ええと、四神相応というのは北方の玄武、東方の青龍、南方の朱雀、西方の白虎という空想上の四聖獣が住むのに最適な……最適な……」
やはり整理し切れてはいなかった。
梶原の口が空転する。美色はそのまま後を続けた。
「まぁ、理屈はこの際いいだろう。つまりこういうことだな。都を建設するにあたって、古代では地形を重要視した。その地形とは北に山、東に川、南に平原か湖沼、そして――」
美色は、瞳を輝かせる。
「――西に道だ」
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