第29話 第三章-9
「では、木戸。前にきて説明を始めてくれ。そうだな、肩慣らしに先ほど俺が言った〝単純な手段〟が有効かどうか、検証するところから始めてもらえるか」
木戸はそれを受けて、ギクシャクと議長席の横へと歩いて行き、皆の方へと振り返った。
「で、では、まずはそれから。か、会長の言った。た、た、単純な手段ですが……」
何度もどもりながら、木戸は説明を始めた。
「す、少し前の話になりますが、他県の遺跡での捏造事件。かなり話題になったので、憶えてる人も多いと思いますが、あれ以降こういった遺跡への立ち入りはかなり厳しく制限されるようになりました。これがために、通学路まで立入禁止になってしまうというような事態が起きたわけなんですが」
その説明は、他の生徒達には言い訳にしか聞こえなかった。
全員の視線が、剣呑なものに変わる。
「そ、そ、それに加えて我が校の特殊な制服システムによって、部外者が一目でわからないことも不利に働き、要するに買収もろもろの手段は通用しないと考えるのが妥当かと……」
ほとんど視線のレベルが殺意にまで跳ね上がりそうになっている。
「よくわかった」
美色が、言葉を発して一旦その場を締める。
「では本題に移ろう。あの遺跡の正体は何なんだ?」
「そ、それは研究も始まったばかりで、はっきりとしたことはわかっていないので、推論に推論を重ねるような形になりますが……」
「構わん」
「そ、それでは……」
まず木戸が強調したのは、この遺跡がかつて無いほど大規模なものであるということである。単なる集落跡ではなく、当時にしてはしっかりとした都市計画を元に形作られた――言い切ってしまうと都跡なのではないかと推測されているということだった。
これは奈良時代末期に、日本史を紐解けば必ず名前が挙がる藤原氏の勢力が一時期衰えた時期があり、その時朝廷で権勢を振るったとある人物が強く関わっている可能性があるということ。
これは教室の中で数人が思い当たったような表情を浮かべていた。
未だ謎の多いこの人物だが、彼の地元とも言えるこの地方で都跡ほどの大きな遺跡が見つかったとなると、彼の権勢が裏付けられると同時に多くの謎が解けるかも知れない。
「……というわけで、重要度では近年希に見る遺跡ということです」
「そういう遺跡は……観光客も呼べるんじゃないのかな?」
その質問を発した、ホワイトに皆の視線が集中する。
「だろうとは思うね」
木戸が曖昧に肯定した。
「てことは会長、地元からの支援は期待できないね」
「そういうことになるな」
不機嫌そうな表情で美色は応じた。そのまま一同へと向き直る。
「いま、ホワイトから指摘があったとおり、不利な条件ばかりが出揃いつつある」
木戸に指示を出して、元の席へと戻らせる。
「遺跡のデータが他に欲しい者は随時申し出てくれ。出来るだけの資料は揃えよう」
「というか、ここまできて話が見えないんだが」
今度は修平が突っ込む。
「だから〝敵を知り己を知れば、百戦危うからず〟だ。敵として遺跡のデータを揃えるのは当然の戦術だろう」
常識だと言わんばかりに、美色は言い返した。
「いや、まだわからん」
「三人寄れば文殊の知恵とも言うだろうが。全校生徒合わせれば文殊菩薩が何人だ? 全員であの遺跡を出し抜く方法を考えるんだよ!」
教室中が静まり返る。
「あては……なさそうだな」
呻くように修平がそう呟いて、今日の会議は閉会となった。
ほとんどの生徒が絶望を友として教室を出ていく。
――そんな中、ただ一人の生徒だけが笑みを浮かべていた。
会議から数十分後。
修平とレッドはいつもの作業のために、自分たちが穿った穴の前に集まっていた。
「……どうする? いっそのこと言っちまうのも一つの手だとは思うんだが」
「う~~ん」
修平の提案に、レッドはわざわざ声に出してうなった。
そこに遅れてホワイトが姿を現す。
それを見て一瞬、修平とレッドは呆気にとられた。
会議室の時の作業服姿ではない。定番の白ラン姿であったからだ。
わざわざ着替えて、ここにやってきたことになり、その手間を掛けた理由を、二人はほとんど同時に察していた。
「二人とも、僕は生徒会室に行くことにするよ」
二人の表情を見て、ホワイトも状況を悟ったようだ。
「そ、そりゃあ迅速なことで。でも、この穴のことを報告するかどうかは俺達に相談してからでも……」
「ああ、それは違うんだ、グリーン」
「違う?」
「僕は単に、会長の呼びかけに応えようと思っただけでね。この穴のことは関係ない」
「何?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ホワイトのその言葉には、さすがにレッドも反応した。
「それって、裏切るってことなの?!」
「そういう不穏当な言葉を使われるのは、不本意ではあるけど、そう呼ばれも仕方がないことは自覚してるよ。でも、提案した僕がその場をほっぽりだして、いなくなるわけにもいかないし、何しろ――」
その時には既に、修平の左手はホワイトの襟首を掴んでおり、右手は振り上げられていた。しかしホワイトは逆に一歩踏み込んで、修平の耳元で小さく囁いた。
「――ここはまだ、バレるわけにはいかないだろう?」
修平の右手が止まる。左手は襟首を放す。
じっとホワイトの目を見る。
「グリーン、君はどうする? 一緒に来るかい」
修平の視線をものともせず、今度はしっかりとした声でホワイトが尋ねてくる。
眉を曇らせて修平はレッドを振り返り、自分たちが掘った穴の奥を覗き込むようにじっと見つめた後、ゆっくりとホワイトに向き直った。
「――俺は行かないよ」
「そうかい」
ホワイトは特に感銘を受けた風でもなく、淡々とそれに応え、レッドを見遣る。
「レッド、僕たちの目的は何だったろうね?」
「トンネルを掘ることでしょう」
拗ねたようにレッドが応じる。
「違うよ。通学路を作ることだっただろう?」
「――だから何!?」
今度はレッドがホワイトに詰め寄った。
「だから、あんたの裏切りを許せとでも言うの!! いいわ、許してあげるから、さっさとここら消えて!! 仲間だと思ってたのに……私は意地でもこのトンネルを開通させてみせるから!!」
悲しみを帯びた絶叫だった。
思わず修平は、腕を伸ばしレッドの頭を自分の胸へと抱き寄せる。レッドは泣き声を上げたりはしなかった。ただ、小刻みに肩を震わせている。
修平は何も言わず、目は真っ直ぐにホワイトを見据えていた。
ホワイトはレッドの叫びも、修平の視線もやはり受け流したまま、平然と笑みを浮かべている。
「…………行って来いよ」
修平がボソリと呟いた。
ホワイトは、それを聞いて満足げに頷き、踵を返してその場を去ってゆく。
修平は無言のままホワイトの後ろ姿を見送った。
レッドもまた、瞳に浮かんでいた涙を振り払い、キッとした眼差しでホワイトを見据える。
「……榊、あなたはまだ協力してくれるのよね」
「ああ」
それはいつものいい加減な、受け答えではなかった。
しっかりと意志を込めた、力強い肯定。
それを修平は、即答したのだ。
レッドは修平のその返答に、大きく頷いて握り拳を天に掲げる。
「立てよ! 万国の労働者!!」
「……とりあえず労働者は俺だけじゃねぇか」
苦笑を浮かべながら、修平もまた踵を返しトンネルへと向き直る。
それはまさしく、ホワイトが去ったのとは正反対の方向で、あたかも現在の状況を端的に示しているかのようだった。
「榊、行くわよ。とりあえず仕事の再分担から始めるわよ」
「そうだな」
今はいい、これでいいはずだ。
(だな、ホワイト)
――修平は薄く笑った。
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