第28話 第三章-8
何の音なのかは考えるまでもない。
ガラスの割れる音だ。
その原因を探して視線をさまよわせれば、すぐにも答えは見つかった。
修平が教室の中の他の代表者達を睨み付けたまま、背後の窓に力任せに拳を叩きつけたのだ。
いきなりの行動であったらしく、ファミレスは腰を抜かして修平のすぐ隣でへたり込んでいる。
混沌から一転、修平の行動に注目するという秩序が構築された会議室の中で、それでも修平はなおも行動した。
「ぐべぇ!」
蛙を踏みつぶしたような、と形容されるのにピッタリの悲鳴ともうめき声ともつかない聞き苦しい声が木戸の肺腑から漏れる。
修平が背後から木戸をけっ飛ばしたのだ。
その勢いで木戸は腹に机をめり込ませ、当然そのまま踏みとどまれるわけもなく、
ガララッガッシャーン!!
今度も派手な音を立て、机を散乱させながら木戸は床に身体を投げ出した。
その行動だけ見ると、修平もまたアンチ美色の行動に出たのかと考えられなくもなかった。普段の言動からして親美色派とは言いづらい修平である。
だがしかし、修平を良く知る者、あるいはその現場に一度でも居合わせた者は、何が起きたのか、あるいは起きているのか、一瞬にして悟った。
(キレてる)
――それは戦慄に値した。
修平は先ほどまで木戸が座っていたパイプ椅子を片手で振り上げると、
「こんの、クズ共が~~~~!!」
力任せに、土師がいる方向に向かって投げつけた。
幸いなことに、廊下側の窓ガラスが割れるような事態には陥らなかった。
誰かの運が良かったのか、飛んでいったパイプ椅子は廊下側の窓ガラスの間――教室を支える柱に激突したからだ。
跳ね返ったパイプ椅子は、これまた周囲の生徒達に甚大な被害を及ぼすところであったが、幸いなことに跳ね返った先が体育会系のサークルの代表者がひしめく辺りで、咄嗟の事態にも身体が反応した。
一斉に身体を伏せて、椅子をやり過ごす。
さらに修平が椅子の後に続く。
この時には、土師自身も自分が修平の標的なのだと、いち早く悟っていた。
修平の視界に入らないように、こちらも身を伏せる。
勢いの止まらない修平は、身を躍らせた瞬間に土師の姿を見失い、そのまま椅子の後を追うようにして、柱に激突。
椅子とは違う修平は、膝のバネを効かせてその衝撃を受け止めると、そのまま〝ふわり〟とバク宙。
そして教室の中央に着地。そのままの前傾姿勢で土師のいる辺りを睨め回す。眼鏡の奥の瞳は相変わらず、標的を狙う肉食獣そのままだ。
「榊!!」
席から立ち上がりかけながら、美色の声が飛ぶ。
だが、修平は止まらない。
全身の筋肉が躍動し、再び襲いかかろうとするその直前――
「サカキィィィィィィィ!!!」
硬質な声が空間に突き刺さる。その声はあっという間に教室中を席巻し、ついには修平の瞳の奥に理性の灯火を復活させた。
その声の主は? と、探してみれば果たしてレッドであった。
美色と、レッド達三人の関係を知る者は、これは美色がおさまるまい、と恐れと少しばかりの期待をこめて議長席を見遣る。
何しろ修平は美色の静止はまったく聞かずに、レッドの声にだけ反応したのだ。
が、美色はそこにいなかった。いつの間にか教室から出ている。
この教室の責任者としての責務を果たしていたのだ。
「……ええ、ですから掃除の途中の不幸な事故なんです」
扉の向こうで、のうのうと嘘をついていいる。
「何で、会議中に掃除なんかしてるんだ?」
その声は古文教師の山本の声だった。窓ガラスが割れた音が響いた結果が引き起こす、当然の現象であった。
「それは私も止めたのですが、その相手が……」
その瞬間に今度は教室内で、声が上がる。
「いけない! まったくいけないよ! ああ、この日差しが永遠のものならば、ガラスの靴はシンデレラ。春の陽気に誘われて、ついふらふらと腕を伸ばせば……」
ちなみに今は、晩秋である。
が、目的は達せられたようだ。
「……ホワ……藤原か」
「ええ、ちょっと止めようが無く……」
「じゃあ、その後の派手な音もそうか」
「実はそうなんです。後から重々言い聞かせますから、重要な会議中ですのでこの場は……」
ペラペラと平気で嘘を重ねる美色。ホワイトの特異性を最大限に利用している。
それにしても驚くべきは、美色とホワイトの咄嗟のコンビネーションであろう。
「わ、わかった。とにかく割れたガラスは……」
「ええ、こちらで掃除しますよ。充分に気をつけてね。何かしらの書類が必要ですか?」
「そうだな……いや、他の先生方には俺から話しておく」
「助かります」
バタバタと遠ざかる足音。
水をうったように静まりかえっている教室内。
美色が扉を開ける音がやけに大きく響く。
美色は集中する視線をものともせず、自分の席に腰掛けるとおもむろに口を開いた。
「榊。君の掃除熱心には感謝するが――」
その言葉に、一同は戦慄した。
自分の敵対者を除くという目的においては、修平の狂戦士状態を容認すると宣言しているも同じなのであるから。
「これ以上はいらない。良いな?」
修平は心底不機嫌そうに美色のその言葉を聞いていたが、レッドが未だに自分を睨んでいるのを感じて、プイッとそっぽを向いて自分が元いた場所へと戻る。すでに元に戻っていた長机を乗り越えて、思わず腰が引けてしまっていた木戸に軽く頭を下げ、最後にまだへたり込んでいたファミレスに手を貸して立ち上がらせた。
その横に移動してきたホワイトへは澪が笑顔を共に手を振っている。
ホワイトもまたにこやかに手を振り返す。
その現象もまた、修平の狂戦士状態以上の混乱を引き起こすには充分なものではあるのだが、それがしっかりと認識される前に美色が口を開く。
「――俺の本気がわかったか。大人しくこれから言うことを聞け」
その声は深く、そして静かに一同に染み渡った。
「文化祭の〝失敗〟なら後でいくらでも頭を下げよう。だが、それどころではないんだ。本気でウチは存亡の危機が訪れているんだ」
そこで美色は、理事会の思惑も含めた総央高校を包囲しつつある〝冗談事ではすまない〟危機を説明した。
今度は混乱が起きなかった。
起こせるほどの余地もなく、大ピンチであることが皆理解できたからである。
「正直に言う。打開策も見いだせない状況だ。ただ――」
「ただ?」
教室のどこかから声が上がる。
「ウチのOBは強力だ。だからどんな無茶に思えるようなものでも、そこに僅かでも実現性があればなんとかできると思う。敵を倒す方法さえ見つけられれば」
「敵……ってのは?」
瞬間、緊張が走る。
それははっきりと修平の声だったからだ。
「あの遺跡だ」
きっぱりと美色は宣言する。それ聞いて、修平そしてレッドの身体がピクリと震える。
「とは言っても破壊活動をしようというわけではない。何とかあれを無力化、ようするにやり過ごす方法を考えてくれということだ」
「具体的には?」
「単純に考えられるのは、責任者の弱みを握って無理にでも遺跡の中を通れるようにするとか」
「――それがテメェの単純か」
吐き捨てるように修平がそう呟くと、再び教室内に緊迫した空気が張りつめた。
「前にも言ったはずだ。手段は選ばないと」
だが、いっそ堂々と美色は言い張った。
「が、今言ったような単純な手段が通じるかどうか、それすらもわからないほど我々は敵の情報について無頓着すぎた。そこで――」
美色は木戸を見遣る。
「木戸に協力を要請した。彼が知っている限りのデータをこの場で提供してもらえるように手配は済んでいる。そうだな?」
その確認の言葉に、木戸は何度も頷いた。
「彼には含むところがある者がほとんどだと思う。言ってしまえば俺もそうだ。が、すでに恨み言や繰り言を並べて、無駄にしている時間もない。今、我々が彼に対してすべきことは報復ではなく利用することだ」
身も蓋もなく美色は言い切った。
「利用すると決めたからには、生徒会は全力で郷土史研究会を守る。以降彼への敵対行為は生徒会を敵に回すことになると、覚悟してもらおう」
誰からも一言もなかった。
無言で、美色の言葉に聞き入っている。
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