第27話 第三章-7
かくして翌日――
生徒総会のために第一会議室――その正体は木工室――に集まった面々は、ほぼ全員があることに気付き、驚き、そしてそこからの反応は様々であった。
約半数はその事実を好意的に受け入れていた。そのうちの一名は、特に過剰に好意的であった。行き過ぎて独占欲がよく見える形になってあらわれている。
そして残りの半数は態度を決めかねて、困惑、あるいは敵愾心を向きだしにしたいが、それをなんとか自制していると言ったところだろうか。
その視線の先には、まず木戸がいる。
彼の痩せっぷりもまた驚嘆には値するが、痩せても枯れても木戸は木戸である。
その木戸のさらに奥。校庭に面した窓に背を預けるようにして立っている一つの影。逆光の中に浮かび上がるその姿こそが全ての原因であり、実のところ正体は修平である。
二ヶ月ほど前の総会では悪夢の住人であったはずの修平は、大きく変貌していた。
その最大の特徴である、幾重にも眼の下に取り憑いていた〝クマ〟が完全に消え失せている。身体の方も元々痩せぎすだったが、今は何か引き締まったような印象を周囲に与えており、ひいては表情の精悍さも増していた。
つまりは〝眼鏡を取ってみたら美少女〟の応用パターン。
〝人間に戻してみたらハンサム〟とでも言ったところだろうか。
当の修平は、そんな視線や囁き声も全部目の前にいる木戸に向けられてモノだと納得して、それよりは傍らから離れようとしない一人の女生徒に注意を向けていた。
「…………なんだ、すりゃ……?」
目一杯気怠そうに、修平はその女生徒――ファミレスに尋ねる。
「何って、何が?」
何か厳しい表情のまま、ファミレスは逆に修平に問い返す。
今日の出で立ちは、どこかの和食系のファミレスなのだろう。きっぱりと和服姿である。若草色の単衣に藍色のエプロン。
そこまでは、良いとしよう。
が、今日のファミレスはそれに重ねて何かの帽子――恐らく軍帽――を目深に被り、恐るべきことに腕章までつけている。さらには白い手袋。きっぱりとよけいなモノが多すぎる。
そして、全体の雰囲気としては戒厳令下の将校というところで間違いがない。
「いや、何って……その帽子とか腕章とか……」
「仕方ないのよ。親衛隊とはこういう格好をしているものなんだから」
「親衛隊? 何の」
さらに修平が尋ねると、ファミレスは突然相好を崩して、エヘヘーと声に出して笑う。
「ナイショ」
「なんだ、すりゃ」
「いまさら騒いだって遅いっていうのよね。きっちりと権利は主張しないと」
ああ、それは実にもっともらしいな。
と、修平が無責任に応じたところで、美色がいつもの手順で会議室に姿を現した。
いつものごとくその後ろには澪が続く。
二人とも席に着いたところで、美色がいつもの通り唐突に話を始めた。
「ここにきて、我々の敵の正体がはっきりした。俺も今まで見誤っていたが敵はあの遺跡だ。とりあえずその詳しい説明を木戸から……」
「何を言っているのかわからんが……」
これもまた唐突に、いつか聞いたような台詞が放たれる。
だが、言った生徒は修平ではなかった。
りー研、つまり推理研究会の会長で、土師貴文という二年の男子生徒。
「推理とはすなわち、探偵による扇動の結果だ」
を持論に、扇動こそが活動の要であると、端からもよくわかるような傾きっぷりで、何故かサバイバルゲームに熱を入れている。
本人の弁――というか釈明では、
「扇動の結果がわかりやすい」
とのことであるが、これもまた絵に描いたような詭弁であろう。
部員数はこの土師の他に一年生が三人で、このぐらいいれば総央高校では弱小という文字はサークルの頭から外れる。もっともこの一年生達も、まさかサバイバルゲームをやらされるとは思ってもいなかっただろうが。
「会長、その前に言うべきことがあるだろう」
その瞳はキラキラと、少年が自分で価値を見いだした
「言うべきこと……とは?」
美色には、土師が喜んでいる――それは間違いなく、そういう感情だ――理由が簡単に推測でき、推測できるが故に表情は曇らざるを得ない。
そして、言うべきこともごまかして行くしか無い。
「文化祭の失敗、まずはこれについて言うことがあるだろう、と言っている」
見事な扇動である。
誰もが言い出せなかった〝失敗〟と言う単語を、土師は言い切っていた。
一瞬、静寂が教室を包み――皆、息を呑んだのだ――続いて、ざわめきと言うには大きすぎるが、喧噪と言うほどには騒がしくない、中途半端な音量が教室に溢れる。
その中で、美色はなおも沈黙を続けた。続けざるを得なかった。
彼にしても、このあからさまな〝失敗〟と言う言葉に、とっさには対処できないでいたのだ。
傍らの澪もまた、何も言わない。
まるで美色を試しているかのように。
「会長、君は僕たちを扇動した――」
白々しくも土師は続ける。
「多くの、そう僕のサークルも含めて、さらにはクラブの連中も含めて協力したはずだ。それこそが総央高校の未来に通じると信じて」
そこで土師はグルリと周囲を見渡した。
まるで三文テレビドラマの探偵役の役者のように。
「結果として、どうだい? 僕たちに未来は示されたのだろうか? 違うだろ、なぁみんな!」
教室に充満していた音の群に、一つのベクトルが与えられた。
土師以外からも、小さな声ではあるが美色を非難する声が聞こえ始める。
「この責任をどうするんだ、会長」
調子に乗って土師はさらに言葉を続ける。
そうだ! どうするんだ!
ついに、土師以外の誰かから声が上がった。
修平がいつもやるような、何も考えにままに発せられた言葉であり、そしてもっと
無責任は連鎖する。付和雷同という言葉の有用性を実証するかのように方向性を与えられた言葉の群。その群は次第に大きくなり、ついには教室のほとんどを占拠してしまいそうな様相を示していた。
「待ってくれ。俺の話を聞いてくれ!」
さすがに美色も声を上げる。
だが、その声にすかさず誰かが応じる。
「その前に言うことがあるだろう!」
果たして、その声は既に土師のモノではなかった。
すでに音量のレベルは跳ね上がり、立派な喧噪と化した生徒達の声は、さらなる混沌を生み出したようだ。このままではこの総会を開いた美色の意図など関係無しに、無為に時間が流れ、無為という意味すら空しくなるようなおざなりな言葉と共に全てが流れることとなるだろう。
それが推測ではなく、確実な結果として断定型で語られる直前――
ガッシャーーン!
その音が響いた瞬間に、教室の中の生徒全員がギョッとなって黙り込んだ。
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