第26話 第三章-6

「か、会長、いくら何でも……」

「そうだよ。あの三人の事が気になるからといって、そこまでしなくても」

「違う!」


 棚架の言葉を激しく否定する美色。


「俺達は敵のことを知らなさすぎた。そうだ。『敵』はまず調べなくてはならない。当たり前のことだな」


 ……それをあの三人に気付かされるというのは忸怩たるものがあるが。

 美色は心の中で付け足した。


「敵? 何を言ってるんだ?」

「まったくだ。今の今まで俺は敵を間違っていた。親父だとばかり思っていたが……」

「い、いや、あのな」

「俺はもう決めたぞ」


 美色の瞳に、意志の光が宿る。


「絶対に諦めてやるものか。梶原、二人には説明しておくから木戸を呼んでこい」

「は、はい」


 梶原は慌てて、部屋を飛び出していった。

 その背中を呆然と眺め、そのままの姿勢で二人は同時に呟いた。


「「説明……?」」

「その通りだ。実は先ほどまではこれを言うかどうか迷っていたんだが、隠しても仕方がない。二人には話すよ。その後、系列クラブに報告するかどうかは、そちらの判断に任せるが。俺としては言ってしまった方がいいと思う。うまくすると最高のカンフル剤になる」

「うまくすると?」


 思わず聞き返す橋本に、美色はまたも難しい顔をする。


「うまくするとだ。話すかどうか迷っていた事実とはこうだ――」


 美色はつかんだ情報を二人に話し始める。





 もともと、長くなるような話でもない。

 梶原がどうにかこうにか木戸をなだめすかして、生徒会室へと連れてきたとき、美色の話は既に終わっていた。


 蒼白になった二人の顔を見て、梶原は美色がバス通学への道が絶望的であることを、話したのだと悟った。


「――要するに、このままだと学校が無くなる。というわけか」


 重々しく、橋本が呟いた。


「しかし、そう簡単に行くかな? この学校のOBにはなかなか侮れない人物が揃っているし、いっそのこと助けを求めてみれば……」


 その棚架の言葉に希望を見いだしたのだろう。

 橋本が顔を上げて、熱心にその言葉に頷く。もともと先輩後輩の上限関係の結びつきでいえば、体育会系の方に分がある。


「それにしてもだ、何のあたりもつけずにただ『助けてくれ』では、いかにウチのOBが強力でも苦しいだろう。何しろ敵は立派な文化事業だ」

「敵って……」


 今度は美色の言葉に、棚架が苦笑を浮かべる。


「俺達の立場では、敵として認識するのが一番正しい。そこで敵をよく知るために、学校での遺跡の第一人者に来て貰ったわけだ」


 と言って、美色は梶原の傍に控えているだろう木戸に目を向けた。

 そしてそのまま動きが止まる。


 怪訝に思った二人が、振り返ると果たしてこの二人も固まってしまった。


(そうだろうなぁ……)


 頭の中でため息をつきながら、梶原は一人頷いた。

 自分で連れてきていても、梶原にはこの男が木戸であるという確信が持てなかったのだ。


 何しろ――


「木戸……か? これはまた……やつれたな……」


 うめき声と共に、ほとんど絞り出すようにして美色が声を出した。


 その通り。


 二学期が始まった直後には、小太りした身体を誇っていたはずの木戸が、見るも無惨に痩せていた。それも決して健康的な痩せ方ではなく、落ちくぼんだ目の辺りが示しているように、食欲不振に睡眠不足。考えるまでもなく過度のストレスが原因だろう。


 そしてストレスの原因は考えるまでもない。


 元々生徒会にさえ不満をあらわにしている、総央高校の生徒達だ。

 その怒りの矛先が、最も弱い部分に向けられたというのは想像に難くない。

 が、それを許していては生徒会、ひいては美色の沽券に関わる。


「木戸、事情は……」

「ぼ、僕は悪くないぞ!」


 突然に木戸は絶叫した。


「僕は何も間違ったことはしちゃいない! いまさら生徒会に呼び出されても、謝ることなんか何もないぞ!!」

「会長、連れてくるときもずっとこんな調子で……」


 梶原が困ったように肩をすくめた。


 美色はうつむいて首を振る。木戸のこの惨状には同情を禁じ得ない。が、同時に美色は自己嫌悪を感じてもいた。自分が立ち止まっていた為に、いらない犠牲者を出してしまったことに。


「澪」


 美色は振り返りもせずに、副会長に呼びかけた。


「緊急生徒総会を開く、手続きを」

「承知しました」


 澪が凛とした声で応じる。


「木戸、今回の件はすまなかった。生徒総会でつまらんことをしでかす奴には重々に釘を差す。その代わり力を貸してくれ」

「力……?」


 美色の力強い言葉に、木戸も落ち着きを取り戻す。


「そうだ。あの遺跡についての詳細な情報が欲しい。それを生徒総会で発表してくれ」

「え、あ、いや、それは構わないけど、なんでまた……」

「いいか、君が遺跡を発見したことは別に構わない。いや、むしろ賞賛されるべき行為だろう。しかし現実問題として、それが皆に迷惑を掛けていることもわかるだろう?」


 木戸は悔しそうに、しかしそれでもうなずいた。


「だから木戸、君がまず行うべきは遺跡について知っているだけのことを、我々に提供することなんだ。そうしないと現状を打破する手がかりさえも掴めない」

「現状を……打破?」

「そうだ。今となってはあの遺跡は完全に我々の敵だ!」


 高らかに宣言する美色。これには木戸も慌てた。


「ま、待ってくれ! いくらなんでも乱暴すぎる!」

「いいか、木戸」


 美色はグッと、木戸に顔を近づけた。


「俺は何も、全てを破壊して真ん中を通ってこうというわけじゃない」


 どう聞いても、先ほどの宣言はそう言っているようにしか聞こえないのではあるが。


「遺跡を知り尽くした上で、どこかに抜け道がないかを探すんだ。目途が立てば、後はウチのOBでも泣き落とせば何とかなる」

「抜け道?」


 ストレスですさんだ木戸の心の中で、その単語が引っ掛かった。

 しかしそれが顕在化する前に、ふたたび美色が力強く話しかけてくる。


「どうだ、これなら協力してくれるだろう」

「あ、あ……ああ」


 ほとんど無意識のままに、木戸はうなずいてしまっていた。


「会長、手配終わりました。明日でよろしいですね」


 タイミング良く、澪が報告してくる。


「ということ何で、木戸。明日は頼むぞ」

「え、え、何が……?」

「梶原!」


 美色が後輩の名を呼んだ。


「木戸に明日の段取りを教えてやってくれ。何をすればいいかわかるな」

「あ、は、はい。なんとなく」

「よろしい。では、あとはまかせた。橋本、棚架、もう少し時間はいいか?」


 圧倒されてうなずく二人を引き連れて、美色は生徒会室の奥に入ってしまった。

 そして扉が閉められる。


「ええと、じゃあ資料とかあった方がいいと思うんで、先輩の――郷土史研究会の部室に戻りましょうか?」

「な、なんで、こんな話に……」


 茫然自失の木戸に、梶原はどこか諦めたような口調でこう告げた。


「要するに、今の会長には逆らえないってことです」


 木戸はそれを聞いて、泣き出しそうな顔をした後、ふらふらとした足取りで来た道筋を引き返す。その道筋は梶原が木戸を引っ張ってきた道でもある。


(結局どうなったんだ……?)


 いまいち理解できない。いや、結果として木戸が明日に行われるらしい生徒総会で遺跡の説明をするというのはわかるのだが、その過程が梶原にはさっぱりであった。


「き、君、梶原君とか言ったよね。説明を……」

「僕も道々考えます。何故こういうことになったのか」


 その言葉に木戸は絶望したかのように、視線を足下に落とした。

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