第23話 第三章-3

 トンテントンテン……


 金槌の音が響く。

 今日は穴の中にもぐるのは一時中止だった。

 掘っている途中で岩盤にぶつかって然るべき手段を講じたのだが、この手段が効果を上げるのは翌日のこととなるからだ。


「おまえも本当に妙なことを知ってるな」


 さほど感心した風でもなく、修平がホワイトに告げる。

 手には金槌。二メートルの角材を相手にするのにも大分慣れてきた。


 岩盤に施した妙な仕掛けというのは、ホワイトが持ち込んだアイデアである。

 もともと大きな岩を細かくするために、採掘業者が用いた手段だ。


 まず崩したい岩盤に亀裂を入れて、そこに三角に切った木片を差し込む。

 木片の入手にはまったく事欠かなかったのも、この方法を採用した大きな理由だ。


 そして差し込んだ木片に水を掛けて、一晩待つ。

 そうすると木片が水を含んで膨張して、自然と亀裂は拡大し対象の岩なり岩盤は細かく砕け散るという寸法である。

 以前にも修平達は、この方法で岩盤を突破しており、その効果は確認済みだ。


「まぁ、なんというか亀の甲より……」

「確かにおまえは留年ダブっているが」

「あのねぇグリーン。いい加減長いつきあいなんだから僕の言葉を先読みして、返事するのはやめてくれないか。まったく友達甲斐のない」

「普通逆だろう、それは」


 ノコギリを振り回して力説するホワイトに、修平は淡々と応じる。

 いい加減相手をしている体力がない。


「何騒いでるのよ!」


 ――またうるせぇのが来た。


 修平は口の中で呟く。

 レッドの今日の仕事は、トンネル床の整地作業。

 すでにその手腕はベテランの域だ。膝に継ぎ当ての当たった人民服はその象徴である。


「私たちは秘密工作をしてるのよ! もう少し自覚を持ったらどうなの!?」


 本当にうるさい。


 考えてみると部室長屋にいるのとあんまり変わらない日常ではある。

 ホワイトが御託を並べ、レッドが喚き散らす。

 何故かそこにいる自分。

 考えていく内に、どんどん滅入ってくる。


「大体、その木枠って意味があるの? まぁ、掘っているときに『ここは安全だ』って思いこむための気休めにはなるだろうけど」

「あのねぇレッド。僕を何だと思ってるんだい?」

「理屈の多い馬鹿」


 即答のレッドに、ホワイトはノコギリを放り出して頭を抱えて天を仰ぐ。


「ああ、なんて事だレッド!」


 ザンッとレッドを指さす。


「何だってそんなに簡潔に物事を言い表すんだ! もっと婉曲に持って回って、枚数を稼ぐ大学生のレポートの様に、過剰表現二重表現繰り返し何がテーマがわからなくなるほどに、もっと言葉を!」

「……言葉を浪費する馬鹿」

「そうだ! いい感じだよレッド」

「……ぃやかましい」


 ついに修平がキレた。


 ガンッガンッ!


 L字型に繋がった木材を横に振り回して、ホワイトの頭に二連撃を加える。


「物理的にもうるさいが、精神的にもうるさい」


 あまりのことに頭を抱えてうずくまるホワイトに追い打ちを掛ける。


「もっとも、さっきのレッドの疑問には俺も興味がある。全くの無意味だとは思わないけど、この木枠はそれほどの効果はあるのか?」


 さらには何事もなかったように、淡々とホワイトに尋ねる。


「そうね入り口をセメントで固めたのはさすがに効果が感じられるけど、中はその角材だけでしょう? 後からベニヤ板を足したけど、所詮ベニヤ板なわけだし」


 レッドもそれに便乗した。元々は彼女の発した疑問である。


 フッフッフッフ……


 笑い声が響く。


「壊れた?」

「元からだろう」


 ホワイトがバッと身を起こす。


「まったく君たちはないもわかっていないね」


 そう言ってのけたホワイトの顔は、恐ろしくにこやかな笑顔である。

 頭を殴打されたことは、あまり気にならないらしい。

 その前にレッドには散々馬鹿呼ばわりされたわけだが、そちらも気になっていないようだ。


「入り口を固めたのは、そこが一番脆いからだよ。すなわちそこがダムの亀裂。アリが象を倒すきっかけ。猿が枝を掴み損ね、河童の足がつり、弘法の筆には残念、墨が少ししか付いてなかったというわけだ」


 相変わらずの言葉の浪費。ついでにいうとテーマも喪失している。

 修平とレッドは顔を見合わせて、もっとも無難な手段を選択した。


「「……で?」」

「ここは何と言っても山の地肌が直接のぞいているところだからね。かなり脆いと見るべきだろう。そしていったん崩れ出すと止まらないのが落盤という奴さ。君たちも保育園か幼稚園の砂場で経験したことはないかな?」


 修平は昔のことは忘れる主義であったし、レッドに到ってはそもそも砂場で遊んだ経験が希薄であった。

 もっとも二人の経験則など置き去りにして、ホワイトは話を先に進めるわけだが。


「つまりね、前にも話したけど山を山たらしめているのは実は木々の力が大きいんだ。地滑りを起こした山肌なんかは、中途半端に開発した地区が多いだろう。山を覆う木々の絶対数が足りないから、そんなことになるんだ。だから、一番山肌の露出している入り口をセメントで固めるというのは、至極当然な事なのさ」


 終わってしまえばすっきりとした理屈である。


「で、肝心のトンネル部分だけど僕はここに関しては最初からあまり問題視していなかった。だって南側の斜面で木々が充分に育成していることは、解り切っていたことだからね。事実、グリーンと僕は木の根にはかなり悩まされたものだ」


 それも事実ではある。


「充分に木の根が発達した山は崩れないものさ。何しろ重力に引かれて土砂が真下に落ちようとしても、張り巡らされた木の根が力のベクトルをあちらこちらに分散させてしまう。真っ直ぐに落ちようとしてくる力なんかいくらもあるものじゃないよ」


 修平はボソボソと横のレッドに話しかけた。


 ――今日はえらい長い間、まともに話してやがる。

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