第24話 第三章-4

「もちろん今僕達が準備している、柱&梁にだって意味はあるんだ。ええと君たちは出雲大社を知ってるかな? 島根県にある奴だよ。そういえば十月は旧暦で神無月と言って、この月には日本中の八百万の神々が出雲大社に集まって会議をするので〝神無〟って言うんだけど、島根県の方では〝神在〟月とか言うんだろうか? そのことについて僕は調べてみたんだけど、どうも……」


 言った端から話がそれていったように思える。


「ホワイト、多分話がそれてるぞ」

「そうかい?」


 修平の言葉に、そう返事をしながらホワイトはしばし黙り込む。

 そうして、しばらく自分の言葉を反芻する。


「つまり出雲大社なんだが……」

「そこまで戻るのか」

「最近の研究で、あそこには歴史上最大の高さを誇る木造建築があったことが解ってきたんだね。というか昔の大社がずばりそのものなんだけど」


 修平のつっこみを綺麗に無視して、ホワイトは話を先に進めた。


「そこで、当時の技術でそんな巨大な建築物、それも木造だよ、を造れたかどうか検証しようと言う試みがあってね、面子は……」


 ホワイトはベラベラと人物名を並べ立てるが、修平にもレッドにも無論聞き覚えはない。

 どこかの大学の教授、建築会社の技術部の人、鍛冶屋等々。


 それでもいつものわけのわからない詩の朗読よりは、よっぽど興味をそそられる。

 レッドなどは、かなり本気でホワイトの話に聞き入っていた。


「そのためには解決すべき問題点は色々あったんだけどね、ここ今僕たちに必要なエピソードは立てた柱の信用性に関わる問題なんだ」

「それが今私たちが立てている、トンネルの中の柱と関係しているわけね」

「いや何と言うかその辺りは複雑怪奇。関係は有るんだけど、実はそれだけでなく。〝立てる〟という行為のみならず、ついには普遍的な力学上の問題まで網羅してしまうわけで、つまり――」


 ホワイトの動きが止まる。

 例えるなら言葉が暴走したというところだろうか。

 制御しきれなくなった言葉の洪水が、ついにはホワイト自身を浸食したわけだ。


(スピードを取りすぎたビックバイパー……)


 修平は実に彼らしい感想を抱きながら、その場を修正にかかる。


「ホワイト、出雲大社の柱のエピソードに巻戻れ。レッドも黙って聞こうぜ。多分こんな事は二度と起こらない」


 それを聞いてホワイトは宙を見上げて、ブツブツと何かを呟き、レッドは修平の提案に神妙に頷いた。


「出雲大社の柱というのは――」


 いきなり始まっている。


「三本の柱を束ねた高さ四十七メートルを誇る、とんでもない高さだったわけだがその基礎部分は実に浅い。何と深さは十メートルに満たない、たった五メートルに過ぎなかったわけだ。もっともこれぐらいの深さが当時に技術力では限界なんだけどね」


 完全に方向が定まったらしい。

 実にベラベラとよく喋る。


「その浅い穴に砂利を敷き詰めて柱を立てて土を被せる。当初の再現計画ではこれで柱はうまく立つはずだったんだけど、実際に立ててみると強度が全然足りなかったんだね。クレーンで揺すると計算上の数値にまったく届かないところで、柱は倒れようとする」


 身体全体でぐらつきを表現するホワイト。


「失敗……?」


 修平が首をひねる。

 どうにも、話が読めない。


「ところがだ!」


 ホワイトがいきなり大爆発する。


「柱の直立再現担当官はめげなかった。一つのアイデアを出したんだね。それは実に単純なものだった。柱の周りに盛り土をするんだ。わかるだろう? 要するに棒倒しの遊びの要領だよ。柱の周りに円錐状に土を盛り上げる。正直僕はそんなことでは何も変わらないだろうと思っていたんだ。柱の半分も隠れるぐらい土を盛り上げるならともかく、その盛り土の高さは一メートルほどだったんだからね。強度など変わるはずもないと考えてしまうのが常識人の性だ」


 修平は、いい加減やめさせて結論だけを喋らせようか考え始めていた。

 あまりにも酷い。


「ところがだね、そのわずかの盛り土で強度は飛躍的に上昇したんだ。計算の数値を超えてしまう程にね」

「なるほど、それで今俺達が立てている柱にも盛り土をさせているんだな」


 いい塩梅にホワイトが結論じみたことを言いだしたので、修平は区切りをつけるために話に割り込んだ。実際、修平はホワイトの指示で柱を立てる際には穴を掘って下に大きめの石を置き、さらにはその柱の周りに土を盛り上げるという作業を繰り返しているのである。

 ホワイトの今の話は、その作業の裏付けなのだろう。


「いや、それは全然違うよ」

「違う!? それも全然!?」


 ホワイトの言葉に修平の声が裏返る。

 他に解釈の仕様があるものか。


「考えてもみたまえ――」


 修平が二の句を継ぐ前に、ホワイトがさらに言葉を重ねる。


「そもそも僕はレッドの持つ、木材の脆弱さへの不信感を払拭するために話を始めたんだ。つまりこのエピソードを持ち出したわけは、いかにわずかな試みであっても思いも寄らない力を生み出すことがあるという、それを納得させるためなんだよ」


 ホワイトは満足げに頷いた。


「うん、これだけの話をここまで長く話せたというのは、あれだね伝説だね」


 ああそう、簡単な話だっていう自覚はあったわけね。

 ほとんど投げやりに、そう言ってレッドがホワイトの言葉に答える。

 修平だけが一人、頭を抱え事態の整理にあたっていた。


「……ああと、おまえの話にしては珍しく理屈が通ってるんだが……いや通ってねぇ」


 やっとの事で修平は、ホワイトの言葉を捕らえることが出来た。


「おまえの話はそれで良いとして、柱の話は柱の話で成り立ってるじゃねぇか!」

「何を言ってるんだい?」


 当の本人が、一番解ってない。

 修平は頭をかきむしり、地を踏みならし、もう一度角材でホワイトの頭に二連撃を食らわせる。

 一連の行動を終えて肩で息をする修平を、レッドが同情の眼差しで見つめる。


「……二度と、こういうことがないようにしましょう」

「確かにな」


 修平はそう言うと、話の途中でホワイトが放り出したノコギリを掴む。

 そのまま木っ端を適当な大きさに切りそろえると、自分の耳にはめ込んだ。


「………………!」

 

 レッドが何か喚いているようだが、もう聞こえない。

 何しろ修平は疲れているのだ。

 ホワイトの話を始めから終わりまで聞いてしまうほどに。


 疲労の原因は判っている。


(間に合う……のか?)


 頭の中の単純な計算では、既に日程はギリギリである事に修平は気付いていた。

 無論ホワイトは気付いているだろう。

 レッドは……わからない。


(いつものノリで空元気を出したくなる気持ちも、わからんではないが)


 修平はノコギリを置いて、再び金槌を手に持った。

 その重さに導かれるようにして、自然にため息が漏れる。


 現在の進度三十二メートル。

 残り日数はあと九十二日――ほぼ三ヶ月。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る