第三章 美しい星
第21話 第三章-1
〝案ずるより生むが易し〟
――という言葉は、なかなか的を得た言葉なんだな。
と修平はここ最近、実感していた。
ガツン! ガツン!
そして、ホワイトの言うように「つるはし」という道具の実用性も。
対象物を効果的に破壊するという点で、これ以上の道具はないだろうと先人の知恵に感謝したりもする。
もっとも破壊する一方で、秩序だった創造にはまったく向かない。
その大半の作業が、穴を掘るという破壊活動でありながらも、トンネルを掘るという風に言い換えると、それはやはり創造ということになる。
そして、つるはしという道具はやはり創造には向いていない。
平たく言うと、細かい作業にはまったく向いていないということになる。
修平がつるはしの扱いについては、全くの素人であるということでもあるかもしれないが。
その細かいところを、ホワイトがシャベルを持って受け持っている。
修平が大まかに突き崩し、ホワイトがそれを掻き出す。
そういった作業分担が確立してから、既に二週間あまりが経過していた。
二人の眼前の、突破すべき壁にはレーザ-ポインターの光が二つ。
方向性にはやはり全幅の信頼を置けないものの、真っ直ぐ掘る分には意外に役立っていた。さすがに水平に掘る分には、微調整が難しいが掘る先々に水準器を持ち込んで、一応の努力を示している。
と、ここまでなら〝まさに案ずるより生むが易し〟なのであるが、掘ってみるとやはり色々と問題も持ち上がってくる。
一番の問題はやはり木の根である。
南側の斜面は、ホワイトの言ったとおりよく木々が育っているのだが、それは上方向だけでなく下方向にも育っていたのであった。
掘り崩すと、土だけは運び出すことが出来るのであるが、さすがにこの木の根は無理である。トンネルの強度を考えると、その張り巡らされた木の根の有様は頼もしくもあるのだが、天井からつららみたいに何本もぶら下がっている光景は、精神衛生上あまりよろしくなかった。
ついでに言うと、つるはしを振るうたびに木の根からパラパラと土塊がこぼれ落ちる音は、掘り進めば掘り進むほど、結構な恐怖刺激と化した。
そんなこんなで一週間ほど経ったとき、ホワイトがワンダーフォーゲル部から山刀を借り出してきて、丸一日掛けてはみ出している木の根を刈り取ってしまった。
さらには修平が、元々設置してあった梁にベニヤ板を張り付けて、急ごしらえの天井をでっち上げた。
以降、この作業はある程度掘り進むと、自然と行われることとなる。
この作業には当然手間を食い、効率を考えるとあまりよろしくないのだが、三人で何とか言い訳をこしらえて――精神的安定のためとか、将来的に見栄えを考えてとか――作業の遅れを容認している。
そう三人。
三人目のレッドは、突き崩した土の運び出し作業を担当している。
その作業のためには、工事現場でよく使われる手押し車が最適だったのだが、それは使えなかった。
そのもの自体が用意できなかったこともあるが、手押し車自体も使うには穴の中はいささか狭すぎたのである。
そこでレッドは、どこからかキャスター付きの椅子を持ち込んで、その椅子を椅子たらしめている部分を全部取り外して、キャスターだけの存在に加工した。
その上にベニヤ板よりも上等な板を水平に固定し、さらには引き綱をつける。
その上に、どこに出もあるような青色のポリバケツを乗せて、穴の外に引きずり出すという寸法だ。
これなら小回りも利くし、何より非力なレッドでも時間を掛ければ作業も一人で出来る。
もっとも、この作業でも問題は出てきていた。
天井とは逆の、床の問題である。
言うまでもなく、運び出すためには床が平らであればあるほど効率はいい。
が、掘り進みながら床のことまで考えてられない。
これが修平とホワイトの本音である。
もとよりレッドの方も泣き言を並べる性格ではないので、自分の仕事の効率化のために、出っ張りは削り、へこみは埋め、出来るだけ平坦になるように床を均してきた。
これは思った以上の重労働で、自然レッドの作業は遅れ気味になる。
あまりに遅れると、やはり修平とホワイトも手伝ってしまう。
その度にレッドは、二人向けて睨むような眼差しで無言の抵抗を試みるのだが、結局のところそのまま沈黙してしまう。
――そのあたりもやはり数えるべき問題点なのであろうか。
つまりはそんな風に、色々な問題とつきあいながら三人はお祭りを続けていた。
現在の進度二十七メートル。
総央高校見学日まで、一〇四日。
〝案ずるより生むが易し〟
――などという
そんな楽観的な言葉を残した馬鹿を修正してやることが、タイムマシンが出来た時に行うべき一番最初の仕事だ、と強く確信する。
生徒会室に向かう、その廊下の途中で美色はそんなことを考えていた。
逃避である。
果たして学祭は、失敗だったのだ。
なんなら、頭に〝大〟という不本意きわまる形容詞をつけても構わないほどに。
修平達三人組が、派手な花火を聞いた学祭初日。
そこからがまず失敗だった。
外来者がほとんど訪れなかったのである。
二日目には山の向こう側に、偵察隊を派遣した。
これだけ宣伝しておきながら、ほとんど人が訪れないという、不可思議な実状を探るために。
答えは簡単であった。
確かに、一番近くの総央駅には学際に訪れる人が――訪れる予定の人が――多数降り立っていた。だが決まって山のふもと辺りまで来て引き返したという。
このまま山を越えていくのは、その先に学祭があるのなら耐えることが出来る。
しかし帰りは?
楽しい時間を過ごし、それだけに疲れてしまった身体であの山を越えるのは――
どうやら想像するだけでめげてしまうものであるらしい。
曰く、我慢大会に来たわけではない。
曰く、こんな所に毎日通う総央校生徒は尊敬に値する。
曰く、普通、バスぐらい用意するだろう。
…………等々。
(大きなお世話だ!)
その報告を聞いたとき、美色は心の内で大きく叫んでいた。
結局のところ、ホワイトが指摘したとおり自らの首を絞める結果に終わったのではないか?
そんな疑念が、美色の脳裏によぎる。
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