第20話 第二章-8

 ――そして、その一月後。。祭りは始まった。

 

 パン! パパン!!


 乾いた音が、秋空に消えてゆく。

 総央高校の存亡を賭けた学祭が、空砲と共に幕を開けた。


 抜けるような青空の下、例年よりは仰々しく飾り付けられた門飾り。そして例年の三倍は多い垂れ幕が校舎を彩る。


 校門から、校舎を利用した展示会場へとつながる目抜き通りには、各種規制を緩和されたクラブ、サークルそして有志達による屋台が軒を並べ、既に食欲をそそる芳しい香りが充満していた。


 校舎の中でも、学術発表のような〝学生らしい〟企画は形をひそめ、会長の公約通りひたすら〝受け〟を追求した、平たく言えば色物企画の追求に余念がない。


 そして体育館では、不倶戴天の間柄として知られた演劇部と映画研究会とが手を結び、ハリウッド映画さながらのお気楽ご気楽、文学的変身ヒーローちょっとラブコメ風味などという、えも言われぬ作品を堂々四時間公演。


 まさに学校全体が捨て身であった。


 さらに、宣伝工作にも抜かりはない。


 駅前のあらゆる路地にポスターを貼りまくるのは言うに及ばず、近隣の中学校の生徒会に窮状を伝え同情を誘い、他校の掲示板までジャックして若年層の誘致を誘う。


 自宅にネット環境が整った生徒を強制徴収して、合法違法を「無知」と言う名の建前で無視してかかり、あらゆる場所で学祭をアピールする。


 さらに当日の朝には新聞広告まで手配して、絨毯爆撃に討って出る。

 なりもふりも、まったく構わなかった。

 美色が学祭の宣伝のために割いた予算は、こうして余すところなく使い切られたわけである。




 

「さて、どれぐらい入るかね」

「来ない……と、考えているから私たちは今こんなコトしてるんでしょう」


 修平の言葉に、レッドが過敏に反応した。

 二人が佇む場所は、あの林の中の空き地。

 既にいくつかの前準備は出来ていた。


 材木は積み上げられて青いビニールシートが被せられている。竣工予定箇所は既に軽く岩肌を削られて、木枠がはめ込まれており、その周囲はコンクリートで固められている。


 三人がそれぞれのアルバイトに精を出して予算を確保し、必要な物を揃えてこの場所に持ち込むまでの作業をしていたら、本格的に掘り出す準備が整うのがたまたま今日――つまり学祭の初日に重なってしまったわけである。


「来れば、来るに越したことはない……わけだな。正論としては」

「正論ではね」

「お~い、ちょっと来てくれ」


 レッドと修平による、言葉の探りあいと言うよりは言葉の刺しあいに、ホワイトが割って入った。


 今日のホワイトの出で立ちは、らくだのシャツに腹巻き。茶色のニッカポッカにふくらはぎを覆い込む大きめの地下足袋。首からはタオル。そこまでコーディネートを決めておいて、ヘルメットがないということはあり得るはずもなく、頭部を守る工事用の黄色のヘルメットには定番の〝安全第一〟の文字が輝いていた。


 貴公子然としたホワイトの容貌とのミスマッチは凄まじく、簡潔にそのファッションを評価するなら「吐き気がする」以外にはあり得ない。


 学祭中であっても「制服が自由」の校風を貫く、総央校校である。

 ホワイトの出で立ちを制服と認めるか否か、独立風紀委員会はこの忙しいときに、面倒な仕事を背負い込む羽目に陥った。


 案外、その忙しさがホワイトの姿を〝問題なし〟と判断した最大の要因かもしれない。


 レッドはいつものごとく人民服。

 汚れ仕事をする覚悟の現れだろうか、染め抜いた赤い星が幾分か色あせている。

 つまりは着古しの人民服ということだろう。


 実は、この人民服も独立風紀委員会史に残る、七十二時間にも及ぶ激論の末に制服と認可された代物である。それだけの苦労に応えるかのように、レッドは欠かさず人民服を着て登校してきていた。


 修平はといえば、元々制服はごく一般的な物を着ている。

 学祭の頃にはずいぶんと気温も下がってきたので、今ではらしくなく学ランを着込んではいたが。

 らしくなく、というのは第一ボタンはもとより詰め襟のホックまできっちりと止めている、その着こなしについてである。


 修平がそこまでしているのは、その学ランが実は父親からのお下がりで、裏地に棲息している半分の長さになった竜と、上半身しかない虎とを隠すためだ。


 それはともかく。


 修平もやっぱり、安全ヘルメットを頭に被っている。

 ホワイト共にトンネル掘りの前線に立つのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 手には思ったよりも安くついたつるはし。そして当然の事ながら今は眼鏡を外している。


「なんだぁ、そりゃあ?」


 元々遠視である。ホワイトの傍らにある奇妙な物体ははっきりと見えていた。

 見えてはいるのだが、何が何だかわからない。


「簡易測量器具だよ。つまり約束していた、真っ直ぐ掘るための重要なアイテムさ。いやぁ、苦労したんだ。後はここに打ち込むだけでOK」


 それはホワイトの身長ほどの棒である。

 足首のあたりと額の部分あたりに、垂直に交わる短い棒がついていて、さらにはその棒に金属の棒がくくりつけてあった。


「これをだね、この方向に……」


 地図とコンパスを交互に眺めながら、ホワイトは短い棒が指し示す方向を微調整しようとしている。

 修平とレッドも、ホワイトの意図が読めた。

 無言で近づくと、修平は棒を支え、レッドはホワイトから地図とコンパスを取り上げる。

 手が空いたホワイトは、いよいよ本格的に微調整にかかった。


「ホワイトさんよ」

「何だい?」

「こりゃあ、なんだ? この金属の棒は?」

「レーザーポインター。やっぱり真っ直ぐと言えば光線、光に限るね」

「じゃあ、ここから光が出るのか」


 光が出ると思われる方を、修平はのぞき込んだ。

 それ見て、ホワイトはのほほんと、とんでもないことを言い出す。


「それって、目がやられることもあるんだよね」


 ゾッ!


 一瞬にして、修平は姿勢を元に戻した。


「ああ、大丈夫。今はスイッチ入ってないから」


 修平は納得しきれない思いを無理矢理飲み込んで、ホワイトに問いただす。


「光が真っ直ぐなのはわかったけど、他の部分の精度は? この横棒はきっちりと直角なのか? 大体この棒を差し込むときに水平に差し込めるかも問題だろう?」

「それにね」


 レッドがその後を引き継ぐ。


「このいい加減な方位の決め方は何? こういうものは一度違えば……」


 それをきいて、いつもの事ながらホワイトが歌うように言い訳をはじめる。


「なんと言えばいいんだろう。あたかもユダヤ人の小男が、人類に光速という名の檻を被せたように、僕たちの周りにも檻が見える。そう、物理的制約と言うところが、あたかもあの知的弱者とシンクロしており……」

「確かに、現状にたいしてブツブツと文句を言うほど、人手があるわけでもなし」


 きっぱりとホワイトを無視して、修平がレッドに声を掛ける。


「そうね。私も考えすぎていたわ。まずは実践よね」

「失敗したら、二三本掘るつもりの覚悟で頑張ろう」


 修平とレッドは、お互いにガッツポーズを決める。


「うむうむ」


 いつのまにか正気に戻っていたホワイトは、満足げに頷くと、

 これから先、

 きっと忘れられない、

 彼にしてはとてもまっとうで、

 それでいてどこまでも詩的な言葉を口にした。


 ――〝さあ、お祭りを始めようか〟

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