第18話 第二章-6

 ちゃぶ台の上の簡易コンロ。

 その上でホーロー製の鍋に入れられたおでんの具がぐつぐつと煮えている。

 定番のちくわ、大根、ゆで卵、こんにゃく、等々……


 材料が無いと言い切っただけあって、がんもやごぼ天などの凝ったおでん種はない。

 それでも修平が細工した、油揚げを利用した爆弾はなかなかのもので、修平も含めて苛烈な争奪戦が繰り広げられていた。


 それとおでんだけでは、育ち盛りの高校生には何ともボリュームに欠けるので、修平が機転を効かせて、ご飯を炊き込みご飯にしている。

 具は鶏肉とゴボウと油揚げ。だし汁を入れてさっと炊いた。

 おでん、炊き込みご飯共々充分に美味であった。


「……ったく、面取りも知らねぇとはなぁ」


 無言の攻防も終わりに近づいた頃、修平はポツリと呟いた。

 その額には汗が光る。


 美味いには美味いのだが、やはり季節柄のことを考えなかったのが災いした。

 割と〝洒落にならない〟のレベルで体が熱いのだ。


「ふふさいはへ」


 ちょうど卵を頬張ったところのレッドは、それでも構わず修平に言い返した。

 体が小さい分、鍋に箸を伸ばすときに動きでカバーするしかなかったレッドは、修平以上に額に汗を滲ませていた。


「仕方がないよ、グリーン。多くの高校生にとって、料理は未だ未体験ゾーンに屹立する金字塔だよ」


 どういうつもりか、ちくわの穴から修平を覗きながらホワイトがレッドを援護した。

 おでんがもたらす環境問題に関しては、一番にその危険性を提起しておいて、ホワイトの被害が一番少ない。学ランまで着ているくせに、汗らしい汗をかいていない。


「で、どうする? このままこのちくわみたいに穴を開ける相談をするかい?」


 そのホワイトの申し出に、二人はすぐに頷いた。


「じゃあ、とりあえず穴の大きさを決めよう。僕は一応二メートル四方で考えてきたんだけど」

「正方形か。横が二メートルはいいとして、上が二メートルじゃ低くないか?」

「でも、二メートル以上じゃ私が届かないかも……」


 卵を食べ終えたレッドが会話に加わる。


「うん、色々な問題は後で考えるとして、今は僕の腹案を最後まで聞いてみないかい?」


 ホワイトの再度のこの申し出に、二人はまたも素直に頷いた。


「じゃ、まず……」


 そこからはホワイトの独壇場だった。


 技術的な問題点の指摘、つまり真っ直ぐ水平に掘る手段の確立。

 材木で掘った穴を補強するとして、そのために必要な材木の量、必要な金額。そして、あの林の中、ポッカリと空いた空間にそれを運ぶ手段の模索。

 掘るための道具の確保。ここにも金銭的な問題が発生してくる。

 そして期限。


「……問題点ばっかり指摘してるみたいだが」

「最初のアプローチとしては当然そうなるだろう。もちろん答えの出ている問題点もある」


 そこでホワイトは材木に関する問題点に答えていった。


 掘る予定のトンネルを、地図上で正確に計ったところ全長は八十三メートル。

 これを二メートル四方の穴を掘り、さらには二メートルおきに支柱を立てる。さらに支柱と支柱の間にはやはり二メートルの梁を通す――つまり二メートル四方の立方体を並べていくように配置する――と考えた場合、二メートル毎に必要な材木は十メートル。


 八十三を二で割って四十一・五。

 四十一・五掛ける十は四百十五メートル。


 その数値と木材の価格をインターネットで照らし合わせた結果、大体二十万ぐらい必要だという試算が出る。


「もっとも、製材所に直接頼めばもう少しやすくして貰えると思う。実はツテがあるんだ」

「まぁ、お前の顔の広さには今更驚かん。ついでにその材木の運搬方法も考えてくれるとありがたいんだが」


 ホワイトは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。


「実はそっちの方が簡単なんだ。僕の姉に頼もう」

「「姉?」」


 いきなり飛び出てきたその単語に、修平とレッドは思わず声をあげた。


「まったく不肖の姉でね。人生の楽しみ方を知らないんだ。弟の僕としては彼女にも世の中の楽しさを教えて上げたい」


 何とも邪気のない笑顔でホワイトは、楽しそうにそう言った。

 そのホワイトの表情とは裏腹に、修平とレッドは背筋に悪寒を走らせていた。


「と、とにかく協力してくれるんだな?」


 早くこの話題を打ち切りたいのか、修平が強引に締めにかかる。


「もちろんだとも。彼女が僕に逆らえるわけがない」


 ホワイトのその言葉は、微妙に発言が矛盾している上に、はっきりと危険な発言であったが二人は聞き流すことに決めた。


「そ、それで、そのお姉さんは何か特殊技能を?」


 それでも肝心なところは確認して置かねばならない。レッドが勇気を出してホワイトに尋ねた。


「うん。車の免許を持ってる」


 あっさりと答えるホワイトに、レッドは眉をひそめる。


「そんなの特殊でも何でも無いじゃない」

「でも、僕らは誰も持ってないよ。車の免許があれば――」

「そうか、レンタカーだな」


 軽トラックあたりを借りてきて、まぁ林の中に持ち込むぐらいは自分達でしてもいい。

 これで、とりあえずは材木関係に関しては洗い出しが終わった。


 残るのは金銭面の問題だが、ここに疑問符をつけていてはいつまで経っても話が先に進まない。

 〝なんとかなる〟の前提で話を進めなくてはどうしようもない。


「……掘るのに必要な道具は、ウチにいくつかはあったと思うぞ」


 大根を一口サイズに箸で切り分けながら、修平が告げる。

 ホワイトは鍋に差し入れていた箸の動きをピタリと止めた。


「つるはしはあるかな?」

「いや、シャベルとかは間違いなくあると思うけど。だけどつるはしって、そこまで必要になるかな?」


 大根を口に放り込みながら、修平が反問する。


「そうね。結局シャベルだけで事が足りるんじゃないかしら?」


 こちらはこんにゃくを噛みちぎりながらレッド。あまり行儀はよくない。


「わかってないね」


 肩をすくめて、ホワイトはいかにも悲しそうに首を振った。


「必要だからこそ、今まであの道具が生き残ってこれたんだよ。いみじくもダーウィンが『種の起源』で表したとおり、世の中は弱肉強食、適材適所。つるはしがあるのとないのとでは、作業効率が大幅に違うものなのだよ」


 自信満々に言い放つホワイトに、修平とレッドはどちらかというと呆れ返ったという要素を多く含ませつつ沈黙した。


「予算での購入を検討しよう。ネットで一応価格は調べたけれど、やはり実地に赴かなければならないだろうね。日本橋に行ったときに覗いてみよう」

「日本橋? 何で?」

「ハハハ、グリーン。君は本当にものを知らないな」


 サラリと酷いことを言う。


「あの街はね、電器屋が目立っているけれど、実は建設、土木関係者が集う職人の街でもあるのだよ。少し裏通りに入ればその手の店がゴロゴロしているよ」

「それでホワイト。あなたさっき効率って言ったわね」


 レッドのその質問に、ホワイトはしばらく中空に視線をさまよわせて、フンフンと鼻歌を奏でる。

 どうも自分の発言を思い出しているらしい。


「言ったね」

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