第17話 第二章-5

 秋雨に古寺はよく似合う。

 すっかりと古びていい感じに味が出ている外見に、はらはらと降りそそぐ雨。

 その光景は水墨画のような幽玄さを醸し出していた。

 ――もっとも、そんな光景も寺の中に入ってしまえば、何の関係もないのだが。




 

 結局のところ、「赤の広場」に期待していた訪問者は現れなかった。

 修平とホワイトには予測済みのことだったが、レッドだけがなかなか現実を受け入れようとはしなかったため、計画は大いに狂うこととなったわけである。


 二人の予定では、適当なところでそのまま作戦会議を開くつもりだったのだが、もし後から現れる同士がその光景を見たら不快に思うに違いない、とレッドが主張するものだから会議を開くことができなかったのだ。


 そうやって、ウダウダと時を過ごしている内にタイムリミット――つまり下校時間――が訪れ、やむなく作戦会議場を緑安寺、つまり修平の家に移したというわけである。

 どうせ帰り道であることと、雨が降り出したことで、当初渋っていたレッドも最後には首を縦に振って、現在に到っていた。


「おいレッド。雨だし遅くなりそうだし、親父に車で送らせることにした。家に連絡だけはしておけ。電話はここの廊下を出て右」


 ふすまを開けて、二人が通された部屋に入ってきた修平は出し抜けにそう告げた。学校にいるときのまま、カッターシャツ姿でどうやら家についたのと同時に交渉に行ってきたらしい。


「ホワイトはどうせ泊まるんだろう。後は飯なんだが……」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 なぜかしどろもどろになりながら、レッドが修平を遮った。


「勝手にポンポン決めないでよ。私にも……」


 と、言いかけたレッドの口が止まった。

 不思議そうに、その様子を見つめる修平。ホワイトは興味深げに二人を眺めている。

 そのうちにレッドがプイッと顔をそらす。


「お、送ってもらうだなんて、迷惑でしょ」

「なんにも」


 修平は肩をすくめる。


「どうせ、ひがなプラモ作ってるんだ。外に出した方が健康にもいい。あ、檀家衆回るんで、結構乗り回してるから運転は心配しなくてもいいぞ」

「プ、プラモ!?」

「三日に一つぐらいのペースで何か作ってるよ。非公開の重文と並べて飾って悦に入っている」


「じゅ……重文って重要文化財?」

「そう。何しろ非公開だから、好き勝手にやってる」

「そういえば、ここの寺の縁起は聞いたことがなかったねぇ。重文があるって事は結構由緒正しいんじゃないのかい?」


 不意にホワイトが会話に加わった。


「俺もよくは知らん。どうやら今の宗派が建立したんじゃなくて、そこにあった寺を利用したんだということらしいんだが……」

「なるほど、それでこんなに古色が染みついているわけだ。ついでに略歴不明の仏像もあると」

「さぁね、そんなとこだろうとは思うけど」

「電話借りるわよ」

「あ、お、おう」


 いきなり立ち上がったレッドに、修平は道を譲る。

 そのまま廊下を歩いてゆくレッドの後ろを、憮然と見守っていた修平だったが、やがて諦めたように肩をすくめてホワイトの傍らに腰を下ろした。


「……まったく、いつまで怒ってやがるんだ」

「いやぁ、アレは怒ってるんじゃないと思うけど」

「じゃ、何だよ?」

「そうだねぇ、例えるなら……」

「例えなくていいから」


 ホワイトはこの上ない絶望に顔を歪めた。


「レッドが怒ってねぇなら、それでいいよ。さっきも言いかけたけど今はとにかく飯の段取りを考えなくちゃな」

「何が出来るんだい?」

「そうだなぁ。今、冷蔵庫覗いて来たが……まず、おでん」

「この季節に、それはちょっと辛いねぇ」

「とは思うけどよ、さすがに三人分となると、分量の目安がなぁ……」


 そのまま二人で、ああでもないこうでもないと言い合うが、一向に形にならない。

 修平はほとんどおでんを作ると決めてかかっているし、ホワイトにしてみればそれを何とか阻止したいので、基本的なラインが平行線なのだ。


 そのまま二人して黙り込んで、睨み合ってしまう。


「電話ありがとう。……って、何を深刻な顔してるの?」


 その時、レッドが戻ってきた。


「いや、夕飯の相談だよ。何を作ろうかって」

「作るって……榊が作るの?」


 レッドは目を見開いた。


「そうだともレッド。自慢じゃないが僕なんか、二桁以上もグリーンの手作り夕餉の会にお呼ばれしている。いつぞやの肉じゃがは高原に舞う蝶のように美味であったとも」

「肉じゃが!」


 とんでもない比喩にはまったく関係なく、料理名にレッドは反応した。


「そうそう、つい先日いただいた生春巻きなどは挑戦的な戦車軍団を思わせる、開放的な刺激があったね」

「生春巻き!」

「僕が特に気に入っているのは、なんといってもハンバーグだね。月の光を浴びて微笑む吸血鬼のように幻想的なひとときを過ごさせて貰ったよ」

「ハンバーグ!」

「…………もういいから」


 心底げんなりとした様子で、修平は二人の無為なやりとりを止めた。


「だいたい、なんで榊が作るの? ゲーム以外に料理が趣味なの?」


 首を傾げながら、レッドは修平に聞いた。


「あ~話してなかったっけ。お袋は死んでるんだ。だから俺がするしかなくてね」

「あ、そ、そうなんだ」

「そうなんだよ。で、買い物に行かないままだと――出来れば行きたくないんだが、できるものはまず、おでん」

「あ、いいじゃない」

「正気かいレッド!」


 今までのどんなときよりも必死になって、ホワイトがレッドを諫める。


「澄み渡る空はまだ遠く、インディアンサマーを実感する時間もない。潤った空気は絶え間なく僕たちを包み込み――」


 要するに夏の終わりにする料理ではない。


 ――と、言いたいのは二人とも理解した。


 が、素直に言うことを聞く二人でもない。


「だ~か~ら~材料がないんだって」

「おでんなら、私も手伝えるもの。少しぐらいは我慢しなくちゃ」

「手伝うって、お前……」

「労働は均等に行うべきだわ。榊は指示を出してね。ホワイト手伝うのよ」


 そう言えば、そういう主義主張の持ち主であった。

 修平とホワイトは顔を見合わせて、逆らっても無駄なことを確認し合うと、ため息をついて立ち上がった。

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