第16話 第二章-4

 梶原は一瞬虚を突かれたが、すぐに総央高校の過去の事件に思い至った。


「ああ確か、学食を利用する生徒が全員食費を失って、弁当持参の生徒との間にただならぬ緊張感が漂ったという……」

「漂っただけじゃないんですよ。あの時は」

「あの時の隠蔽工作を思い出すと、今でも眩暈がする……」


 にこやかに話す澪と、苦悩の表情で脂汗まで流している美色が見事なコントラストを描いている。

 この二人は去年から、生徒会活動に参加していた。


 それだけに裏の事情にも詳しいわけだが……


「じゃ、じゃあ何かがあったんですね。隠さなければならないようなことが。で、その黒幕がホワイト先輩……?」

「と、榊だ。ホワイトが画策したとしても、実行力が伴わないだろう? いわばホワイトが文官、榊が武官」

「じゃあ、もう一人の先輩は?」

「レッド……支部さんね」

「彼女は共産主義者だ。それは周知のことだが、事実ではない」

「事実じゃない?」


 生徒会長のその言葉は、明らかに総央高校の常識から外れていた。

 支部紀美子は共産主義者であるからこそ〝レッド〟なのだ。


「ああ、彼女はそれらしい文句を並べているが、強固な思想的背景があるわけじゃない。結局のところ平等に働け、ぐらいのことしか主張してないしな」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。ただそれでも彼女は厄介なんだ。なんというかな、彼女は〝意志〟なんだ」

「ホワイト先輩も榊君もどちらかというと、積極的ではない為人ひととなりなの。ホワイト先輩はそうねぇ、あまり現実に関心がないといった方がいいかしら」


 澪が絶妙のタイミングで美色の言葉をフォローする。

 そのフォローを受けて、さらに美色が説明を続けた。


「それはともかく、彼女を中心にしてこの三人が集まると、たいがいはろくでもないことが起きる。そして起きた事件の最初の動機は、彼女の意志によるものなんだ」


 その後の経過はともかくとしてな――


 苦々しげな表情で、美色は呟いた。


「つまりね、あの三人はもう一つの生徒会と言ってもいいわ」


 恐ろしく蠱惑的な笑みと共に、澪はそう言いきった。

 その言葉に梶原は、思わず息をのむ。


「お、おい澪!」

「考えてみて。決して意志を曲げない強力な精神力を持った指導者。意志を実現させるための頭脳。それを実行するだけの支配力すら内包した軍事力。経済力はないけど……それはウチも同じ事だし」

「ウチにはある!」

「そんなにムキにならないで下さい、会長」


 にっこりと澪がたしなめる。

 梶原といえば、ぶるぶると身体を震わせていた。


「す、凄い! まさに影の内閣シャドウ・キャビネットですね!」


 さすがの会長副会長の二人も、その興奮度合いには思わず腰が引けた。


「さすがに総央高校生徒会! そこまでのシステムが用意されているなんて、さすがだなぁ!! そして、その活動に携われる幸せ!!」


 やはり梶原も総央校生であった。つまり立派に変人である。

 今更ながらにそれを知る羽目になった美色は、いささか毒気が抜かれた態で、改めて澪に尋ねる。


「それで、なんで改めてホワイトを呼んだんだ?」

「無論、今年の文化祭へ妨害の意図があるかどうかを確かめに」

「直截的なことだ。確かにここ最近の彼らの動向は注意が必要だとは思っていたんだが……すぐに覆い隠されたが変なポスターが貼ってあったな――生徒会ウチが認知していない」

「さすがに――」


 含みのある、それでいて嬉しそうな表情で澪は微笑む。


「で?」

「妨害の意図はないと、それははっきりと」

「信用……」

「出来るでしょう。嘘は仰られない方です」


 美色はしばらく考え込む。ふと目を向ければ、落ち着いた梶原が興味津々の眼差しでこちらのやりとりを見つめていた。

 その眼差しが、美色を落ち着かせる。指導者としての自覚がよみがえった。


「……意図はなくても、結果的に妨害に繋がる可能性はあるな。しかし、何かを画策していてもその行動は今の時期、文化祭の準備に追われる我々では追跡できない」

「どうしますか?」


 澪が冷静に尋ね返す。


「出来ないことを考えていても仕方ないだろう。追跡は出来ないとなると、せめて学校内だけでも監視網を敷こう。周辺サークルから有志を募ってくれ。あの三人は目立つ分、恨みも買っているだろうし協力者には事欠かないはずだ」

「周辺サークル?」


 梶原が聞き返す。


「三人のサークルの部室だ。立地条件から考えると〝赤の広場〟がもっとも臭いが……」

「あの辺りなら、『好きモル』の代表者がちょうどいいでしょう。どういうわけかこちらには無比の忠誠心で応えてくれる心構えもあるようですし」


 澪もさすがに、今里のシビリアンコントロールへの妄執までは読み切れなかったようだ。


「では、その監視網の構築は梶原に任せるとしようか」

「え? 俺ですか?」

「俺達が出るんじゃ、ちょっと交友関係が複雑すぎてな。一年のおまえの方が適任なんだ。それにこの辺りでサークルの連中と面通しをしておいた方がいい。来年も生徒会活動、する気なんだろう?」

「あ……は、はい!」

「じゃあ、サークルの連中、特に次期指導者とは友好関係を築いておくに越したことはない。任せたぞ」

「はい! 頑張ります! じゃあ、さっそく」


 梶原は勢い込んで、部屋を飛び出していった。美色はその背中に手を伸ばし掛けたが、やがて無言のウチに腕を組んで黙り込んだ。


「……副会長」


 おもむろに美色は口を開く。


「なんです会長?」

「梶原はさっさと飛び出していってしまったが、もう一つ監視を有効にする手段があるな」

「予測は無理ですよ。ホワイト先輩ならともかく、支部さんの発想は読めません」


 美色自身が言ったように、あの三人の意志はレッドが代表している。

 その意志さえ読めれば、同じ監視をするにしてもかなり有効に動けるはずだ。


 しかし、それは澪の言葉によって否定されてしまった。

 美色は苦笑を浮かべながら、中途半端に口を開く。


「ホワイトを読めるって事だけで、驚嘆に値するが……」


 そう言って再び黙り込んだ。

 窓から外を見れば、今にも泣き出しそうな空模様。


「影の生徒会、か……」


 美色のその言葉は、降り始めの雨音と共に溶けて消えた。

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