第15話 第二章-3

「ありがとうございました先輩。本来なら私の方から出向かねばなりませんのに」

「いえいえ、レディーには優しく。これは現代に生きる男としては当然の権利です。というわけで申し訳ないんですが、もう一人のレディーを待たせいます。名残惜しいですがこれで失礼」

「うらやましいこと」


 ホワイトと澪は、お互いに微笑みあって、さらには手を振りあって、和やかに別れの演出を楽しんだ。

 その様子を半ば憮然と眺めていた美色は、ホワイトの姿が消えると同時に澪の方へと身を乗り出して話しかける。


「なんで呼んだんだ?」

「会長にこれから報告するための情報を揃えるためです」

「情報?」


 聞き返しながら美色は居住まいを正す。真面目な話だと察したのだろう。


「サークルの文化祭への参加状況です。先日の会長の檄が効いたのか、不参加サークルは三つに留まりました」

「三つ……?」

「はい。これによって展示会場やスケジュール、その準備のための各種教室の確保など、諸問題が具体的な数字を挙げて検討できます」

「そういうことではなくてだな。不参加サークルはどこなんだ?」

「テレビゲーム、ホワ研、赤の広場ですね」

「また、あの三人か……」


 言いしれぬ不安が美色の脳裏をよぎる。


「あの……」


 その時、傍らに控えていた一年生の書記、梶原宗男が口を挟んだ。

 梶原は、クラスの連中に押し出されるようにして生徒会活動に参加することになったが、元からの前向きな性格も手伝って、今では大体の仕事はこなせるまでに成長している。

 優男風な容貌で、実は上級生のお姉さま方からの人気はかなりのものなのだが、本人にその自覚はない。


 残りの生徒会メンバー、同じく一年で会計の麻生可奈子は別室で予算案を組んでいて席を外していた。

 優秀な人材だが、あまり人と会いたがらない対人恐怖症じみた性格をしている。

 生徒会メンバーに対してはそこまでのことはないのだが、やはり計算が立て込むと一人きりになりたがる性格が顔を覗かせるのだ。


 よって、先輩でもある会長、副会長に疑問をぶつけることができるのは梶原しかいないというわけだ。


「その……そこまで深刻に考えなくてもよろしいんじゃないでしょうか? 僕の記憶だとその三つのサークルは、一人ずつしかいなかったと思うし、全校生徒のほとんどが参加しているわけで……」


 目立った問題ではない、と梶原は繋げたかったのだが会長、副会長共に、どこか哀れんだような眼差しで自分を見ていることに気付いて、思わず黙り込んでしまった。


「……確かに、文化祭自体は彼らがいなくても問題はない。超弱小サークルだし、単純で頭数で考えるならな」

「でもね、彼らはこの学校でも突き抜けた奇人で……何と言ったらいいのかしら、時々かなり優秀になるの。あまり道徳的に感心できないことをしているときは特に」

「ええと……」


 梶原は返答につまる。

 結局のところ、二人はその三人を誉めているのか、けなしているのか。


「どうせ来年もつきあうことになるんだ。いい機会かもしれんな」


 美色はそう言うと、澪に指示を出した。


「わかりました。梶原君、少し長くなりますが聞いて下さい」


 澪は真っ直ぐに梶原を見据える。

 なにしろ、学校一の美女と差し向かいである。別の意味でも梶原は緊張した。


「比較的まともな方から始めましょう。テレビゲーム、つまりテレビゲーム同好会部長、榊修平君の説明から始めます。名前を聞いたことがありますか?」

「あ、はい。僕の友人が入部しようとしたら追い出されたとか」

「そうですね、彼は部長就任と同時に他の部員を追い出した張本人ですから。新入生にも同じ態度をとったのでしょう」

「横暴な人なんですね」

「一言で表現するとそうです。でも、弱小サークルの中では人気があります。というのも彼は異常とも言えるほどに運動神経が発達しているからです。その発達した運動神経を何に使用しているかというと、早い話が喧嘩です」

「はぁ、しかしそれではますます……」

「古い言葉で言うと、あいつは番長なんだ」


 いささか頬を染めながら、美色が口を挟む。


「それは……なんというか……」


 何とも言い様がない。そんな人種が未だに生息していたとは。


「時折、理不尽な行いもしますが、折り合いをつけておけば頼りになる存在といったところでしょうか。先日の会議でも彼は自然と弱小サークルの代表者みたいなポジションにいたでしょう?」


 言われて、梶原はその時のことを思い出す。

 そう言えば確かに、会長にかなりぞんざいな口を利いた異様な風体の生徒がいた。

 あまり喧嘩が強そうには見えなかったが。


「本当に強いんですか? というより、あまり運動が得意そうに見えないんですけど。それにテレビゲームの代表って事は……」


 頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口にする梶原に、澪はニコリと微笑んだ。


「喧嘩の強さは極秘裏に生徒会でも裏付けを取っています。ほとんど生徒が彼とのいざこざを嫌っていて、まぁ、何事にも例外というものはありますが……」


 修平と喜んで敵対している生徒は、今のところ今里ぐらいしかいないだろう。


「それに運動神経は、昨年の体育祭の時に証明されました。彼はクラス対抗リレーのアンカーで、前を走る陸上部の生徒を、可哀想なので名前は伏せますが、100mの差をものともせず追い抜いて、そのまま先頭でゴールイン。まぁ、この辺りの出来事も今の彼の人気に繋がっているのは間違いないでしょう」

「弱点は近眼ぐらいかな。あんなサークルだし、それぐらいは……」


 また口を挟んだ美色だが、今度は澪にたしなめられる。


「会長、間違っています。彼は遠視です。それで眼鏡を掛けているんです」

「そんな馬鹿な!? あんなサークルにいるんだ。目が悪くなる条件しか揃ってないじゃないか!」

「といわれましても、遠視であることは事実ですし」

「……身体面に関してはパーフェクトだな」


 呆れたように美色が呟くと、澪はそれを合図にして話を先に進める。


「続いてホワ研、藤原英輝研究会会長、藤原先輩の説明に……」

「ああ、すいません。そのお言葉だけでどんな人なのかはわかります。それにホワイト先輩は下級生の間でも有名ですよ」


 澪は再び笑みを見せる。


「そうね、でもホワイト先輩が実は我が校でも一、二を争うほどの頭脳の持ち主なのは知っていた?」

「え!?」


 これには梶原も度肝を抜かれた。

 美色はといえば、面白くもなさそうにブスッと黙り込んでいる。


「で、でも先輩は留年……」

「試験を白紙で提出したのよ。『いつでもできる試験より、希に天使達がそっと奏でる退廃的な、それでいて蠱惑的なセンテンスの方が人生にバニラエッセンスのようなくどく甘ったるい時間を保証してくれるのです』という台詞と共に、思い付いた詩のフレーズを答案用紙の裏に書き連ねてね」

「はぁ」


 と何とはなしに梶原は頷いたが、ある重大なことに気付いて戦慄する。


 ――ホワイト先輩以外に“アレ”なフレーズを諳んじる人間を初めて見た。


 というか諳んじるための労力を費やす人間と言うべきか。


 そう考えると、目の前の美貌を誇る先輩の向こう側にブラックホールの幻が見える気がした。美しい黒髪が渦を巻いているようにも見える。


「ところがだ、去年の全国模試で――まぁ、学校との成績とはまったく関係ない、業者と学校側が結託した例の奴だが――掛け値なしの全国一位を取ったんだ」


 美色がその後を引き継ぐ。

 しばらく呆然としていた梶原だったが、その言葉にハッと意識を取り戻す。


「ぜ、全国一位!?」

「そう。まったく信じられないことだが、厳然な事実だ。ついでにいうと学力だけでなく、奴は頭も相当切れる」

「……キレる?」

「そういう意味じゃない」


 とっさに後輩の誤解を察したのか、美色が修正する。


「……去年の飢饉事件、聞いたことある?」


 含み持った表情で澪が、口を開く。

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