第12話 第一章-11

「それはそうと、一度は確かめておいて方がいいかな」

「何を?」

「レッドが最初に考えた方法さ」

「ああ、山を迂回するという……」


 自然に視線がその方向へと向く。

 が、先の方は木々に覆われていてよく見えない。


「ちょっと見てくる」

「気をつけて。地図の通りならそちらも崖だ」


 確かにな、と心の中で頷きながら修平がそちらへ足を向けると、先客がいた。

 考えるまでもなくレッドだ。


「レッド」


 声をかける。

 その声に振り向いたレッドだったが、そのまま動こうとはしない。そのうちに修平がレッドと並ぶことになる。


「……と、ここからもう崖なのか」


 並んで下を見た修平は、思わず声をあげた。

 と言っても、高さはそれほどでもない。飛び降りたところで怪我一つしないだろう。


 崖を見下ろしながら左を向けば、そのまま山の斜面につがっていた。

 斜面はそのまま下に向かっており、それから考えると山の入り口に比べれば、学校のある場所は幾分か高いところにあるのだと理解できる。


 もっともその斜面も行き着く先がここから見えているので、こちらの高さも大したことはない。ただ勾配はきつく、ホワイトの指摘したとおり南向きのせいもあるのだろう、木々が鬱そうと茂っていて、確かにこれではここを通るのは無理があると考えざるを得ない。


 その木々の隙間から、今現在通学に使用されている道が見える。

 そして右には、夏休み前まで使っていた通学路。


 ――と言ってもどちらも修平は通学路として利用したことはないのだが。


 ここから見下ろす形になるということは、やはり学校の位置は少しばかり高いらしい。


(こりゃ、上手く掘れたとしても向こう側の穴はちょっと高い所に開くことになるな)


 そんなことを考えた自分がおかしくて、修平は薄く笑みを浮かべる。


(……やる気になっている)


 修平は自分の視線を真正面に戻していた。


 水田であったはずのそこは、どこかの組織――修平の知識で言うと大雑把に役人共という表現になるが――に買い上げられて赤茶けた大地を露出している。

 みっともないその風景は、夕日に照らされてさらに赤く染め上げられていた。


 そして、そこは理不尽に奪われた土地。


 ここまでつきあったのは、ホワイトの言うとおり〝惚れた弱み〟以外に理由は見あたらない。だが漠然と感じていたものはあった。


 実のところ、入学当初から山の上から通学していた修平にとって、夏休み後に起こったこの事件はほとんど関係がない。


 ――いや、関係がないと思いこもうとしていた。


 しかし、それは違った。

 自分には関係ないとしても、この事件は間違いなく総央高校を脅かしているのだから。


 そして今、修平の瞳にはっきりと〝敵〟の姿が捉えられていた。

 胸の奥で沸き立つ感情がある。怒り……だけではない。


 それに反する感情が同時に渦巻いている。


 小さな頃からそうだった。純粋な感情に自分を染め上げることが出来ない。

 そして、いつもならここで冷めてしまう。本気になりきれない。

 唯一本気なれたもの――皮肉にもそれは架空の世界だった。


 到底かわせるはずもないと、誰もが思う弾幕をくぐり抜けた一瞬。

 修平は〝生〟を実感する。


 だが――


 今、自分の中で渦巻いている感情を修平は名付けることが出来る。


 怒りと、そして喜びだ。


 ――目の前の理不尽な敵。


 いつもなら小賢しい自分が用意する感情は怒りと諦めだ。

 しかし今は違う。敵をうち破る方法が示されている。


 だから喜んでいるのだ。原始的な本能が修平を戦いへと誘っている。

 その戦う方法を教えてくれた相手は、今、修平の横で拳を固めていた。


(いいだろう。つきあってみるさ)


 決して声には出さない――出せない。

 それに、この戦い方は今しかできない。

 大人になってはダメだ。理不尽な理屈に飲み込まれてしまう。

 高校生の今だからこそ、この戦い方を選択することが出来る。

 

 ――高校生おれたちは何をしてもいいのだ。


 恐ろしく身勝手な理屈が、修平の脳裏をよぎる。

 そしてその理屈が、噛みしめた歯の隙間から笑い声を滲ませる。


「何、笑ってるのよ」 


 いきなりレッドが、何のためらいもなく修平の腰にケリをかましてきた。


「のわっ! ったく、女のやることか!」

「目の前に怒りの対象があるって言うのに、何で笑ってられるのよ! ここは怒るところでしょう!!」

「俺だって怒ってるよ!」

「じゃあ、何で笑うの!?」

「俺の勝手だ!!」


 いつも通りの売り言葉に買い言葉。

 レッドはしばらく修平を睨み付けていたが、プイッと視線を逸らすと大股で空き地の方へと引き返し始めた

 仕方なく修平もその後を追う。


「ホワイトどうなの?」


 再び空き地に着くと早々に、レッドは一人残っていたホワイトにそう尋ねた。

 ここの空き地が、トンネルを掘るのに十分な条件を満たしているのか、尋ねているのだ。


「そうだね、色々問題は残ってるんだけど――」


 そう言って、振り返りながらホワイトは両手を広げて、夢見るような表情でスキップを始めた。

 それはこの空き地いっぱいを使うようで、ホワイトは思うがままに空き地でダンスを披露する。空き地を照らし出す赤い夕日に彩られて、その姿はとても幻想的――だとホワイトは思っているのかも知れない。


 修平とレッドはその凶行に完全に取り残されて、ひたすら呆然な表情を浮かべたまま、その様子を眺めるしかなかった。


 やがて、ホワイトは空き地の中央で静かにその舞踊を終え、柔らかく微笑む。

 そしてもう一度大きく両手を広げて、高らかに唱え始める。

 自分をたたえる詩を。


「おお汝、黄昏に死と絶望を――」

「治ってねぇ!」


 叫びながら、正気に戻った修平がホワイト目がけて、持っていた鞄を放り投げる。


 ボカッ!!


 鼻っ柱に直撃を食らって悶絶するホワイトに、レッドがとことこと近づいてゆく。


「いい加減にしてよホワイト。時間もないんだから、要点だけチャチャッと話して」


 慰めの言葉も何もなく、いきなりこう切り出したレッドに恨みがましい目線を向けたホワイトだったが、修平が跳ね返った鞄を回収しているのを確認すると、いきなりしっかりした口調でこう告げた。


「この場所に関しては何の問題もない」

「そうそう、その調子で。それにしてもずいぶんと都合のいい崖があったものね」

「言われりゃそうだな。学校作るときに切り崩したとか誰か言ってたから、その名残じゃねぇの?」


 拾った鞄をパンパンとはたきながら、後ろから修平が答える。


「切り崩した土はどこに行ったの?」

「知るかよ、そんなこと」


 修平が怒ったように応じた。


「肥料と混ぜて畑の土にでもしたんじゃないのか? なんで、そんなこと気にするんだ?」

「うるさいわね、ちょっとした素朴な疑問ぐらいで目くじらたてることないでしょ。ところで起きあがれるホワイト?」

「う~~ん、久しぶりに効いたよグリーン。僕の三半規管は絹を裂いたような悲鳴を……」

「大丈夫みたいね。早く帰らないと日が暮れるわ。夜中にあの山道を歩きたくないもの」

「そうだなぁ、今はいいけどこれから先、もっと日が暮れるのが早くなるわけだし」

「ますます、急がなくちゃね。よぅし、さっそく協力者を募るビラをまかなくっちゃ」

「本気でやるのか?」

「当たり前じゃない」

「せめてポスターに……」


 倒れているホワイトを置き去りにして、二人は来た道を引き返してずんずんと雑木林に分け入っていた。

 しばらくはそのままの風景が漂っていたが、やがてホワイトはむくりと起きあがり二人の後を追う。


 ――そして、白い学ランが木々の中に消えた。

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