第11話 第一章-10

「木戸!」


 修平が鋭く叫ぶ。


「俺にはよくわかんねぇんだけど、さっきの場所な」


 修平はホワイトの指が山から抜け出してきた辺りを、指し示した。


「どうなってる?」

「え? あ、ああ、そうだな……」

「木が生えてますよ」


 木戸に代わって清孝が端的に答える。


「有り体に言って、林ですね」

「入り込めない……?」

「ってほどじゃないと思います。その気になれば」

「すると、どうなる?」


 言いながら修平は想像してみた。


 駅から迂回路に入る。真っ直ぐ進む。山が見える。九十九つづら折りになった山道を無視して左手に、林の中を進んで行った。

 そこから西北を睨めば、校舎があることになる。


 その視線のままに道があれば――


 あるのだ。


 ポッカリとトンネルが口を開けて待っている。

 トンネルの長さは……


「百……はないな。八十ぐらいか」


 地図の隅にある縮尺と比べながら、修平は一人ごちた。

 大した距離ではない。抜けた先には雑木林。そこもどうにか突破すれば、すぐそこは校門、校舎が見える。


「こりゃあ、ちょっと……な」


 修平は考え込んだ。先ほどのレッドの話に比べれば、実現性があるように思える。

 だが、修平には知識も経験もない。掘る距離が縮まったからと言って、即座に楽観視できる材料はなにもないのだ。


「人手のことは置いておくとして、トンネルのことだけに話を絞ろう」


 ホワイトが充分に時間をおいて再び話し始める。


「見ての通り、ここは山の南側斜面だ。一般に植物が十分に成長する場所だね。自然、根の方も充分に発達することになる。つまり、その下に穴が開いたって強度は保たれると思うんだ」


 ホワイトは再び、地図上をなぞった。


「それだけで不安なら、角材でもって補強しよう。柱を立てて梁を渡せばかなりの強度になる。少し足を伸ばして、それ用の店に行けば、即乾コンクリートとかも売ってるんだよ、何とかなると思う」


 ホワイトは静かに笑みを見せた。


「何しろ、距離が短いんだからね」


 フッフッフッフッフッフッフ……


 誰かが含み笑いを漏らしていた。

 言わずと知れたレッドだ。


「よっしゃ~~!! 勝ったも同然!!」


 完全に勢いを取り戻して、絶叫した。


「見なさいよ! トンネルを掘る発想は間違ってなかったんだわ! ちょっとずれていただけで!」

「そ、そりゃあ、まぁ認めるけどよ。どっちにしても尋常な発想じゃ……」

「うるさいわね! 弱者の戯言に興味はないわ!」


 レッドはグッと握り拳を固める。


「シュプレヒコールよ! 立てよ労働者諸君!! 解放は目の前に!!」


 レッドは天高く握り拳を突き上げた。


「水を差して悪いんだけどね」


 ホワイトはのんびりとした口調で口を挟んだ。


「まだ問題はいっぱい残ってるんだ。とりあえず掘り始めの場所に行ってみないかい?」


 再びホワイトが地図上の一点を示す。そこは山と雑木林が接する場所だった。


「この辺りに適当な空き地がないと、掘った土を運び出せないだろう。無いなら無いで何とかなるかも知れないけど、とりあえず実地検証してみようじゃないか」

「だな」


 修平が即座に同意し、レッドも渋々ながら突き上げた腕を元に戻した。


「レッドにはその道すがら、さっきの僕の詩を聞いて貰うよ。それぐらいはして貰わなくちゃ」


 レッドの顔は、途端に青くなった。

 それを見ていた修平が思わず口を開く。


「お前、詩は……」


 ――面白いことが見つかったのなら、垂れ流しにする必要はないじゃないか。

 と修平は言いかけたのだが、それを遮ってホワイトは涼しげな表情で、こう言い切った。


「昔の人はいいことを言ったね。『それはそれ、これはこれ』」






 修平の目の前にあるのは紅白。

 白ランにアイボリーのバックパックを背負って、ホワイトが歩く。その横には赤いバックパックを背負ったレッドだ。

 修平自身はペチャンコに潰れた革の鞄を小脇に抱えて、いつものように猫背になって二人の後に続いていた。


 前を歩くわけには行かなかったのだ。

 前を歩けば呪文が聞こえ過ぎる。


「……運命は悪魔と滅びる」


 情感たっぷりに、ホワイトは語り終えた。

 何だか最後の部分が微妙に違ったような気がするが、無論修平は藪に手を突っ込むような真似はしない。放っておくに限る。


 レッドの方はもう言い返す気力も残ってないのだろう。

 足取りがおぼつかないまま、ふらふらと目の前の雑木林を目指していた。


 郷土史研究会の部室を出たときには、西の空がそろそろ朱に染まり始めていたので、三人は帰るついでに現場検証に赴くことにしたのだ。

 さすがに郷土史研究会の面々はそれにつきあったりはしない。


 各々の部室に寄って、荷物をまとめて靴箱付近で合流したあたりから、宣言していたホワイトの詩の朗読は始まり、誰も知らないような郷土史研究会の成立から発展、そして終焉に到るまで、エッダさながらに詠みあげた。


(わずか十分で、この破壊力……)


 ――出来るならば、ホワイトが親切心を起こさぬような面白い世の中でありますように。


 思わず祈らずにいられない。


 幸いにも朗読が終わるタイミングで、雑木林はもう目の前。

 時間的余裕があると、何を始めるかわからない。

 その潜在的な恐怖感も手伝って、修平はそこで一気に先頭に出ると雑木林に踏み入った。


 まず鼻につく草いきれ。

 ザッと見渡してみる。

 どこかに管理されている公園のようなモノ――ではないようだ。


 伸び放題の下草や、所々立ち枯れしている木もあって、明らかに人の手が入っていない事が窺える。

 元々修平は通学路が違うので、この辺りに来ることも滅多にない。

 ちょっとした探検気分でこの小さな密林をかき分けて進んでゆく。


 とはいえ、所詮はただの雑木林。

 数歩も歩かないウチに向こう側が見えてきた。


(向こう側……?)


 自分が感じたその印象に疑問を感じつつ、修平は歩を早める。


「どうも、上手い具合みたいだね」


 その修平の横に、ホワイトが追いついてきたようだ。

 足の長さコンパスの違いからか、レッドが一人取り残される形になったが、別に遭難するというものでもない。修平は黙ってホワイトの言葉に頷いた。

 どうもこの雑木林を抜けたところに、空き地が広がっているのは間違いないようだ。


「ほっ……!」


 そこに辿り着いたとき、修平は思わず声をあげた。

 目の前には半円状の空間が広がっていたのだ。


 半円。そう、切り立った壁を底辺にした、半径八メートルほどの空き地が広がっていた。

 凄い、と形容詞を使うほどの感動はないが、子供の時分にこの場所を見つけていたら、秘密基地は間違いなくここに建設していたなと確信できる、そんな空間だった。


「へぇぇ……」


 追いついてきたレッドも感心したように声をあげている。

 見ればホワイトはさっそく崖に取り憑いていた。


「どうだ?」


その後ろ姿に近づきながら、修平は声をかけた。


「上手い具合だね。この崖にほとんど垂直に穴を掘れば多分、目当ての場所に出られるよ」


 しかし、それを聞いて修平の眉は曇った。


「そうか……掘るとなりゃ、そういう測量器具もいるよなぁ」

「まぁ、それはおいおい考えよう。ところでグリーン」

「それはよせというのに」

「ここまでつきあってるのは、やっぱり〝惚れた弱み〟という奴なのかな?」


 一瞬、時が止まる。

 しかし修平はごく自然にこう答えることで、その時間を解凍した。


「ああ」

「まぁ、それも動機の一つではあるね」


 自分で振っておきながら、極めて淡泊にホワイトは応じる。

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