第10話 第一章-9
「そうね。この山さえなきゃ多少は遠回りになっても、ここまで深刻な問題にはならなかったはずよ」
駅から学校へと、今度はおおざっぱにレッドの指が弧を描いた。
「この地図みたいに平面ならね」
レッドはにやりと笑う。
「いい? 私たちは登って下りているのよ。登りっぱなしとか、あんまりないでしょうけど下りっぱなしとかなら打つ手はないんだけど、今回は違うわ」
今度はレッドの指が、先ほどのように山なりの曲線を宙に描く。
そしてその指は最後に、描いていた曲線の底辺を真っ直ぐに突っ切った。
そして――
「トンネルを掘るのよ」
いとも簡単に、レッドは結論を口にした。
その瞬間――
理科室に雷光が走った。
レッドの言葉に衝撃を受けたのだ。
部屋の中のほぼ全員が、レッドの――支部紀美子の正気を疑った。
それをまず口にしたのは、修平だった。
「…………は?」
次に木戸が続いた。
「……頭の中の仕組みがおかしいとしか言い様がない。考えないよ、こんな事は」
さらに左、右。
「新種の脳炎にでも感染されたんでしょうか?」
「共産主義というアナクロリズムが、新陳代謝に悪影響を及ぼしたのでは?」
そして、修平がとどめ。
「……まさかお前、あのグラⅡのアステロイドステージでこれを思い付いたのか?」
レッドはキッと修平を睨み付け――
やがて、おずおずと頷いた。
――その途端。
修平の笑いが爆発した。
「アッハハッハハッハ!!」
修平の笑い声が理科室全体に響き渡る。それでも収まらず、さらに修平は身をよじる。
「お前……ワハハハ……本気で……ヒ~、苦しい、勘弁してくれ……ヒッヒヒヒヒ、ハハハハハハハ……」
理科室全体に響き渡る嘲笑の音色。
説明を求める木戸達に、息も絶え絶えになりながら修平がグラディウスⅡの説明をする。
そして全員が理解したところで、再び巻き起こる嘲笑の渦。
木戸などは少し前の恐怖を忘れて、腹を抱えて笑い転げている。
左右はきれいに笑い声をハモらせているから、始末に負えない。
元々キレやすい性格のレッドが、怒り心頭に発するまで時間はかからなかった。
「な、な、なんだって言うのよ! 私の話のどこが間違ってるのか言ってみなさいよ!!」
「「「「全部」」」」
その瞬間だけ笑っている全員が素に戻って、一斉に指摘する。
「ムッキ~~~! なんだって言うのよ!!」
拳を振り上げて、レッドが完全に逆上した。
「……まずだなぁ、掘るにしたってどうやって掘るんだ? 全然人出が足らないだろ」
まずは修平が順当に説明を始めた。
「機械なんか使えるわけもないし、徹底的に労働力が足りねぇって」
「そ、そんなの全校生徒の力を合わせれば……」
「無駄無駄。与太話だと思って誰も相手にしないよ」
「やる前から……」
「それに、技術的に無理だと思うんだけど」
木戸が修平に続いた。
「レッド、君はどういうルートを掘るつもりなんだ?」
「え~~っと……」
しばらく地図を見つめていたレッドは、山の入り口から降り口までを弧を描くように、スッとなぞって見せた。
その指の軌跡を見て、木戸は薄く笑った。
「ザッと見て、縮尺で考えると五百メートル近い。もし人出があったとしても、最後まで掘りきれるモノじゃない。どこかで落盤を起こすよ」
――そうなったら、大騒ぎさ。
木戸は意趣返しとばかりに、盛大に嫌みったらしく締めくくった。
「で、でもちゃんと補強して……」
「どういう方法で?」
修平がすぐに聞き返す。
思いつきだけのレッドに、有効な反撃が出来るわけもない。
肩を震わせて、今度こそ黙り込む。
――かとおもわれた矢先。
「レッド、君はまず遺跡の大きさを書き込ませたよね。アレはどうして?」
ホワイトが普段からは考えられない口調でレッドに質問する。
今度こそ本当に部屋の中に雷鳴がこだました――ような気がした。
「ほ、ホワイトあなた……」
レッドが思わずよろめきながら聞き返す。
「普通にしゃべれたのね」
「アレは面白くない世の中を、少しでも面白くなるようにと、僕の才能を一部提供していただけなんだ。目の前にこんな面白い話があるんだから、わざわざそんなことをすることもないだろう」
「……ってホワイト?」
修平が強引に話に割り込んだ。
「お前はこの与太話が面白いってのか?」
「面白いね。さぁ、レッド。最初に遺跡の大きさを書き込ませたのは何故?」
修平の言葉を軽く流して、ホワイトはもう一度同じ質問をした。
レッドは気圧されたように、しばらく呆然としていたが、ハッとなって言葉を返した。
「わ、私だって、トンネルは難しいかなって思ったのよ。で、地図を見るウチにもう一つ平面のまま移動する方法を思い付いて……」
レッドの指が再び地図の上をなぞる。
山の南側の縁を、弧を描くように。
山の入り口から山の出口へと。
等高線で見る限り、その移動の間に目立った高度の差異はない。
これにはさすがに、修平も黙り込むしかない。
それは木戸達に到っても同様だ。
これなら確かに問題の大部分は回避される。
ただ――
「このルートを見限った理由は?」
「そんなの……」
一瞬、反論しかけたレッドだったが拗ねるように後を続けた。
「まずは山の方の等高線。これだけ間がつまってるところを見ると、多分崖になってるんだと思うわ。人が通れるかどうかわからないし、それになにより……」
レッドの指が地図上で止まる。
迂回ルートを辿っていたレッドの指が、ボールペンの線に触れているのである。
つまりはここも立入禁止区域。
「……この辺ならバレないんじゃないか?」
「それはお勧めできない」
修平の意見に、木戸がすかさず反論する。
案の定、修平に睨まれることになったが木戸は退かなかった。
「遺跡の大きさは、これで確定してるわけじゃないんだ。もっと大きいかも知れない。安易に端だから大丈夫だと思って油断していると、貴重なモノを損なう可能性がある」
後ろで後輩二人が、わけ知り顔で頷いている。
修平はしばらく黙り込んでいたが、やがて諦めたようだ。
ハァ、と大きくため息をつく。
「――諦めるのは早いよ」
ホワイトが修平に声をかけた。
え?
修平だけでなく、全員がその言葉に反応した。
「レッドがさっき示したルートは木戸君が言うとおり、どだい無理なモノだ。じゃあこのルートならどうかな?」
ホワイトの指が動く。
魅入られたように皆がその動きを見つめた。
まずは総央高校。校門前にその指が置かれる。
立入禁止区域は、校門のすぐ前にまで迫ってきているわけではない。
総央高校は山を削って、そのへこみに収まるようにして建てられた学校だ。
元が山のところに、遺跡があるはずもない。
その空白地帯を、指が山へと向かって東南に進んでゆく。
修平はその辺りの風景を思い出していた。
確か雑木林があるばかりで、特に目立ったモノがあるわけではない。うち捨てられた百葉箱ぐらいはあったような気がするが。
ホワイトの指はなおも進み、そのままでは先ほどレッドが示した迂回ルートを辿るかと思われた。
しかし指はそのまま山の中を、突っ切った。
ちょうど山の裾――まぁ崖になっているようではあるが――を斜めにつっきたことになる。山の端をかすめて通るような状態だ。
山から抜けたその指が、再び地上に姿を見せた場所は、山の入り口のほど近く……
ゴクリ。
誰かが喉を鳴らした。
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