第9話 第一章-8
呼ばれた二人は顔を見合わせてお互い目配せしあった後、同口同音にこう言い返した。
「「でも、ここの掃除が……」」
「後ですりゃいいだろう。とにかくこっちの用が済んだら、レッドの奴と寝転がってる馬鹿は帰るんだから」
修平は足下のホワイトを、軽く蹴った。
「大体、何だってお前らが掃除してんだ?」
「「それは……」」
また同じように目を伏せてしばらく逡巡していたが、やがて男子生徒の方、つまり清孝だけが答え始める。
「襲撃されて、僕は決死の覚悟で職員室へと行きました。だけど山本先生を連れてここに戻ったときには襲撃者達の姿はどこにもなく……」
さもありなん。
どんな些細なことにでも、必要以上の作戦を立案したがる今里のことだ。
この教室から職員室までの往復時間まで計算して、指揮を執ったに違いない。
「違うと言ったのに、山本先生は私たちが散らかしたんだと決めつけて、この掃除を……壁の傷まで治しておくようにって」
その後を引き継ぐようにして女生徒、つまり友子の方が話し始める。
それを聞いて修平にも大体の事情が飲み込めた。
(山本のおっさんも相変わらず大人げねぇなぁ)
通学路が変更されて、迷惑しているのは生徒だけではないのだ。
車で来ている職員はともかく、いわゆる〝アシ〟がない職員は生徒と同じ苦労を背負い込むことになる。山本はその一人なのだ。
そしてもっと大人げないサークルの連中が、文化祭前にとりあえずのウサを晴らしておこうと思い立ったのが今回の襲撃の真相なのだろう。
「ま、まぁこれ以上の厄介事もないだろうし、とにかくこっちに来てだなぁ……」
「その上、校内三奇人が一堂に会してしまうなんて、一体どうすれば……」
修平の慰めの言葉を聞きもせず、友子はさらに言葉を継いでさめざめと泣き出した。
それを聞いて修平の動きが止まる。心の中で数を数える。
一、二…………三……
「誰が奇人だ~~!!」
「「奇人はそう言うんです!」」
きれいにハモって、二人は言い返した。
その瞬間、修平も切れる。
「てめぇら! 人が大人しくしてりゃあ言いたい放題ぬかしやがって! 地獄を見せてやらぁ!!」
一歩踏み出したその足を、グッと捕まれる。
「い、いけない……グリーン……」
未だに起きあがることの出来ないホワイトが、弱々しい声で修平を引き止めた。
「ホワイト……」
「僕の見ていないところで、そんな面白いことをしないでくれ……」
修平は無言でホワイトの手を踏みつけた。
悲鳴を上げて飛び上がるホワイト。
それを無視して修平は廊下の二人に詰め寄った。
「右! 左! いい加減頭に来てるんだ俺は……言うこと聞いた方が身のためだぞ」
クマに縁取りされた修平の目がギラリと光る。
一も二もなく、二人は凄い勢いで首を縦に振った。
「じゃあ、地図を用意するんだ。それでこのゴタゴタはケリが付くはずなんだからな!」
自分で確認するように、修平は大声で叫んだ。
二人は顔を見合わせて恐る恐る聞き返した。
「「地図……?」」
「そうだ。この周辺の地図がいるらしい。このクラブにあるのか?」
二人は安心したように、再び首を縦に振る。
修平はそのまま振り返り、ホワイトに向かって怒鳴りつける。
「ギャーギャーうるせー!! 地図を広げる用意でもしてろ」
――事態が一応の沈静化を見せたのは、五分後のことだった。
「さて、仕切直しだ」
憮然とした面持ちで、修平は切り出した。
理科室特有の黒光りする机の上に、総央高校周辺の地図。
それを挟み込むようにして、修平達三人がそれをのぞき込んでいる。
そして、この部屋の主である郷土史研究会の面々は部屋の隅で丸くなっていた。
特に部長の木戸は、えっぐえっぐと時折しゃくり上げては、後輩二人に慰められているという、かなり恥ずかしい状態に陥っている。
「で、何がしたいんだ?」
ずっと引きずっていた疑問を、修平がレッドにぶつける。
「あ~っとね、説明する前に……」
レッドが木戸を睨む。
木戸は心底おびえたように、ズリズリと壁際へと後退してゆく。
「……お前……何言ったんだ?」
「たいしたことじゃないわよ」
言いながら、レッドは木戸を手招きする。
最初はいやいやと首を振っていた木戸だったが、ついに観念したのか地図の置いてある机へと近づいてきた。その背後には無論、木戸左、右。
「この地図に、今発掘中の遺跡跡の大きさを書いて」
コクコクと頷いて、木戸は持っていたボールペンで地図を囲ってゆく。
その大きさは尋常ではなく、地図の大半がボールペンの線によって囲まれてしまった。
「改めて見ると……でけぇな」
「まさにガルガンチュアの手のひらのごとく、という奴だね」
思わず声を出す修平とホワイトに、木戸が嬉しそうに鼻息を鳴らす。
「そ、そうなんだよ! この遺跡は古代史を揺るがすほどの……」
「木~戸!」
抑揚をつけたレッドの声に、木戸は顔面を蒼白にして黙り込んでしまった。
ここまで来るといささか気の毒にも感じる。
「これではっきりしたわ。もう残された手段はアレしかないわね!」
木戸の書き込みを確認しながら、レッドが一人宣言する。
「アレ?」
「そうよ、通学するためのもう一つの方法よ!」
「それって、バス通学以外って事か?」
「当たり前じゃない」
修平の確認に、レッドは毅然と言い返した。
「見て、今の通学路を辿るわよ」
レッドの人差し指がまず総央駅を指さす。
そのまま総央高校へと動き始めた指は、大きく右へと迂回し本来通るべきだった――通りたかった――道と平行に総央高校目指して北へと進んだ。
地図で見ると、その道にはさらに平行に川が流れていることがわかる。
(辰之川……?)
修平は無意識のままに、その川の名前を確認した。考えてみると自分の記憶の中にもその川の風景が出てくる。名前があるのだということを、今の今まで気付いてもいなかったが。
レッドの指先はそのまま問題の村上山の入り口に辿り着くと、指先は一転してうねうねとした動きを見せる。道が
そのまま緑安寺へと続く階段を横目に見ながら、今度もまた
果たして山を下りたところが、学校の真ん前というわけではない。
そのまま道なりに進めば県外へと抜けてしまうから、しばらく進んだ後、間道に入ることになる。方位で言うと山を下りて、南南西の方向に進む。
間道に入ってしばらくして見えてくるのが、校舎を取り囲む塀だ。
今度はそれを右手に見ながら、最後の気力を振り絞ってやっとの事で正門へと辿り着く。
これが悲惨きわまる現在の通学路である。
「問題は何処?」
レッドは顔を上げて、全員を見渡した。
「そりゃ、山だろう」
即座に修平が答える。
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