第8話 第一章-7

 廊下に飛び出してまず目に付いたのは、部室長屋の惨状だった。


 床にこぼれ落ちるBB弾。

 我が物顔で闊歩するSS隊員。

 肩を組み合って、勝利の凱歌を歌い上げる迷彩服の男達。


 二人の足音が響いた方向から考えると、どうもこのまっただ中を通ってゆかねばならないらしい。修平は大きく深呼吸すると、覚悟を決めて“戦場”に踏み込んだ。


 足下をBB弾に取られそうになりながら、出来るだけの速度で階段を目指す。

 二人の目的地がとりあえずわかっているのが幸いだった。


 郷土史研究会はクラブに昇格したので、当然に二階以上に――


 そこまで考えた時、修平の速度がゆるんだ。

 それを見越していたように、背後から声がかかる。


「榊クン、またあの二人の子守なの?」


 振り返ると、ショートの髪に活動的な大きな瞳。どこか幼さが残る可愛い顔立ちで、修平を見つめている女生徒がいた。その出で立ちはというと、胸が強調されたファミレスの制服姿で、何故か重機関銃を担いでいる。


 その筋の人間が見れば、涎が滝のようにこぼれ落ちるような風情ではあるが、修平はその手の趣味に関してはノーマルである。

 珍奇なその出で立ちに、思わず腰が引ける。


「あ……ああ。まぁ、そんなもんだ」


 相手の名前が、いまいち思い出せない。

 いつもあの格好――どこかのファミレスの制服――をしているので、わざわざ名前を覚える気にならないのだ。

 

 ――ファミレス。

 

 その言葉だけで、誰なのかが総央高校生徒全員に通じる。


 そのファミレスがキョンとした表情で、修平を見つめ続けていた。

 何か用があるというわけではないのだろう。

 修平のアクションを待っているようだ。


 幸いにして、修平にも尋ねることがあった。


「――郷土史研究会って、どの教室使ってるんだ?」


 ファミレスは担いでいた重機関銃――当然、エアガンのごついものだろう――を傍らに降ろして、小首を傾げた。


「榊クンは参加してなかったんだ」

「参加? 何に?」

「ああ、えっとね。好きモルとデルファンとりー研が同盟を結んでね。郷土史研究会に奇襲を敢行したの。あたしは徴収されて後方支援」


 修平は顔をしかめた。


 好きモル=好き好き大モルトケ。

 デルファン=デルタフォースファンクラブ。

 りー研=推理研究会。


 この三つのサークルは、総央高校でもトップクラスの武闘派集団である。

 サバイバルゲームでの実戦経験も豊富だ。


 この三つが手を組んで、さらに他のサークルからも腕利きを召集してまで攻撃を敢行したとなると、郷土史研究会は無事では済むまい。


 レッドとホワイトも――無事では済むまいが、安否を気遣ってやらなければならないような人種でもない。


「榊クンも参加してると思ってたんだけど」

「ちょっとな。立て込んでたから、遠慮したんだろ」


 この言い訳は嘘ではないが、真実でもなかった。


 「好きモル」の現・代表者――彼らのサークルの中では元帥と称されている――今里いまざとたけしはかつてテレビゲーム同好会にいたのだ。

 そこで修平と意見が対立し、最後には修平との拳の語り合いで、今里は文字通り叩き出されることとなったわけである。


 今里はシミュレーションゲームマニアだったのだが、修平の、


『戦略戦術考える前に、人として最低限の反射神経ぐらい持ち合わせてみろ』


 という言葉に激昴。


 勢いよく修平に殴りかかってきたのはいいものの、散々にやられてしまった。

 その後、趣味だけで「好きモル」を立ち上げて現在にいたるというわけだ。


 そんな事情だから、間違っても修平を誘うはずがない。 


「で、郷土史研究会の教室は? それとも、もう跡形もないとか」

「ハハハ、そこまでしないよ。ガラスとか割っちゃたら、いまさら校内暴力みたいで格好悪いじゃない」


 ――校内暴力じゃなくて校内武力行使という感じだしな。


 修平は頭の中で言い返す。


「かなりガス圧下げて、硬度も一番柔らかいBB弾使ったし、壁がへこんだぐらいだよ。」


 修平の心の声にはまったく気付かず、ファミレスの口は止まらない。


「そうそう、場所だったね、榊クン知らなかったんだ。三階の理科室だよ」


 ようやく出てきたその言葉にホッと息を付いて、修平は礼を言いファミレスに背を向けた。

 BB弾が転がる廊下を慎重な足取りで通り抜け、階段では大胆に三段飛ばし駆け上がる。

 階段ホールから勢い余って転がり出て、左右に首を振って方向を確認すると、理科室へ――


 ようやく辿り着いた理科室は案の定、異空間であった。

 教室の前で泣きながら、BB弾をちり取りで集めている二人の生徒。


 初見清孝と安西友子。


 共に一年生で、郷土史研究会の一員だったはずだ。

 この二人に例の木戸を併せて、郷土史研究会はこれで全員。


 二人は同じような眼鏡をかけて、一見双子のようにも見えるほど似ているが別に血縁関係はない。


 口さがない者は、


「木戸左、木戸右」


 などと呼んだりするがそれはこの二人が、始終木戸の後に続いて行動しているからである。しかも、その時のポジションが見事に右と左に別れていて、入れ替わったことがないので、そう呼ばれるても仕方がないところもあるのだ。


 とりあえず修平は、この二人を無視して、教室に近づく。

 改めて見てみると、何故か部屋の後ろの扉がレールから外れていた。

 

 修平そんな様子を鼻白みながら確認し、BB弾の一斉射撃を食らって弾痕の後も痛々しい壁を見ながら、部屋の中を覗き込む。すると、ホワイトが教室の扉を抱きしめて横転していた。


 その瞬間、修平は膝から下の力が抜けきったのを感じたが、意地で身体を支える。

 さらに、そのまま首だけ教室の中に差し込んで、レッドの姿を探す。


 だが探すまでもなく、レッドは体格も体積も倍はありそうな木戸を教室の隅に追いつめて、一方的に喋りまくっていた。

 内容までは聞こえないが、その口調から大幅に脱線しているだろう事は想像に難くない。

 恐らくは木戸が下手に逆らったのだろう。


 ――となると、


 木戸は自業自得だから放っておくとして、ホワイトを優先させることにした。

 一向に立ち上がろうとしないホワイトの近くにしゃがみ込んで、様子を見る。


「おお、グリーン」


 意地でもその呼び方を改めるつもりがないのか、ホワイトは修平を確認すると同時にそう声をあげた。


「僕はもうダメだ」

「よせ、変な期待を抱かせるな。で、何があった」

「実は……」


 修平の嫌味にはまったく構わないまま、ホワイトは物憂げに視線を逸らす。


「この教室は襲撃を受けていてね」

「知ってる」

「木戸君は教室での籠城作戦を選択したんだ」

「他にやりようもねえだろ」

「そこに僕たちが到着して、襲撃しに来たんじゃないと何度も説明したんだが、聞き入れて貰えず」

「お前とレッドじゃなぁ」

「さらにはレッドがいつものごとく短気を起こして、僕を扉に押しつけると『世界同時革命万歳!』と雄叫びを上げて、そのまま僕ごと蹴り飛ばしたんだ」

「……そして、現在に到るわけだ」


 見ればホワイトの白い学ランの背中辺りに、上履きの後がはっきりと確認できる。

 そこまでされて扉のガラスをかばったのは称賛に値するが、どうやらそれ以上の余力はないらしい。いつもの曖昧な表現が消えて、ここまで直接的に説明するだけのホワイトの姿がそれを証明している。

 

 それを確認した修平は半ば儀礼的に顔を覆った。

 大きくため息をつく。

 そして、そのまま無言で立ち上がると、廊下へ顔を出した。


「木戸右、左。用があるんだ入ってこい」

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