第7話 第一章-6

「でも、あの通学路の根本的な問題を無視して、文化祭にだけ力を入れるのはおかしいでしょう?」

「あ~そうとも言えるな、う~ん」


 会話が堂々巡りしている。

 修平が何とか停滞した会話を打開しようと模索していると、不意にホワイトが声をあげた。


「それはあれだね、なんというかラジカセ犬の事を思い出す逸話だね」

「「ラジカセ犬?」」


 修平とレッドの声がハモる。


「そうなんだよ。少女達の植物達への憧れ、あるいは将来に対する期待を象徴する、ある書籍に登場する逸話なんだがね――」

「ああ、思い出した! それって『動物のお医者さん』に出てくる犬の話ね」


 ホワイトの口上をさっぱりと切り捨てて、レッドがポンッと手を打った。

 かっさらわれたホワイトはそのままいじけて、ゲームに集中することに決めたようだ。


 BoooW!


 ……割にはやられているが。


「〝動物のお医者さん〟?」


 修平もホワイトを無視することに決めて、レッドに尋ね返す。


「ええと、そういう少女漫画があるのよ」

「はぁ、おまえでもそういうの読むんだな」

「いいのよ、そんなことは! で、そこに出てくるのがラジカセ犬のエピソードなんだけど……」

「その犬が主役なのか?」


 レッドが硬直する。

 そして次の瞬間には爆発した。


「いちいち、うるさいわね! いいから黙って聞きなさいよ!!」


 修平はやりきれないというように、頭を振った。


「つまりね! 子犬がいるのよ!」

「はいはい」

「で、動き回れないようにその子犬を飼っていた家の人は、ラジカセに繋いでおいたのよ」

「その子犬を?」


 レッドはもう一度、修平を睨み付ける。


「そうよ、子犬の力だと、それでも動き回るのが困難だというわけね」

「はぁ」

「で、その子犬は成犬になってもラジカセの周りから動けないわけ」

「大人になったんなら、動かすだけの力はあるんだろ?」

「当然ね。でも子供の頃に動けないと思いこまされたから、大人になってからもやっぱり動かせない物だと信じて疑わないわけよ。それがラジカセ犬のエピソード」


 なるほど――


 と頷いて修平は、何でこんな話をしていたのか一瞬見失った。


「ああと……これが……」


 どう繋がるんだ?


 ホワイトの言葉は難解だが、まったく関係のないことを言い出した事はない。

 何か関連があるはずだ。

 ホワイトが口を挟んだときに、話していたことは……


「でも、それがなんだって言うのよ」


 レッドも同じような結論に達したようだ。

 このままでは堂々巡り――


 修平の頭の仲で何かが引っ掛かる。

 それと同時に閃いた。


「そうか――」

「何が!?」

「いちいち怒鳴るな。いいか、多分こういうことだ――」


 美色がバス通学を打診した。しかしこれが拒否された。

 そのために署名運動という、客観的に見れば実現する可能性が高い方法まで拒否されるのではないか? と勝手に判断してしまっている。


 子供のウチに動けないと知らされたがために、動けなくなったラジカセ犬。

 初っ端にバス通学はダメだと知らされた生徒達もまた、バス通学の件は諦めている。


「意識してやったわけじゃなだろうけど、美色の奴もよくもまぁ……」

「やっぱり洗脳ね!」


 敢然と言い放つレッドに対して、今度は修平も言い返すことが出来ない。

 自分の信じるところを、他人に信じ込ませる。

 それも自然に。


 つくづく美色という男は指導者向き――というか独裁者向きの性質をしている。


「で、どうするのよ?」


 ごく自然な調子で、例えるなら何の計画も立てずに街でデートを楽しんでいる恋人同士の会話のように、レッドが修平に尋ねる。


「あ? 何が?」


 対する修平には、完全な不意打ちとなってその言葉は襲いかかった。


「決まってるでしょ! どうすれば署名が集まるのか考えなさいよ!」


 いきなり大上段に切り出すレッド。


「何で俺が! 大体、この状況で署名を集めようとするなら、バス通学以外の通学手段を示さなきゃならないんだぞ!」


 言い返す修平。


「わかってんじゃないの!」


 その通り、修平は思わず唯一の正解を叫んでいたのだ。


「じゃあ、今度は別の通学手段を考えて! 早く!」

「……お前も考えたらどうだ?」


 さすがに怒鳴り返すのも疲れた修平が、投げやりに答える。

 そうやって冷めた口調で返事をされたのが、思いの外こたえたのだろう。


 レッドは思わず口ごもって、逃げ道を探すように周囲を見回した。

 そして獲物を見つける。


「ちょっと、ホワイト。あなたも――」


 と、何か無理な注文を言いかけたレッドの言葉がそこで止まった。

 その不自然さにつられて、修平も顔を上げてレッドの方を見る。


 すると、レッドがホワイトの方に手をかけて、振り向かせようとしたところで、動きが止まっているようだった。

 その視線はゲーム画面が映し出されている、モニターをじっと見つめていた。


 修平も、その視線を辿るようにモニターへと目を向ける。

 見るとそこはグラディウスⅡのアステロイドステージ。


 前方にふさがる、小さな粒――これがアステロイド、つまり小惑星という設定なのだが――をどんどん破壊して、道を作りながら先へ進んで行くステージだ。


 ホワイトが目指すモアイステージはこの先で、さんざん苦労してやっとここまで辿り着いたのだろう。レッドに肩をつかまれても集中力を乱さず、ギリギリのところで道を作り、何とか前に進んでいる。


(これはなんとかなりそうだな)


 この面を完全に記憶している修平は、漠然とそんなことを考えた。

 さらに意識して、レッドが何を見て固まっているのか考えてみる。


 見ると、レッドの空いている方の手は、再びあの〝登って下りて〟の曲線を宙に描いていた。

 声も聞こえる。


「……登って……下りて……」


 どうやら通学路のことを考えているのは間違いないようだが。

 修平が再びモニターに目を向けようとしたその時、突然レッドが絶叫した。


「そうだわ!!」


 修平は呆気にとられて、反応できない。

 ホワイトはモニターに集中して、反応しない。


「そうよ、そうだったんだわ。慌てないで……そう、確かめてみないと、そう地図!!」


 レッドの絶叫は続く。

 呆然と見つめる修平。


「地図よ! 地図がいるの! この周辺の地図があるのは何処!?」


 誰に向かって言っているのか、ひたすら絶叫を続けるレッド。

 半ば腰を引き気味に修平はその様子を見続けた。


 ただ、今度はホワイトが反応した。

 ピクリと体を動かす程度だったが。


「何処!?」


 レッドはそれに過敏に反応する。


 ちょうどホワイトは神経を使う、アステロイドステージを突破したところだった。

 余裕が出来たのか、いつもの調子で口を開く。


「チャンスの女神には前髪しかないというが――」

「あんたの詩の朗読には、後でいくらでもつきあって上げるから、今はとにかくその詩の最後の行を言いなさい!」

「運命は悪魔にささやく」

「その三行前!」

「郷土史研究会」


 聞くやいなや、レッドはテレビゲーム同好会の部室を飛び出した。


「汚いぞレッド!」


 続いてホワイトが迅速に反応した。


「僕の詩を聞く約束じゃないか!」


 ゲームを放りだして、レッドの後を追うホワイト。


 ダダダダダダダダダダ……


 遠ざかってゆく駆け足の音。

 その音で、自分が取り残されたことを修平は自覚した。


 何となくモニターを見る。


 ホワイトが求めていたモアイの様子がうかがえる。

 モアイが大きく口を開けて、リング状の何かを吐き出した。

 それはふらふらと自機に寄ってゆき――


 ズガァアアアン……


 派手なSEが響いて自機が爆発する。

 そして数瞬後に輝く、GAMEOVERの白い文字。


 修平はしかめっ面で、その一連の出来事を見ていたが、やがて両手で頭をかきむしって悪態を一言二言吐き捨てると、勢いよく立ち上がった。

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