第6話 第一章-5
そんな風に、なんだかんだと理由を付けて、文化祭のために予算を使わない自信が修平にはあった。
「それに何だ、人を呼ぶためとはいえ、それでサークルの方針を変えるのも間違ってると思うし」
その自信を裏付けるように、こういう風に理屈も出てくる。
「ああ、それについてはまったく同感だね。つまりアイデンティティの確立というのは、たゆまぬ
ホワイトも理屈では負けていない。
「要するにお前もどうしようもないんだな」
クマに縁取られた目つきをさらに厳しくして、修平はまとめた。
「あのねぇ、グリーン。君は完結に物を言いすぎるよ。せっかく美しい言語を操る国に生まれたんだ。〝愛してる〟をI Love Youとしか言えないような不自由な国に生まれたんじゃないんだから……」
ドカン!
その時、テレビゲーム同好会の部室の扉が再び開かれた。
ほとんど破壊活動を受けたような勢いで。
幸いにして、扉が襲いかかってくる方の壁にはいなかった修平が、恐る恐る入ってきた人物を確かめる。
「…………レッド」
修平は思わず頭を抱えた。
(なんだってこいつらはウチの部室に集まって来るんだ?)
総央高校名物のもう一人が現れたのだ。
本名、支部紀美子。
彼女がレッドと呼ばれる理由は実に簡単である。
――彼女は共産主義者なのだ。
それを主張するために彼女はいつも人民服を着ているのだから間違いない。
「榊! 今日の美色の話を……ホワイト! 榊は何処にいるの!?」
「お前の横だ」
嫌々ながら修平が声をかけた。
もう少し静かに喋れと付け足しながら、レッドの方へと向き直る。
ちょうどレッドも修平へと向き直ったところだった。
ポニーテールに結んだ、髪の穂先が勢い良く揺れている。
キッと据えた眼差しが修平を射抜く。しかも背が低いので自然に上目遣いになるという、特殊効果まで追加中だ。
修平は思わず言葉に詰まる。
アーモンドの瞳に、小振りで形のいい鼻梁。意志が強そうに引き締まってはいるが、柔らかさも実感できるようなピンク色の唇。充分に美少女で通る顔立ちで見つめられれば無理もない。
――もっとも眉間のしわが全てを台無しにしているのが。
「今日の会議、どう思った?」
「ど、どうって?」
出し抜けなレッドの問いに気圧されながら、修平が中途半端に返事をする。
「どうなの!?」
「それは……今、ホワイトとも話してたんだが、今回は見送りってことで……」
レッドはそれを聞いて、大きく目を見開いた。
今まさにレッドの癇癪が爆発する。
修平は心理的に対ショック姿勢を整えた。
――が、
レッドはそのまま沈黙してしまった。
「そう……そうよね。やっぱりそういう風に考えるわね」
小さくレッドが呟いた。
「何が言いたいんだ?」
「……私が言いたいのは文化祭の事じゃないのよ」
レッドは棚に立てかけてあった、パイプ椅子を勝手に広げて腰を下ろした。
仕方なく修平もそれにつきあって、同じように腰をかける。
何気なくホワイトの方を見ると、モニターに輝くゲームオーバーの文字。
相変わらず下手だ。
ともあれゲームに夢中で、こちらの会話に参加して来るつもりはないらしい。
「問題は通学路なのよ。いつの間にか美色が入れ替えたけど、あの通学路を何とかしないと、結局人は集まらないと思うわ」
「ふむ……」
レッドの方もホワイトを無視して話し続ける。
修平もなんとなく相づちを打つ。
打ってから、レッドの言葉を考えた。
確かに彼女の言うとおりなのだ。
いみじくも会議の席でホワイトが指摘した通り、今のままの通学路をさらしてしまえば、逆に生徒が集まらなくなる可能性の方が高い気がする。
「あなたは、人民の敵の砦から出てきてるんだから、下りて登ってで済むけど、私たちは登って下りて、登って下りて……」
「いいかげんやめないか、それ」
共産主義者を自認するレッドにとっては、仏教だろうとなんだろうと宗教一般は大衆の麻薬であり、駆逐すべき敵だ。
つまり緑安寺の息子である修平は、生まれながらにレッドの敵ということになる。
もちろん緑安寺自体も、敵の砦という言葉に置換されていた。
「別に俺は跡を継ぐ気はないし……どうした?」
告発しておいて、レッドは何かの考えに囚われているのか、修平の言葉を聞いていないようだった。指先で宙に絵を描きながら、何かをブツブツと呟いている。
「登って下りて……この辺が引っ掛かるのよね」
「何に?」
「もちろん通学路についてよ、何かいい方法が……」
そこまで言いかけたレッドは再び眉根を寄せた。
だがやがて、ハッとなって修平を見つめ、叫ぶ。
「大衆の麻薬~~!! よくも話を逸らしたわね!」
「お前が勝手に逸らしたんだろうが!」
もちろん、そんな当たり前の反論に耳を貸すレッドではない。
「危うく巧妙な言葉に騙されるところだったわ。と・に・か・く!」
一音節ずつ区切って、レッドは修平に指を突きつける。
「あなたみたいに楽して通学してる人間には、この苦労はわからないわ!」
「……夏休み前までは、誰よりも苦労して通学してたんだがな」
何しろ山の上に家があるのだから。
「それにしたって大変さは想像できるさ。だからおまえの言うことに分があるのもわかる」
「じゃ、署名運動に協力してよ」
「署名……?」
修平は訝しんだ。
「何に対する署名なんだ?」
「バス通学にして貰えるように、理事長に直訴するのよ」
「そりゃ、ダメだったんだろ」
確かに美色がそう言っていた。直談判もしたと。
「そんなの美色が一人で言ったことじゃない。真剣に受け取って貰えなくても仕方がないわ」
「まぁ……説得力は一応あるな。珍しいことに」
「当たり前よ! 労働者は解放されてしかるべきなのよ!」
途端に台無しにするレッド。
「それなのに、他のサークルの連中ときたら話を聞きもしないで、文化祭の準備が忙しいから後にしてくれ、ってその一点張り。みんな美色に洗脳されてしまって」
「洗脳って……お前なぁ」
「だってそうじゃない! 確実な手段ならともかく、あんな行き当たりばったりの計画に誰も疑問を持ってないなんて」
言われてみれば確かにそういう状況でもあるのだが、美色のやり方は至極まっとうな物だと修平は思う。
まさかレールを敷け、ヘリを用意しろ、などという無茶も言えないだろうし、交通手段を改善するとなるともうこれはバスしかない。
それがダメなら――現実にダメそうではあるのだが――この学校に好印象を持って貰って万難を排してでも通学して貰えるように促すしかない。
そのために外来の人も足を運びやすい文化祭を利用する。
レッドの言うように行き当たりばったりのようでもあるが、新学期開始と同時に持ち上がった問題であるからこれは仕方がないし、バス通学の打診等の対応は迅速と評価されてもいいだろう。
やはりケチをつけるべきところはどこにもない。
「それは結局、美色に洗脳されたんじゃなくて、それしか正解がないとみんな気付いたからじゃないのか?」
たっぷり時間をかけて後、修平はやっとそう返事をした。
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