第5話 第一章-4

 赤い複葉機が飛ぶ。

 かなりの年代物だ。

 飛ぶ先には観覧車。どうやら遊園地の上を飛行しているようだ。


 複葉機の後部には鎖が付いており、その先にはフックがくくりつけてある。

 そして、そのフックには、なぜかホッピングが引っ掛かっていた。


 そんな複葉機の前に――


 わらわらと、青い複葉機が現れる。


 敵意を持っているのか、赤い複葉機に向かってバラバラと弾を吐き出してくる。

 赤い複葉機はその弾を華麗に――かわさない。


 あっさりと直撃を食らって、複葉機は爆発炎上。


 しかしパイロットは間一髪脱出して、フックに引っかけてあったホッピングに飛び乗る。

 そしてどこから取り出したのか、拳銃らしき物を振りかざして、頭上を飛ぶ複葉機に向かって、無謀にも発砲する。


 だが、青い複葉機はその貧弱極まりない拳銃の弾を受けて、どんどん墜落していった。

 そのままパイロットはピョンピョンと跳ねながら、空に陸にと襲いかかってくる数多の敵を拳銃一本で粉砕して行く。


 ついには観覧車にまで狙いを定め、狂ったような連射の後、ついには観覧車を支柱から切り離す。離された観覧車はパイロットの進行方向に向かってゴロゴロと転がって行き……


「また、そのゲームかい?」


 声をかけたのは、会議室にいた白ランの男。

 声をかけられたのは、眼鏡をかけた目の下のクマがもの凄いことになっている男。


「……ホワイトか」


 ゲーム画面を映し出す、32インチモニターの明かりに照らされながらクマ男が答える。

 ちなみに、この部屋には見る限り窓はなく当然の事ながら照明器具もない。

 まるで、ほら穴の中のようで、実にゲームをするのに最適の環境でもある。


「死んじゃったけど、いいのかい?」


 ホワイトと呼ばれた――そのまんまだが――男がモニターを指さしながら、指摘する。クマ男の方は特に表情を動かすこともなく、


「まぁ、あまり真剣にはしてなかったしな。ホッピングでクリアできるのか、試していただけだ」

「そう……じゃあ、いつものお願いできるかな?」

「ああ。また、何か考え事か?」

「そうだよ。こういう時には、やっぱり彼らの横顔を見るに限るよ。なにしろ哲学を感じるからね」

「グラディウスⅡのモアイに何を感じるっていうんだ……」


 ブツブツ言いながらも、クマ男はデータイーストの「グレート・ラグタイム・ショー」の基盤を外して、コナミの「グラディウスⅡ」へと基盤を繋ぎ直す。

 そして自分が座っていたパイプ椅子を、ホワイトへと譲った。


 ホワイトはそれを受けて、長く伸びた前髪を指に絡めてもて遊びながら、気障ったらしく席に着く。

 クマ男はそのまま入り口近くの壁に背を預けて、ぼんやりとモニターを見つめた。


 部屋の広さは、通常の教室の半分……ぐらいはあるはずだ。

 陽光を採り入れるべき、大きな窓の前には例の32インチモニター。

 その左右に配置されたスチール棚には、みっしりと何かの電子機器が縦置きに積み込まれている。


 唯一、壁が露出している部分は電源関係のスイッチ類がある入り口付近で、今はそこにクマ男が背を預けていた。

 ここはテレビゲーム同好会の部室である。


 校舎の西館、一階のほとんどがいわゆる部室長屋。数多のサークルはここに部屋を与えられていた。この上の階の特殊教室――視聴覚教室や家庭家準備室等――が正式なクラブにあてがわれている。


 このあたり、クラブとサークルとどちらが優遇されているのかはっきりしないが、一クラブあたりの使用可能面積で考えるなら、一応クラブの方が優遇されていると解釈できる。


 そして、いかにもこの部屋の主なクマ男が、テレビゲーム同好会部長のさかき修平しゅうへい

 比較的人気がありそうなサークルなのであるが、現在のところ部員はこの修平しかいない。


 言うまでもなく元凶は修平自身である。


 修平はゲームといえばシューティングゲームしかやらない。

 さらに言うと、他のジャンルのゲームはゲームと認めていない。

 修平は部長でもあるので、この考え方は当然サークルの運営方針になる。


 ……というのはさすがに、修平の部長就任当時は存在した、他の部員の大反発を招いたのだが、修平はゲームの腕と実際の腕っ節とで、ことごとくそれを排除。


 ――そして現在の惨状に到る。


 今年の春には、興味を持ってやってきた新入生もいたのだが入部テスト――修平が取り出す東亜プランの基盤群――の前に散っていった。

 そうやってサークルとしても、かなりの零細ぶりを誇ることとなったのだが、


「俺が卒業したら、好きにやってくれ」


 と修平は公言していて、現状を改めるつもりはないらしい。


「ところでグリーン」

「その呼び方やめろ」


 ホワイトの呼びかけに、修平は即座に応じた。


「僕だけ色で呼ばれるのは不公平じゃないかな?」

「安心しろもう一人いる」

「ああ……彼女だね」


 ホワイトはうんうんと頷いた。


 修平をグリーンと呼ぶには、あまり根拠がない。


 通学路の変更によって、全校生徒が知るところとなった〝緑〟安寺の一人息子であったりとか、シューティングゲームで一向に危機に陥ることがないから〝コンディショングリーン〟でグリーンなど苦しいものばかり。

 いかにも根拠が薄いので、これはほとんどホワイトしかそう呼ぶことがない。


 かたやホワイト。


 本名は藤原ふじわら英輝ひでき。だが誰もこの名前では呼ばない。

 全校生徒から陰に日向にホワイトと呼ばれている。


 定期テストの最中、答案用紙の裏で詩作に耽って〝白〟紙で提出。

 夢見がちな言動で、きっと脳味噌が漂〝白〟されているに違いない。

 色素の薄い、髪と瞳の色からも何か漂〝白〟されているという印象を受ける。


 ――ぶっちゃけると〝白〟痴に見えるので。


 またそれを証明するかのように、現在留年して二回目の二年生生活を送っている。

 所属サークルは藤原英輝研究会。

 修平とは逆に、彼が卒業した後には何も形が残らないこと間違いなしのサークルである。


 ホワイト自身は、研究材料としての自分のポートレートと、多くの詩を残すことで、研究は続けることが出来ると主張しているが、現状として彼以外に部員がいないのであるから、その行く末も知れたものである。


 先ほども触れたが、色素の薄い容貌で、それにつれてか線も細い。

 貴公子じみた容貌と夢見がちな言動。

 先ほどの会議室での出来事が象徴するように、ほとんどの生徒から見て見ぬ振りをされている。触らぬ神に祟り無しといったところだ。


 このホワイトが修平と親しいのは、超弱小サークル同士と言うこともあるのだが、対外活動的に同じ場所に行くことが重なったからである。


 修平は基盤を求めて、大阪は日本橋に――

 ホワイトは特殊な衣装を求めて、同じく日本橋に――


 ちなみにホワイトが白ランのような特殊な衣装を身にまとうようになったのは、ホワイトというあだ名が一般化して以降である。


「で、何だ?」


 壁に背を預けたまま、修平が問いただす。


「さっきの会長の話……君はどうする?」

「さぁ、言いたいことはわかるけど、特に協力する気はないな」

「ああ、何とも不可分な言い様だね。可能不可能を棚の上に押し上げて、自分の意志を優先させる……」

「わかったわかった。そうだよ。参加したくてもウチじゃどうしようもない」


 ゲームをやらせるにしても、モニターは一つだし部員も一人。

 自分のテクニックを見せつけるにしても、この部屋では狭すぎる。


 美色の言い様では、文化祭前に特別予算でも下りそうな雰囲気だったが、今自分が金を持たされたら……


(あの基盤、まだ残ってるかなぁ)


 来年度予算で購入を考えていた、レア物の基盤の姿が脳裏に浮かぶ。

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