第4話 第一章-3
「バスの件は充分に説得力があると思うけどな。なんでダメなんだ?」
橋本が重々しく尋ねた。
その問い掛けに美色は苦々しげに、顔を歪める。
「今のこの現状が、言い訳にされてしまった」
「現状?」
橋本の眉が上がる。
「うちの親父もこの通学路の変更にはさすがに恐怖心を抱いていたようなんだが、今現在の登校者数、そして遅刻者の数、この全てが夏休み前と変わらない」
美色は部屋の中にいる全校生徒の代表者達を睨め回した。
「この数字自体は生徒会長としても大変喜ばしい数字だが、まさか向こうの言い訳に使われるとは思わなかった」
父親との交渉の顛末を思い出してきたのか、美色の額に血管が浮き出てくる。
「『これだけ数字が変わらぬのなら必要あるまい』だと! 総央高校に通いもしなかった奴が何を言うか! この学校は特別なんだ!」
美色は本気で怒っていた。
「一度この学校の校風に馴染んでしまえば、夏休みですら惜しくなる。あれぐらいの山一つで、遅刻してたまるものか! ましてや欠席など……」
この美色の言葉に、部屋の中のほとんど一同が思わず頷いていた。
美色の言葉はかなり極端な表現だが、それと似たような思いを総央高校の生徒達は抱いていた。入学して半年足らずの一年生でさえ、この高校がかけがえのない雰囲気を持った学校であるということは察している。
「で、だ」
区切った発音で、美色は自らの激情を打ち切った。
それはまた同時に、部屋中の生徒達の注意を喚起する。
先天的に指導者体質なのだ。
「気付いている者もいるだろうが、このままでは遠からず学校は危機を迎えることになる」
「危機?」
部屋の中から誰彼ともなくオウム返しに質問されて、美色は深く頷いた。
「来年度の話だ。ウチの学校はいうまでもなく私立だから生徒数が集まらなければ話にならない」
「それは……」
反論しかけた誰かがそこで黙り込んだ。
おおよそ〝ウチはこれでも名門校だから……〟と続けようとして、思い出したのだろう。
朝に越えてきた、あの通学路と呼ぶには厳しすぎる山道を。
「その通りだ。この学校の水に馴染んだものならともかく、初めてあの山を越えてきた者に残るのは何だと思う? 疲れか? 倦怠感か? 絶望か?」
美色はバンッと机を叩いた。
「何にしても行き着く先はこうだ。『二度と来るものか』」
部屋の中にため息が溢れる。
そして次にははっきりとした意志が、木戸へと向けられた。
今度も木戸は鼻息を――というわけにはいかなかった。
今、美色が話したような事態は完全に木戸の予測外の出来事だったのだろう。
面の皮の防御力を上げていた、何らかの理論武装が崩れ去っていた。
普段は血色の良すぎる顔色が完全に青ざめている。
「――で、どうする?」
棚架がボソリと美色に話しかけた。
「とにかく一月後にチャンスがあるだろう。文化祭だ」
「ああ……」
それを聞いて、棚架は深く頷きそのまま黙り込んでしまった。
「文化祭か……」
その棚架の後を引き継ぐように、橋本が一人ごちた。
「そうだ、とにかくこの学校に来てもらわない事には話にならない。文化祭用の生徒会予算は、広報活動用に大部分を回すことになる」
厳かに宣言する美色に、ほとんどの物があきらめの表情と共に頷く。
「それってさ、自分の首を自分で絞めることにならないかな?」
部屋の端の方。議長席のちょうど真向かい辺りに佇む白ラン姿の――よりにもよって――男子生徒が愉快そうに疑問の声を上げた。
その異様な出で立ちの生徒を、部屋の中の全員が木戸を見るのとはまた違った視線で見つめる。そして全員が、その生徒を黙殺することに決めた。
「……今年の文化祭のテーマは〝受け〟だ。バスの件と引き替えに理事会が横やりを入れる事がないように取りはからった。存分に好き勝手してくれ」
「先生の方は?」
「ここは私立だ。理事会を抑えれば、教育方針の名の下に、雇われ教師を抑えることなど簡単な話だ」
棚架の問いに、美色は不遜に言い放つ。
「でもよ、予算が少ねぇんだろう? 理事長がそんなだし」
続けて橋本が問いただす。
「今、総央駅駅前の商店街と交渉中だ。ウチの生徒がいなくなるのは、あの商店街にとっても死活問題だからな。パンフレットに店の名前を載せることと引き替えに、援助金を出すように要請している」
「……汚ねぇ」
誰かが呟いた。
「それがどうした」
美色は胸を張って言い返す。
そして、豪快な笑みを浮かべた。
「俺は何をしても、この文化祭を成功させるぞ」
それにつれて部屋の中からも、失笑じみた声があがった。
「だから、今日の本題だ。各学年、クラブ、そしてサークルの代表者」
それでも美色は意志を込めた眼差しで、部屋の中を見回した。
「みんなの協力が必要なんだ。頼む、一つ盛り上げてくれ」
美色は机に手をついて深々と頭を下げる。
その横で澪も、上品に頭を下げていた。梶原もそれに倣っているのは言うまでもない。
「わかったよ、生徒会長」
橋本が一同を代表するかのように、そう答える。
「体育会系のクラブは、俺に任せてくれ」
「文化祭の華は、文化会だろう」
わずかながらに対抗意識を燃やしたのか、棚架が後を続ける。
「文化会も、もちろん全面的な協力を約束する」
そして、部屋の壁に張り付いているサークル代表者達をかえりみる。
「無論彼らも、協力は惜しまないだろう。部員の数が増えないとなったら、それこそ彼らにも死活問題だ」
「……だな!」
今度は橋本が後を引き継いだ。
それと同時に、文化会系よりは圧倒的に数が少ない、後ろに立ち並ぶ体育会系のサークル代表者を恫喝じみた視線で振り返る。
「よし、後は各クラスの協力だが……大丈夫そうだな」
頭を上げた美色は、各クラスの代表者の引き締まった表情を見て確信の笑みを浮かべる。
「今日の会議はここまでだ。とりあえずの決起集会みたいなものだな。クラブ、サークルの代表者はこのまま各部員に伝達してくれ。クラスの方へは明日の朝のホームルームで、よろしく頼む」
皆が――ほとんどが――頷いて、会議は閉会となった。
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