第3話 第一章-2

 議長席に近い方のドアから入ればいいのに、わざわざ一番遠くのドアから会議室に足を踏み入れ、モーセよろしくサークルの代表者達をかき分けながら、議長席へと近づく。

 そんな様子を見て誰彼とも無く、ため息が漏れた。


 美色みしき輝正てるまさという男は、こうやって自分の権力を確認するのが大好きな男なのだ。


 総髪と呼んだ方がしっくりとくる、長めの髪を後ろに流した髪型。

 今にもあごの先が割れそうな、がっしりとした輪郭。

 切れ長の瞳、通った鼻筋、引き締まった口元。


 異相でもあり、美丈夫でもある。


 百八十を越える身長を包む服装はというと、どうやって暑さに我慢しているのか、いわゆる長ランという奴で、裾を足に絡めながら大股に闊歩している様が、あたかもマントを翻す将軍という風情である。


 また美色という名が示すとおり、総央高校現理事長の息子であり、ひいては家が資産家であることに間違いはない。

 さらに加えて成績優秀、スポーツ万能と手が着けられない有様だ。


 一年の頃から生徒会活動に参加。


 そのカリスマ性、指導力は理事長の息子という肩書きを除いても、周囲から一目おかれるに充分であり、三年生の引退に伴って夏休み明けに行われた生徒会選挙で、圧倒的大差を以て生徒会長に選出されている。


 その美色の後ろに続くのが副会長の曾根崎そねざきみお

 これまた真っ黒な冬服のセーラー服である。


 美色と並んでいるために目立たないが、百七十にせまろうかという、女性にしてはかなりの身長に、腰どころか膝裏まで届きそうな長い黒髪。

 白皙の肌、桜色の唇と、充分に整った顔立ちは和風的な美人である。

 黒目がちの瞳はそっと伏せられており、それを彩る長い睫毛が震える様は何とも言えず風情があった。


 彼女が美色と婚約している、というのは総央高校で囁かれる未確認の噂話ではあったが、生徒会長選挙出馬と同時に美色が発表した人事案は、その噂を半ば公認した形となった。


 才女としても知られる澪に、勇気ある男子生徒が玉砕覚悟で告白と同時にこの噂を問いただしたところ、彼女は艶然と微笑むだけだったという。

 もっとも、その男子生徒にしてからが立派に玉砕したわけなので、いよいよその噂は強い確信と共に学校中に知れ渡ることとなったのではあるが。


 この生徒会幹部にして、学校中の耳目を集めるカップルは悠然と歩を進め、やっとの事で議長席に辿り着いた。


 まず澪が音もなく、整然と自分の席に腰を下ろす。

 それを確認し、美色は自分の席のパイプ椅子をザッと引き出した。

 そのまま勢いよく腰を下ろしてパイプ椅子に悲鳴を上げさせると、今度は足下に絡みつく長ランの裾を両手で後ろへと振り払い、その勢いで肘を机の上に叩きつけるようにして乗せ、その指を絡ませ手目の前で組んでみせる。


 仕草がいちいち芝居がかっていた。


「まずこれから報告しよう。今親父と話をしてきたんだが……」


 口を開くと、美色はいきなりこう切り出した。

 親父というのは無論、現理事長である美色みしき昭人あきとのことであろう。


「かねてから俺が提案していた通学バスの件は完全にダメになったと考えてもらいたい」 


 会議室が完全な静寂に包まれた。

 幾人かは渋い表情を浮かべているが、ほとんどの出席者は美色が何の話をしているのかまったく理解できなかったのである。


「おい、美色」


 そのうちに文化会側の壁に立っている一人――何かのサークルの代表者であろう――から声が上がった。


 猫背気味の細い身体。とがった顎に小さな丸眼鏡。

 その眼の下には十重二十重にどす黒いクマが取り巻いているという、ほとんど悪夢の世界の住人のようなビジュアルをしている。

 普通の夏服に身を包んでいるところが、救いといえば救いだろうか。


 その男子生徒は美色の注意が自分に向けられたのを確認してから、ゆっくりとした口調で後を続けた。


「すまんが、お前が何を言ってるのか、さっぱりわかんねぇんだが」


 その言葉に美色はポカンと口を開け、ついで眉を寄せ、最後にかたわらの澪へと振り返った。


 澪は黙って手持ちのノートを開いて、それを美色に示す。

 恐らくは議事録のようなものだろう。

 それを見ていた美色は、すぐに大きく頷いた。


「そうか、すまん。全員に話したわけではなかったな。実は通学バスの用意が出来ないか、親父に打診していたんだ」


 美色はそこでいったん言葉を切ると、一息入れてそのまま続けた。


「遺跡が発見されて後、我が校生徒は通学に際し、非常に困難な道を選ばざるを得なくなったわけだが……」


 そこまで美色の言葉が進んだ時点で、当然と言うべきか木戸の元へ再び視線が集中する。


 しかし木戸は相変わらず鼻を鳴らすだけ。

 美色の方は無理に視線を固定しているのか、真っ直ぐに前を見つめたままだ。


「中古の観光バスの三台でも用意できれば、この問題は解決できると俺は考えた」


 最寄りの総央駅前から、ピストン輸送をかければ、朝が早くなるのは変わらないにしても、体力の消費は随分抑えられる。


「が、結果はさっきも言ったとおり全然ダメだ。親父の奴は取り合わない」


 学校における経営上の責任者は理事会、そして理事長ということになる。

 経理関係も当然理事会が握っており、美色はそこに直談判に及んだらしい。


 公私混同と言ってしまえばそこまでだが、この行動力こそが美色の真骨頂でもある。


 ――例え失敗に終わったとしてもだ。

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