あずまと魔人

短編

 日本を含め、世界には人と人外が存在する。


「一説によると、ぬらりひょんは百鬼夜行の一員であったとされ……」


 奇怪キカイの授業を聞きながら、北原きたはらあずまは午後の暖かさによって微睡み始めていた。

 季節は4月の下旬、数日後には5月の連休が控えている。


 あずまたちのご先祖様が生きていた時代は、日本史や世界史はあれど、奇怪史は存在していなかったらしい。現代人にしてみれば、世界で認知されている人口が人間だけだった時代など、想像しにくいものである。


「西川、続きを読んでくれ」


「……へ?」


 教科書を読んでいた教師が、教壇の真ん前の座席に座る生徒を指名する。突然の要求に、西川にしかわ美浪みなみは間の抜けた声を出した。


 彼、美浪は魔人である。小さな三角形の角が、頭上の左右に生えている。先っぽが矢じりのような尻尾もある。


「えーっと…… あず! 何ページの何行目!?」


 美浪は教師への返答に詰まると、クルッと勢いよく振り返った。声を潜めて後ろの座席のあずまに問いかける。潜めた声は、静かな教室ではよく聞こえた。


「17ページの3行目。……それ数学の教科書だろ。今、奇怪史」


「まじか!」


 残念ながら、魔人族の友人は受けている授業科目から間違えていたようだ。


「授業はよく聞いとけよー。西川、ついでに放課後、先生の雑務を手伝ってくれ」


「えー。いいよ」


「いいのかよ」


 あっさり承諾した目の前の友人に、思わず心の声がこぼれてしまった。


 ◇◇◇


 放課後の教室には、これから部活へ行く生徒や残って勉強に勤しむ生徒たちがいた。人間と人外比率は五分五分だ。


「あず、ありがとな! さすが親友」


「腐れ縁だ」


 あずまと美浪は、地元が同じで小学校からの付き合いだ。入学した高校は電車通学である。同じ高校に入学したのも偶然だし、2年連続でクラスメイトになったのも偶然だ。


 次の奇怪史の授業で配布する資料を、あずまと美浪は手分けしてホッチキスで留めていく。


「なぁ、あず」


「なに?」


「なんで俺に彼女ができないんだ?」


「美浪クオリティだろ」


「俺はイケメンだぞ」


「……」


 美浪の言う通り、彼は整った顔立ちをしている。サラサラな金髪に、宝石みたいな赤い目をしている。男でも息をのむ程の美形だが、口を開くと少々残念だ。故に、親しみやすいことも事実だが。


「なぁ、あず」


「なに?」


「どうしたら彼女ができるかな?」


「好きな子にアプローチしたら?」


 美浪はスタイルも含めて、容姿が良い。少し阿呆なところもあるが、正しく人望もある。見目の良い男にアプローチされれば、例え男が阿呆でも嫌な気はしないだろう。


 あずまの提案に、美浪は不思議そうに首を傾げた。


「好きな子って……?」


「アイ ラブ ユーのユー」


「あい、らぶ、ゆ……」


「純情か」


 あずまの説明を復唱しながら、美浪の顔は徐々に真っ赤に染まっていった。魔人系美少年は、相当な純情男子のようである。……なんで彼女とか言い出したんだ。


 美浪から顔を背けて窓の外を見ると、ふと視界に男子生徒が映った。フサフサな毛並みの耳と尻尾を持つ彼は、隣のクラスの狼男だ。


 狼男の少年は、あずまたちと向かいの特別教室棟にいた。窓から外を見下ろしている。

 彼の視線の先を辿ると、中庭で友人たちと話している女子生徒の姿があった。彼女は狼男少年と同じクラスだったと記憶している。大きな赤いリボンが印象的な、ポニーテールで小柄な女子生徒だ。


 狼男少年、冴木さえきが同じクラスの女子生徒、赤染あかぞめにラブフラグを掲げていることは、有名な話だ。自分の想いが周知されていること、自分に好意が向けられていることに気づいていないのは、同学年において本人たちだけであろう。


「よし! あず、先生の手伝いが終わったら、ラーメン食べて帰ろう!」


「そうだな」


 ◇◇◇


「あずー! あずあずあずあずあずあずあずあず……」


「うるさい!」


「ど、どどど、どうしよう!」


「なにが?」


「これ!」


 翌日の朝、教室で友人たちと話しているところに、美浪による怒涛の名前連呼に振り返る。教室に駆け込んできた美浪はあずまの肩を組み、自身に引き寄せた。2人は教室の隅っこにて、小声の会話を繰り広げる。

 あずまは美浪の持っていた手紙を受け取って、促されるままに黙読した。


「……謝罪には付き合ってやる。どこで拾った」


「違うよ! 俺の下駄箱に入ってたんだ!」


 手紙の内容を要約すると『好きです』。つまりラブレターだ。しかも文末に書かれている送り主は赤染あかぞめいちご、隣のクラスの赤染さんだ。


「今日のお昼休みに屋上で、って書いてあるんだよ! 行くべき…… だよな!?」


 嬉しいのか戸惑っているのか、通常の割り増しでテンションが高い。


「お前が受け取ったなら、行くべき…… じゃね?」


「なんで首傾げるんだよ!」


「俺、告白されたときの対応なんて知らねぇよ」


 あずまの返答に、美浪が目を見開く。


「……嘘だろ。俺でもコクられたことあるぞ」


「喧嘩売ってんのか?」


 例え阿呆とは言え、人外レベルの美形と比べるな。いや、実際に美浪は人外だけど。


「ていうか、告白されたことがあるなら、彼女欲しがる意味が分からない」


「『俺はお前が嫌いだ!』って男から告白されたことあるよ。夕焼けでオレンジ色に染まる教室で」


「無駄にロマンチックだな」


 シチュエーションは少女漫画の一場面だが、相手の台詞が物騒だった。


「よし! 昼休み、屋上に行くよ!」


 美浪は窓から空を仰いで、胸の前で拳を握りしめた。


「いってらっしゃい」


「……ついてきて」


「ひとりで行ってこい。相手に失礼だろ」


 友人を連れて行っては相手に不誠実であることを理解している様子で、美浪は唇を尖らせた。よほど心細いのだろう。


「……まぁ、昼頃に日向を求めて校内をさ迷い歩く可能性は、ある、かな」


「あず……!」


 ◇◇◇


「あ~ず~」


 午後イチの授業が始まる頃、教室に戻ったあずまは、前の席でどんよりしていた美浪に絡まれた。美浪はおどろおどろしい様子で、怨みがましい視線をあずまに向ける。


「どうした?」


「どうした? じゃないよ! 昼休みどこにいたの!? 見守ってくれるんじゃなかったの!?」


「日向を求めて中庭にいたよ」


「そこは屋上でしょ! 照れ臭そうにそっぽを向いて頬をかいてたのはなんだったの!? ツンデレが優しさ発揮するときのテンプレだったよね!?」


「俺、ツンデレ属性じゃねぇよ」


「そうだね!?」


 美浪はあずまの机に両拳を打ち付けながら、興奮気味に捲し立てる。


「で。告白されに行ってきた割にどんよりしてたね。フラれる方は辛いけど、フる方も辛いってやつ? ……フッたの?」


「フッてないよ! どっちかというとフラれたよ!」


「は?」


 ラブレターを受け取ったのは美浪だろ? という疑問が、あずまの顔にありありと浮かんだ。


「聞いてくれ、我が親しき友よ」


 ◇◇◇


 昼休み、美浪は手紙に記されていた通り、屋上に赴いた。ちなみに、己の親友が見守ってくれていると信じている。


 美浪が屋上に着いて数分後、扉を開けて入ってきたのはもちろん、手紙を書いた赤染だ。後で思えば、赤染は心なしか青ざめていた。


「赤染さん、話って……」


「ごめんなさい!!」


「……へ?」


 目の前まで歩いてきた彼女は立ち止まるなり、美浪の言葉を遮って頭を下げた。反動でポニーテールが、彼女の頭頂部を覆うように垂れ下がる。


 突然の出来事にぽかんとしている美浪を置いていくように、頭を下げたまま赤染は話し出した。


「朝、冴木くんの下駄箱に手紙を入れようと思ったら、遠くから友達に呼ばれて。ビックリして、近くの下駄箱に手紙を隠したんだ。後で出そうと思ったんだけど、友達に引っ張られて言い出せなくて。1限の授業が終わってから探しに行ったら、どの下駄箱にも入ってなくて。それで……」


「わかった。これは冴木に渡したかったものなんだね」


 美浪は優しい声音で、言葉に詰まった赤染の気持ちを要約した。


 赤染が恐る恐る顔を上げると、美浪は声音と同様の優しい笑みを浮かべていた。


「うん……」


「はい。勝手に読んでごめんね。赤染さんの気持ち、伝わることを祈ってるよ。頑張れ!」


 美浪は手紙を渡しながら言うと、最後は満面の笑みでガッツポーズをした。


「うん……! ありがとう」


 美浪の応援に、赤染は笑顔と少しの涙を浮かべた。


 ◇◇◇


「ってことがあった……」


 美浪は顔を伏せて肩を落とし、ことの顛末を話終えた。


 普段は阿呆なくせに、いざというときはカッコいい。すぐさま落ち込んでいる相手を気遣えるやつだ。金髪と赤い瞳で優しさを発揮する友人は、あずまの周囲にいる誰よりも王子様である。


「ぅ~……」


 何を言うでもなく、落ち込む友人の頭に手を乗せる。励ますように、あやすようにポンポンすると、美浪から小さな声がもれた。


 例え好いた相手でなかったとしても、少しばかりは期待していただろう。例え泣かずとも、少しばかり寂しいのだろう。


「あず」


「なに?」


「あずはイケメンだな」


「喧嘩売ってんのか?」


 金髪赤目の美形魔人にイケメンなどと言われれば、ただの嫌味だぞ。ついさっき屋上で優しさ発揮した本物イケメンが、なにを言っているんだ。


 あずまは、思わず眉をひそめてしまった。


「なんで、そんな顔するんだよ~ 俺、傷心中だぞ~」




 放課後、隣の教室からおめでとうコールや口笛がわんさか聞こえてきた。



 ◇◇◇


 翌朝、あずまが教室で友人たちと話しているところに、美浪による怒涛の名前連呼が訪れた。


「あずー! あずあずあずあずあずあずあずあず……」


「うるさい」


「下駄箱にラブレター入ってた!」


「お前こりてなかったのか」




 今日も教室では、美形な魔人と人間が賑やかな朝を迎えている。



 ◇◇◇ 終 ◇◇◇

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あずまと魔人 @gomokugohan

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