死にたくなってネトゲを始めたら15歳のドSゲーマーと恋仲になってた

@hikikomorigamer

第1話

私は嘘つきだ。

本当の自分より相手の好きな自分を演じる。だから好きなものを嫌いともいうし、好きなものも嫌いだという。楽しくなくても口を無理に開けて笑うし、死にたいと望んでても言わない。


でも、時にそんな自分が壊れそうになる。


その晩はナイフのように切っ先が鋭利に尖った三日月の夜だった。

ガチャンと私はいつもと同じように19時に勤務先の出版社のタイムカードを押した。18時59分に押しても19時01分に押しても経理から嫌味を言われるので私のタイムカードは19時の記録しか並んでいない。

仕事はデスクワークなので腰痛以外肉体的な疲れはないけれど、定期で決められた区間の電車に乗って一直線に、杉並区にある1Kの私のアパートまで帰ることにした。改札に入りホームに立つと自殺を誘発する色と噂されている黄色い電車が私に向かってくる。


ねえ、飛び込んじゃえよって頭の中で私が囁く。

それで終わりだよって。


死にたくないわけじゃない、でも、足は竦んで動かなかった。


人身事故の起きなかった電車は扉を開き、意気地なしの私を体内に吸い込む。ぐったりと扉にもたれ、窓から景色を見ると、お花見用の提灯を無理やりつけられて苦しそうな街路樹が囚人の列みたいに並んでいた。季節は3月の終わり。桜のつぼみがほころび始めた頃だった。20分ほど電車のお腹の中で揺られ最寄り駅の名前がアナウンスされると、私は排泄物のように電車を降りて排水口に流れるように帰路についた。

不動産やの紹介では駅からアパートまで徒歩5分を謳っていたけれど私の足では徒歩15分。婚約者の月宮晴彦はそれを「君の背が小さいからだね」とからかった。


晴彦は同じ会社の同僚で知り合って3年。

人の身長をからかってもこちらが言い返せないほどスーツがよく似合うすらっとした手足に180センチを超える身長、俳優クラスの整った顔立ちをしている。正直、かなりモテる。黒髪短髪のヘアスタイルは清潔感があるし旧帝大卒で頭も良い。成績トップの営業マン。つまり高収入で誰もがうらやましがるほどのよく出来た人物。本来私なんかと釣り合うべき人じゃないけれど、お昼休憩中に会話したらたまたま親が知り合い同士だったのと、私の顔が晴彦の好みの顔だったのとお互いソーシャルゲームが好きという偶然が重なって付き合うことになり、9月には結婚が決まっている。

本来なら幸せいっぱいの時期だ。友達も親も喜んでくれている、晴彦も勿論。


だけど、私はそうは思えなかった。感想があるとすれば、晴彦から嫌われないで良かったという僅かな安堵くらいだろうか。


家につき、電気をつける。ベッドとこたつとパソコンとゲーム機とアニメのフィギュアの影が浮かび上がる。本当はソファも置きたいけれど6畳の部屋ではこれくらいが限界だ。ベッドにそのまま倒れ込むと、仰向けになって自分の左手首を見つめた。腕時計とシュシュをつけることで隠しているけれど私の手首には昨日切ったばかりのリスカの痕がある。


昨夜、仕事が終わって真っ直ぐ私の家に遊びに来た晴彦は


「どうして手首に怪我をしたの?」


と私の手首を掴んだまま、真剣な眼差しで訊いて来た。


「ネコに引っかかれただけ」


ネコなんて飼ってないくせに私はテキトーに嘘をついた。


「そんなところ引っかかれたりするもん?ていうか、君ってメンヘラじゃないよね?」


意訳、僕はメンヘラの君なんて好きじゃないよ。


ぐさっと晴彦の言葉が刃のように心に刺さる。


ああ、この人って私を愛してるんじゃなくて、私が演じてる私が好きなんだなぁとボンヤリ思った。


そんな事、こうやって見える位置にわざわざ傷を作って相手に見せびらかして確認しなくても分かってたことだけどさ。


「しつこいなー、友達のネコに引っかかれただけだってば」

私は笑って嘘を重ねた。

それに対して晴彦は

「そうだよな、君がメンヘラなはずないか。ごめんな、変なこと言って」

とホッとした顔で笑った。

「ううん、私こそ誤解させてごめんね?」

素直な性格の晴彦はそれ以上疑わず、私の家で夕食をとって、狭いベッドの上ですることをして帰った。


晴彦に抱かれながら何度、

私はメンヘラじゃない、私はメンヘラじゃない、私はメンヘラじゃないよ。

そういう答えが欲しいんでしょ。好きなだけあげるよ。


っと唱えただろう。


私は嘘つきだ。親にも友達にも晴彦にも嘘をついている。そして時に、耐えきれなくって試し行為をして自分が今まで積み上げてきたものを壊しにかかってしまう。その繰り返し。


ベッドで寝返りを打ったがまだ眠るには早すぎる時刻だったし頭も冴えていた。その頃の私の日常と言えば会社の往復と晴彦と会うことで、晴彦と会わない日はスマホでネットサーフィンをしているだけだった。なぜならネットの中の活字を追っていれば、(私は一生晴彦に嘘をついて生きていけるのだろうか)とか、(嘘がバレた時晴彦はどう思うだろう)とか、そういう事を考えないで済むからだ。


つまり考えないで済むなら方法は何でも良かったのだ。


だからいつも通り某巨大掲示板のまとめサイトを意味もなく読んでると、ラィーン!と軽快な音がして沙羅からLINEがきた。


沙羅とはTwitterで知り合った。キッカケは私も沙羅も人気ライトノベルの「ヒューマノイドペットは殺人がお好き❤」のファンで、私が「#ヒューマノイドペット好きさんと繋がりたい」とフォロワーを募集するタグを使った時に一番に反応してきたのが沙羅だった。彼女とは会ったことはないし顔も知らないがリア友よりTwitterやLINEで会話をする時間が長い。


沙羅:やほーモヤ美。


モヤ美は私がネットで使ってるHNだ。本名をもじったものでネッ友にはモヤ美という名前で通している。


沙羅:三目やろうず


モヤ美:さんめとは?


沙羅:ちょっおまっ!流行りのゲームの三目くらい知っとけよ…。なによマジで‥. 絶望した(^q^)


モヤ美:御託はいい。さっさと教えてクレメンス。


沙羅:スリー・ガン・アイズ (three・gun・eyes)なら聞いたことあるやろ?それのことだお。


スリー・ガン・アイズ!それなら聞き覚えがあった。

You Tubeの広告でちらっと見たことある程度だが、海外の会社が作って最近日本でも爆発的に人気が出てきた銃で撃ち合う形のネットのゲームだったはずだ。


沙羅:スリー・ガン・アイズじゃ長いから略して三目って呼ぶんだよ。三人一組でチームを組んで最大人数(96人=32チーム)でフィールド内をキルったりキルられたりするFPSのバトルロワイヤル形式のゲームだよ。最後に残ったチームが勝者だ。


モヤ美:FPS無理。次の方どうぞ←


沙羅;ストレート過ぎ。まぁまぁ招待送るからアカウント登録してよ。ひましてるんでしょ?(人´∀`)ボイチャも出来るから萌えトークしながらゲームしようぜ


確かに暇だった。何も考え事をしないで済むなら方法は何でも良かった。


モヤ美:わかった。でも戦力として期待しないでね(゜∀。)


沙羅;あざまる水産(∩´∀`)∩ワーイ


沙羅との会話を終え、LINEに送られてきたURLをタップするとスマホがアプリをダウンロードし始めた。すぐに終わるかと思ったがいつもダウンロードしているソシャゲとは違ってかなりデータ量が重くいつもの倍も時間がかかった。


ダウンロードが終わると黒い画面に宇宙の目のような毒々しい色をした目玉が3つ浮かんでから銃声がしてその目玉が割れるとTthree・gun・eyes!!という文字がフラッシュしてタイトル画面になった。タップするとゲームの説明もなくいきなり名前を登録する画面になった。

名前、どうしよう。今使っているモヤ美でもいいけど、それはツイッター用に使っている名前だし、このゲーム用の名前を考えてもいいかもしれない。


何気なく部屋を見渡すと「ヒューマノイドペットは殺人がお好き❤」に登場するショート・リリーのフィギュアと目があった。

彼女はヒロインではないけれど私のお気に入りキャラだ。

ピッチリとした白いパイロットスーツを着こなし形の良い胸を隠すように長い金髪を体に巻き付け少し怒ったような顔をしている。

何故怒った顔をしているかというとショート・リリーは父である科学者に脳を改造されて悪態しか感情表現が出来ない女の子にされてしまったからだ。

だから自分の意志とは関係なく周りには悪態しかつけない。

しかし乱暴な口調とは裏腹に誰よりも本当は人と仲良くなりたいのにそれが叶わないという切ない設定をしている。彼女のその本当の気持ちを人に言いたいのに脳の欠陥のせいで言えない、周りとうまくやれないという葛藤する姿に私は共感を覚えていた。


「別にラノベのキャラの名前を使ってもいいよね?」


誰に断るわけでもなく私はそう呟いて名前に「ショート・リリー」と打ち込んだ。

幸い誰にも使われてないようですんなり登録ができた。

名前の登録が終わると次はアイコンを選ぶ画面になった。どうやらこのゲームのオフィシャルのキャラクターか、自分のスマホの画像フォルダから選べるようだ。私は悩んだが、オフィシャルのキャラのことはよく分からないし、名前をショート・リリーにしたので、画像も彼女の画像を選んだ。。アイコンを決定すると、フレンドリクエスト画面になった。そこには恐らく招待を送ってくれたと思われる沙羅のHNの「回転地獄の皿回しチャン」の他に、このゲームをやってる人たちの名前とアイコンが無作為に列挙されていた。

どうやら二人にフレンド申請をしないと進まないようだ。一人目は「回転地獄の皿回しチャン」でいい。二人目はどうしよう。早く決めないとゲームができない。誰でもいいけど変な人は嫌だなぁ。ボイスチャットもあるし、話が合わない人とは繋がりたくない。


名前とアイコンだけの画面をすーーっと指で下げていくと、自撮りやこのゲームのオフィシャルの画像を使ってるアイコンの中で見知ったキャラクターの姿を発見した。


それは「ヒューマノイドペットは殺人がお好き❤」のキャラクターのユーライのアイコンだった。この作品の世界ではアンドロイドをペットにした人間とその奴隷的扱いに異議を唱えたアンドロイド達の中で戦争が起きていて、ユーライは悪役で登場した独眼の天才ツンデレアンドロイドだ。最初こそ極悪非道で人間を殺しまくっていたユーライだがある姉妹との心の交流を堺に人間側の味方になってくこの作品の中では主人公のライバル的存在であり、その人気からスピンオフ作品も多い。女性キャラの中ではショート・リリーが一番好きだが、男性(?)の中ではユーライが私の最も推してるキャラだった。


ああ、この人もユーライが好きなんだと思うと勝手に親近感がわいた。

うん、二人目はこの人にしよう。


「ユーライさんにフレンド申請を送りますか?」


私は「はい」とボタンを押した。手紙のマークのアイコンが出てきて闇の中に消えてった。

すぐにスマホがブルブル震えた。画面を見ると「ユーライさんとフレンドになりました」という通知が来ていた。

そしてメッセージが来た。


(新着)ユーライさんからのメッセージ

「申請ご苦労さん、ショート・リリー。しょうがねぇから宜しくしてやるよ」


私はスマホを見つめたまま固まってしまった。その口調はユーライそのものでいかにもユーライが言いそうなセリフだった。

私は少し考えて

「宜しくしてくれなくていいよ、片目アンドロイド」と打った。


それはショートリリーだったらこう返しそうなセリフだった。


初対面の相手にこんな返信するなんて馬鹿げてる。というか冷静に考えたらかなり失礼な行為だ。相手はどう思うだろうか。ちょっとしたノリで送ったのにキャラクターになりきって返事するなんてアホな女だと思うだろうか。でも、これでもいいような気もした。


返事はすぐに来た。


@ユーライ

「その片目の俺よりゲームのレベルが低い癖によく言うぜ。無駄になった方の目をフライパンにでも乗せちまえよ」


あー。ユーライならこんなセリフ言うだろうな。この人、ユーライのことよく解ってる人だ。

私は嬉しくなって自分もショートリリーが言いそうなセリフを考えた。


@ショート・リリー

「げえっ。天才アンドロイドの癖に随分料理の知識が乏しいんだね?」


@ユーライ

「俺が天才でも生憎と料理は食えねぇ体だ、必要ねぇ知識は消去するタチなんだよ」


@ショート・リリー

「ふん、言い訳したってユーライがただの鉄のパーツで組み立てられたガラクタなのは変わらないんだからね」


@ユーライ

「そうだな、ガラクタなのは否定しねぇ。この世に居なくてもいい存在だってこともな。だが俺には目的や目標がある。それを遂行するためにCPUを回してる。お前はどうなんだよ、ショートリリー」


@ショート・リリー

「どうって何が?」


@ユーライ

「何のために生きてるんだ?」


原作のセリフだ。でも、その一言は私を揺すぶるに十分だった。

私は何のために生きてるんだろう。

嘘つきで人間関係を上手に結べない私は晴彦や両親を喜ばせるためだけに生きてるけど…いや相手が欲しいのはそんな言葉じゃない。私は頭を振ってショート・リリーが考えそうな言葉を選んだ。


@ショート・リリー

「とくにない」


彼女なら気怠くそう言い放つはずだ。父親のエゴで脳を改造され人とコミュニケーションを取れない彼女は度々その孤独から人生に対して投げやりな態度を取っている。


@ユーライ

「なら俺と話すために生きたらどうだ?」


それはまたしても原作のセリフだった。悪役のユーライが初めて友だちになった人間の少女にかける言葉だ。ファンにとっては自分こそユーライから言われたいセリフとして有名で、私もまた例外ではなかった。


「うん」って送りたいと思った。原作の少女と同じように。

でも駄目だ、私が演じるのはショート・リリーなんだ。

彼女だったらユーライに懐いたりしない、例え仲良くなりたいと思っていてもそういうセリフは絶対に言えないはずだ。


@ショート・リリー

「はぁ?とうとうポンコツになったの?お断りだよ」


送りたくないけど、そう打ってから送った。

これできっとユーライとの会話は終わりだろう…。

私だったらあの名シーンのセリフを蹴る人と会話を続けるなんて出来ない。

「こいつ舐めやがって」と怒るかもしれないし、「何言ってんだ自分」と我に返って恥ずかしくなったかもしれない。


ほんとはもっとユーライと会話したかった。

喋りたかった。


けれど、それを言葉にすることが出来なかった。


でも、今更それが何だと言うのだろう。普段から人に嘘をついて自分を偽って生きてきたじゃないか。この会話をしているユーライは私に対してショート・リリーを演じることを求めてるんだ。それならそうしてあげるのが一番いい。


ピーンと通知音がして通知欄にユーライの名前が出た。

恐る恐るタップすると


@ユーライ

「俺と喋りたい癖によく言うぜ」


という文字が見えた。


そんなセリフは原作になかったけど、私は衝撃を受けたように固まってしまった。

どうして、この人は私が彼と喋りたいと思っている気持ちが分かったんだろう。


@ショート・リリー

「自意識過剰すぎ」


私の中のショート・リリーが台詞を考え、私の指を使って文字を打つ。


@ユーライ

「お前の呼吸や眼球運動、返信の早さで分かるさ。俺を誰だと思ってやがる」


そうアンドロイドで機械の体を持つユーライは人の発する音から嘘や体調などを察する機能があったっけ。


私の中のショート・リリーが言葉に詰まった。黙ってしまったのだ。


通知が再びきた。


@ユーライ

「もう一度聞いてやるよ、俺と話したいんだろ?」


私の中のショート・リリーは沈黙したままだ。口を開けば悪態をついてしまうからだ。けれど彼女の心の中では、ユーライと話してみたい気持ちが膨れ上がっていた。


通知はさらに続いた。


@ユーライ

「3分待ってやる、嫌ならフォロー解除しちまえよ」


なんて賢いやり方だろう。さすがユーライだと思った。原作では、誰にでも悪態をつくショート・リリーだがその行動までは、改造された脳に支配されていない部分があるという設定があったからだ。その設定が書かれた一文はとても小さな文だったし覚えてる人も少ないけれど、この人はそれを覚えていたのだろう。


私はフォローを外さなかった。


3分後、にまた通知が鳴った。


@ユーライ

「お利口さん、よく出来ました」


スマホに浮かぶ文字に私は心底安心したと同時に不思議な充足感を覚えた。

ユーライからのメッセージはそこで止まってしまったし、私自身も送らなかったが、だからといってお互い不安になるようなことはないといった信頼感がそこにあった。


メッセージのやり取りで中断していたゲームの画面はやっとチュートリアルに進んでいたが私はそれ以上する気になれなかった。今日はもう暇つぶしをしなくてもいい、この気分が良いまま眠りにつきたいと思った。


ライーンと音がして沙羅から「ゲームのチュートリアル終わったー?」という確認がきたが私はスマホを閉じて目を瞑った。いつもなら寝落ちするまで沙羅とLINEするか、ネットサーフィンをしないと眠れないのに、その日はぐっすり眠ることが出来た。


『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたくなってネトゲを始めたら15歳のドSゲーマーと恋仲になってた @hikikomorigamer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ