教育機関に於けるノーブラ登校の義務化が達成されるまで

魚咲

教育機関に於けるノーブラ登校の義務化が達成されるまで

 今、俺は非常に大きな決断に迫られている。

 生徒会長になってまだ2ヶ月、選挙活動にいそしむ際には自分がこんな決断を下すことになるとは思いもしなかった。俺がここに判を押したが最後、この意味不明かつ荒唐無稽な校則がまかり通ってしまうからだ。

 一体なぜ、この「校内に於けるノーブラ登校義務化」などという校則が定められるに至ったのか、それを説明するためには3日前に時間を戻さねばならない。


 夏休みを控え、学期末テストと休み前の浮かれ気分の間でみなが板挟みになっている6月に事件は起きた。元々、校内では高校生にもなって着替えをじろじろ見るだの、二の腕を触るだのといった所謂セクハラをする輩が存在した。別段着替えを見ること自体は大きな問題ではないのだが、そこで得た下着情報を元に

「お前のパンツだっせ」

 などといったいじめ行為に発展している現状があるのは看過できない。それに対して、着替えを見るのをやめましょうなどというお触れを出すわけにもいかず、結局は「対症療法で問題行動を起こした生徒に対して教師陣による指導が入る」というラインで落ち着き、学校が始まって浮かれ気分な4月から憂鬱になる5月にかけて徐々に学園生活は落ち着きを見せていた。

 そして、事件の起きる6月。ことの発端はいつも些細な事だ。

 当校では昼食は全て給食で賄われており、旺盛な高校生の胃袋を満たす食品は昼休み時の配給のみ。そして、それは飲料も同じで、校内に自動販売機はなく、持参した水筒又は給食の際に出される牛乳のみだった。高校生にもなって小学校のような供給体制に、以前から不満は出ており、毎年自販機設置に関する要望は出されていたが、頭の固い上層部によってその意見は黙殺されていた。そんな隔絶された状況、6月という気温が上昇を始める季節。二つの要因がこの事件を引き起こした遠因と言える。事件当日、給食配給の際に牛乳が配られなかったのだ。生徒たちは水分不足に喘ぎ、水道の蛇口の水を飲み喉を潤すが、味気の無さを埋めることは出来ない。そこで最初にターゲットになったのは運動部だ。運動部の生徒は水筒を持参しており、その殆どは家で粉のスポーツドリンクを溶かして入れてきている。昼休みから5限終了にかけて、牛乳がないという我慢を耐え忍んだ生徒たちは運動部の生徒を強襲。運動部の生徒たちは水筒なしの状態での部活動を強いられることとなったのだ。そして、運動部の水筒も底をつき、生徒の我慢が限界に達したその時、生徒たちは味気のある水分を求め乳首に吸い付いたのだ。生徒同士による乳首の吸い合い。これに危機感を覚えた学校側はその日の部活動の中止と、即時帰宅の令を発した。

 翌日。生徒の多くが水筒を持参し、胸部を大きく膨らませて当校してきた。近隣住民からは、「何故男子生徒がブラジャーをしているのだ」という電話が殺到。乳首を守る自己防衛の手段としてブラジャーを選択した彼らの心理状態は、前日いかに極限状態だったのかが伺えるだろう。

 しかし、その日牛乳は無事届き、ブラジャー着用を含めた今回の事件は終わりを告げるかに見えた。

 しかし、事はそう簡単には終わりを迎えなかった。

 そう、ブラジャーを着用することに性的興奮を覚える生徒が数名。以降もブラジャーを着用したまま登校してきたのだ。

 当校が掲げる「質実剛健、質素倹約」という、ステロタイプな男子校ーーひいては時代錯誤な標語にそぐわないこの生徒たちの行動に頭を悩ませた教師陣は生徒会にこの件に関して新たな校則の制定を相談。

 そして、おそらくは有史以来、日本の学校初の「ノーブラ登校の義務化」が行われることとなったのだ。

 以上が、今回の事件の顛末である。

 そして、今俺はこの書類に判を押すべきか否か。それを迫られる前に一つ教師陣、あるいは理事会に提唱したい。質素や倹約を掲げるのは結構であるが、自動販売機ぐらいは設置して欲しい。

 と。

FIN

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