11 出来る事を 6

 ユーマはもうこれ以上、何も言えなくなった。

 これには舌を巻くしかできない。

 ラティエルの思惑はまだはっきりと分かっていない。


 しかし、彼女はアクアヴァトゥスと同盟と聞き、それを軸にして、その後の事まで思考を瞬時に巡らせたのだ。

 それも微笑みを崩すことなく言い放つのだから、娘ながら少し寒気すら感じる。

 思わず呆然と見つめるユーマにラティエルは目を細める。


 「――と言っても今の私の考えは一国の王としての行動として思い立った事でしか有りません。お父様は一国の王ではなく、一己の個人として動かなければいけませんので私の言葉は一つの策としてお考え下さい。」

 「……いや。ラティエルの考えで行くよ。」


 ラティエルは一つの考えだと言ったが、彼女以上の策はユーマに考え付かないであろうと容易に考え付く。

 彼女の策で行くしかない。


 「そうですか。それでは、お父様は6つの書状をしたためてください。」


 考えが決まれば更に彼女の行動は速かった。ユーマがラティエルの思案を採用すると分かっていたのではないかと思えるほどの速さだ。しかし。「6つ」とは?作らなければいけない文は「7つ」の筈だ。

 その考えすらも読むように、ラティエルは小さく笑うのだ。


 「6つです。アクアヴァトゥス以外の6つの王国の国王に書状をしたためてください。」

 「え?どうしてだい。アクアヴァトゥスは無視するのかい?」

 「いいえ。お父様これはただの応急処置。今の本命はアクアヴァトゥスです。最初からそのつもりで話が進んでいたでしょう?」

 「あ。ああ」


 そうだったとユーマは頭をかく。元からアクアヴァトゥスと同盟を組めないかと話していたことを思い出した。他の国に対しての対応で話がそれただけだ。

 しかしだ、尚更。何故?と思う。どうしてアクアヴァトゥスには書状を出さないのか。

 そんなユーマの疑問を読み取るようにラティエルは続けた。


 「むしろアクアヴァトゥスは私の策で行くと言うのなら、一番大事な初手です。――8つある王国の一つと同盟を結んだ。これは今後の他国との同盟に当たって大きな後ろ盾に成ります。ですから、アクアヴァトゥスはどの国よりも最初に同盟を組まなければいけない」

 「……それだと飛脚だと遅すぎますね。他の国と同じでは誠意も足りない――」


 今まで黙っていたアズエルが口を開く。

 ラティエルは大きく頷いた。


 「ええ、だから、アクアヴァトゥスには書状なんて紙切れではなく。人を送るべきだと考えます。」

 「人を、送る?」

 漸くユーマの口も動く。

 しかし、人を送るとは?使者を送ると言う事か。文ではなく。



 「お父様が諸国に同盟を申し込む書状を送ったことは直ぐにでも知れ渡るでしょう。その中で自国だけが書状ではなく使者であった。それだけで人と言うものは少なからず特別意識を感じる。こちらからしても我々は本気なのだと言う表れと誠意も示せる。同盟の成功可能性が高まると言う事です。」


 ああ、それは納得だ。

 ラティエルの瞳がかすかに輝く。これが最後だと言わんばかりにと、言葉を紡ぎ続ける。


 「勿論、そうなれば人材も大切です。そこら辺の兵では駄目。出来る事なら名の知れ、国一番の腹心と呼べるような相手出なくてはいけない。ですか勿論の事、私どもにはそんな逸材は存在していません」

 「だったら……私が行くとか?」

 「お父様は駄目です。その姿と《魔王》という称号で相手に圧を掛けるだけになってしまいます」

 

 何とか絞り出した答えを正面からバッサリと切り捨てられる。

 ラティエルのアイスブルーの瞳が細く、きらめいた。

 まるで、もう答えが出ていると言う様に。



 「ですから、行くのはお父様に一番近しく。貴方が大事とし、相手に圧を掛けずに誠意を見せられ、話が出来る存在に二人に限られてくる。――そう、それはお父様の子息である……」

 「――私が行きましょう。その使者の役目、私が受けさせて頂きます。」


 そんなラティエルの言葉を遮るように静かな声が響いた。

 言うまでもなく、アズエルだ。

 険しい顔をしたまま、彼が唐突に名乗りを上げたのだ。

 ユーマは驚いた。

 


 「アズエル。君反対じゃないのかい?」


 アズエルは見るからにこの同盟に反対の意志を見せていた。

 それが、自ら声を上げ、挙手したのだ。

 アズエルはそんなユーマに眉を顰める。


 「反対ですよ。ですが、どうせ貴方は聞かないでしょう。貴方は他国と同盟を決めた。でしたら私は従うまでです。」


 アズエルは不機嫌そうに言い放つ。それにと、彼はラティエルを見た。理解する。

 つまりだ。個人的には同盟は反対だがユーマ、そしてラティエルが決めたので従うと言う事なのだろう。

 相変わらず彼らしい考えだ。


 しかし、彼に任せて大丈夫なのだろうか。不安に思ってしまう。

 つい先ほど、ラティエルが紡ごうとしていた言葉の先は理解している。

 他国に使者として出向くのはユーマの子息、ラティエルかアズエル、そのどちらかが適任だ。彼女はそう進言しようとしたのだ。



 それならば、ラティエルは論外だ。彼女を一人で外に出すのは危険が過ぎる。

 だから結果的にアズエルしかいない。それは頭で分かっていた。むしろアズエルはラティエルの思惑に気が付き、名乗りを上げたに違いない。

 それは有難い事なのだろうし、彼を同盟の使者として向かわせると言う選択しか残っていないのも理解している。


 だが、不安が無いとなると嘘になる。

 これは父親として、敵国かも分からない他国に息子を送らせることに対しての不安。そして、他人を見下し特に女性は小馬鹿にするような人物を他国の王の元に送っていいかと言う不安だ。

 相手は王だからと言っても女性。不敬な態度はとらないか心配しか浮かばない。


 「君、本当に行けるの?女王陛下に失礼なことしない?いや、そもそも私はまだ君たちを行かせるときめたわけじゃ……」

 「私に対して失礼なのは父上でしょう!それに貴方はラティエルの考えに乗る事にしたのでしょう。だったら最後まで全て従うべきです。何を迷っているんですか?」


 冷たい表情で正論であった。しかしだ、ユーマはラティエルを見る。

 しかしラティエルは静かに微笑むだけ。

 その笑みはアズエルに賛成だと言っているようであった。ユーマはもう一度アズエルを見る。

 彼は小さく皮肉じみた笑みを浮かべながらユーマを見据えていた。


 「私としてもラティエルの考えに賛同したならアクアヴァトゥスとの同盟は自ら出向くべきと考えています。そしてその使者としての役割は私か、ラティエルが一番だと。その2択しか無いのであれば、兄である私が適任でしょう。考えてもみてください。ラティエルはその姿は14程の少女でしかなく防衛する手段も無い。そんな彼女を他国に一人で向かわせるおつもりですか?」

 「……いや、そうだけど」

 「それとも私には出来ないとでも?最近ラティエルの言葉は素直に聞く癖に私は信じられないと?」

 「う……」


 そう言われるとユーマは弱かった。

 そもそも今ここで彼の問いに対して「うん」とか言えるわけがない。迷っているユーマにアズエルは小さくため息を付いた。


 「――父上、私は役目を理解していますし、ちゃんと実行もできます。私の役目はアクアヴァトゥスの女王に合って彼女に父上がかの国と同盟を結びたいと考えている事を伝える。ただそれだけです。自身だけで同盟をもぎ取ってこようとかアクアヴァトゥスに害を無そうだとか考えていません。ただ使者としての役名を全うする。それだけです。」

 「うん……」

 「貴方が女王と謁見できるように尽力しましょう。私がするのはここまで、それ以上は父上の仕事です。ただ、それだけ、それだけを終わらせて速やかに帰ってきます。誓いましょう。」


 アズエルが微かな笑みを浮かべて胸に手を当て、頭を垂れる。まるで信じて下さいと言わんばかりにだ。

 その様子を見て、ユーマは唸りながら頷くしか出来そうもない。


 「……分かった。分かったよ。アズエル、君の事を信じるよ。」

 「それは良かった。」


 結局、結局だ。彼を信じてみるしかないのだ。それしか、ユーマには残された手段が無いのだから。

 ユーマの苦肉の答えにアズエルは笑みを浮かべた。男ですら見とれてしまう美しい物なのに、何処か胡散臭い。

 これ、本当に信じても良いのだろうか。不安がよぎった。


 「でも、分かっていると思うけど」

 「ええ、言われずとも。他国の、女王陛下には失礼なことはしませんよ。父上の嫌う人を傷つけることもしません。もし襲われるようなことがあっても、少し抵抗するだけにして直ぐに帰ってきます。これで良いでしょう。」


 あそこ迄言ったのに信じてもらえなかったからか、アズエルは笑みを消しツン……とそっぽを向く。

 ここまで言われれば、ユーマも渋々であるが折れるしかない。

 アズエルは直ぐにアクアヴァトゥスへ向かうと言う。いや、直ぐに向かうべきだと言う。

 話が終わりと否や彼は優雅な足取りでテラスへと向かった。


 「では、行ってまいります。父上。ラティエル。」


 テラスに立ちアズエルは優雅にお辞儀をする。

 心配そうに見つめるユーマと、微笑みを浮かべるラティエルの前で彼はその大きな黒い翼を大きく羽ばたかせた。


 途端にアズエルの身体はふわりと宙に浮かぶ。

 ふわふわと宙に浮かびながら、彼は最後にと言わんばかりにユーマを真っすぐに見据え言った。


 「そうだ父上。同盟を組むにあたって、貴方はまずこの世界の国について勉強した方が良いですよ。同盟を申し込んでおいて諸国の事を何も知らないとか、如何なものかと思います。城には他国の書籍もありますし、どうせ今から諸国への書状をしたためるのでしょう?ついでにラティエルにでも教えてもらうと宜しいかと。間抜けな魔王にはなりたくないでしょう?」


 小言にも近いアドバイスじみた言葉。最後の一言に至っては嫌身にしか聞こえなかった。


 「そうだね。他国について勉強しないとね…」

 ただ、正論なので苛立ちをこらえてユーマは目を細めた。

 そんな父にアズエルは小さく笑みを浮かべてもう一度「それでは」と優雅に頭を下げる。

 黒い翼が再び大きく羽ばたいたのは同時の事であった。


 アズエルの身体は羽ばたきと共に上空へ高く高く舞い上がり、その身体は見事に旋回し城から離れていく。

 彼の姿が遠く離れていくのはあっと言う間だ。

 小さくなっていくアズエルを見届けながらユーマは大きくため息を付く。

 つい数刻迄初めて商いが成功し喜んでいたのが嘘の様だ。


 他国との同盟。

 正直不安しかない。同盟を結べたとして上手く続くことが出来るか。


 その先も心配しかない。

 それでも、同盟を決めたのは誰でもないユーマだ。


 何処まで出来るか分からないが「自分が出来る事を精一杯に。」

 そう胸に刻み込んで、ユーマは小さくなっていくアズエルを見送るのであった。





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神様の父になりまして。 海鳴ねこ @uminari22

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