11 出来る事を 5
思わずアズエルを見ると彼は眉を顰め大きくため息を付きながら、ついでに小さく舌打ちを繰り出して手に持っていた便箋をユーマに見せた。
正確に言えば、その便箋に掛かれている人物の名を、と言うべきか。
ラティエルはその便箋を見て「ああ」と声を漏らしたのも同時だ。
「マリンデレス・アクアヴァトゥス。彼女なら会う、はまだしも話は聞いてくれるかもしれません。」
便箋を小さく左右に振りながらアズエルは答える。
勿論だがユーマはその人物の事を知らない。だからこそ「なぜ?」と口にした。
その問いに答えてくれたのはラティエルであった。
「マリンデレス・アクアヴァトゥス。名の通りアクアヴァトゥスを治める女王です」
「アクアヴァトゥス?」
「はい。またの名を《水溢れる国》。島国であり、人魚の女王が代々治める王国。その島すべてが海に浸かり、故に《人間》がいない。――《人間》の住めない国とされています」
「!」
彼女の言葉にユーマ大きく目を見開き、書状に目を落とす。そこに書いてある女王の名を映す。
驚くことに、
ただ違うことは国を治めるのが人魚と言う事。
「マリンデレス、さん。――うん。彼女に会ってみよう。」
決断は早かった。
ヴァロンと同じく島国で人間が住まない国。微かな共通点だけだが話を聞いてくれるかもしれない。会ってくれるかもしれない。同盟を組んでくれるかもしれない。そう期待せずにはいられなかった。
そうと決まれば早速行動に動かなければいかない。
まずは何をすべきか、思いつくのは先ほどのハーピィの少女クリコットだ。彼女は今もこの城でユーマの答えを各国の王様たちに届けるべく待っているだろう。
それならマリンデレス宛の書状を今すぐに書いてどうにか会えないか取り次ぐべきだと考えた。
「あ。いや待って。他の国にも書状を書かなきゃ。一国だけじゃ不敬過ぎる」
「………」
そこまで考えてユーマは思い出す様に他の国についての処置を思い出した。
アクアヴァトゥスに一か八かで同盟を申し込むとして、他の国を放置とはいかない。
6つの国にも何かしらの返事を出さなくては、何やら勘違いした国々が最初に危惧した通り魔王討伐を目指す者が現れたり、最悪の場合戦争に成り得る可能性があるのだから。
「結局最初に戻っちゃたかぁ。……なんて返事を書けばいいのか。こっちとしては配下に加えようとか考えても無いんだけど……」
「……。簡単です。アクアヴァトゥスと同じように同盟の申し込みとして、書状を送るのです」
再び頭を抱えるユーマにラティエルは再び助言を口にする。
彼女はアズエルが手にしている封筒をそっと受け取ると静かに目を細めて見下ろした。
「書状の内容はお父様の御心のままにお書きください。『こちらとしては諸国を配下に加えるつもりは無い。こちらが求めるのは対等な同盟関係である』――このようにお父様のお考えをそのまましたためて下さい。そして、同日に各諸国の王に文が届くようにクリコット様……
「え。そんな事でいいのかい?そんな同盟が簡単に組むとは思えないって君が言ったんだよ。」
ラティエルの言葉にユーマは首をかしげるしかなかった。
こちらとしては同盟が本心だが、ラティエル自身がつい先ほど諸国すべてと同盟を組むことに難儀を示したのだ。突然の心変わりだろうかとも思ったが、彼女がそんな簡単に考えを変えるはずもない。
そしてユーマのラティエルに対しての人物相は正解である。
「ええ、ですので。送る書状は、諸国に対しての魔王としての処置、ですが本当の目的は諸国の反応を見るための策です。…本当の目的は返信の仕方で各国を探る事です。」
「諸国の反応?」
「はい。もっと簡単に言えば返信迄の時間で相手の胸の内を探るのです。」
――時間で探る。
その言葉にユーマは理解できない。それにどんな意味があるのか。
ユーマが眉を顰めていると、口を開いたのは今まで黙っていたアズエルであった。
「返信迄の時間で友好国か敵国か探るつもりですか?ラティエル。」
ラティエルはアズエルの言葉に「その通りです」と頷く。
「……ごめん。私には分からないどういうことだい?」
2人の様子を見て、ユーマは申し訳なくも口を開く。
もう少しで二人の策は理解できそうだが理解できない。で、あるならここは素直に聞いた方が良いと判断しての事からだった。
アズエルはそんなユーマに再び眉を顰め、口を噤む。「まだ分からないのか」と言いたげであった。
ラティエルを見れば、「良いですか」と微笑んだ。
「返信迄の時間で諸国の我々へどんな思惑があるか調べるのです。これだけで大まかに今後同盟が組めそうな国、組めそうにない国。そして楽観視できる国と危惧すべき国。重要となる国が分かります。」
ラティエルは続けざまに静かに指を一本立てる
「――例えば、書状を出して数日の間に返信が来た。この国はこちらに友好的な考えを持っているか、恐れを抱いているか。このどちらかに分類できます」
「友好と恐れ?」
ユーマの問いにラティエルは頷く。
「今は説明は省きましょう。――でもこの国とは同盟は簡単です。楽観視できる国です。ただ後者の場合、表面上でも良いので早めに同盟は組む必要はあります。恐れは人の思考を低下させますので、こちらの判断が遅ければ遅い程、彼らは怯えによって悪手に出る可能性が高い。」
ラティエルは二本目の指を立てる。
「次に、返信迄一週間以上来なかった場合。この国の王は愚王。それかお父様に反感を持っているどちらかです。後者の場合、此度の降伏宣言も渋々と考えられます。――この国との同盟は出来ないと今はお考え下さい。」
ラティエルは三本目の指を立てた。
「最後に、返信が一ヶ月以上来ない国。もしこのような国があるとすれば、その国は何処の国よりもお父様の求める『対等な同盟関係』を結べる可能性がある、とお考え下さい。」
「……え?可能性有りなの?」
最後のラティエルの述べた可能性にユーマは声を漏らすしかなかった。
返信が来ない国。そんな国があるとすればその国こそ同盟は難しいと考えていたからだ。
しかし、ラティエルはユーマの考えを読み取るように静かに首を横に振る。
「各国々はもう既にお父様を魔王と認め配下に下ると降伏しているのです。わざわざ王国同士で署名を集め、貴方に降伏すると宣言した。その魔王と認めた人物からの書状を無下にするよう様な王はいません。それこそ国など考えていない愚王中の愚王です。相手側はこちらに対し『何かしら』反応は示さなければいけない立場なのです。時間はかかりますが各国全て返事は届くでしょう」
ラティエルの言葉にユーマは唸って考える。
「……それじゃあ。一ヶ月以上文を返さない理由は?」
「こちらの様子を見ていると考えてください。お父様の考えを知り、知った上で私達と対等な同盟関係が築けるかどうか。信頼に値する相手かどうか。見定めるために、危険を冒してでも様子を見ているのです。もしそのような国があるのなら、貴方にとってその国はどの国よりも重要な国です。」
ラティエルの答えはやはりユーマには分からなかった。
ただ、彼女の目が余りに誠実な物であるからこそ、大きく頷く。
「………。分かった。でも、でもだよ。実は元から敵対しようとしている国とかあったら。」
この問いに、ラティエルは首を横に振った。
「先ほども言った通り、この7つの国は我々に降伏しているのです。元よりこちらと敵対するつもりであるならこんな降伏なんてしない。それこそこの書状に名のないギアファス帝国の様に」
「だけど……」
それもフェイクかもしれない。そんな考えがよぎった。
ラティエルは今度は小さく頷く。
「心配する気持ちは分かります。裏で暗躍している国の可能性でしょう?表面上ではこちらに降伏したと言って裏では此方を攻撃しようとしている」
「ああ、その可能性は十分にあるんだろう?」
「ええ、勿論その可能性はあります」
ユーマの不安にラティエルは迷うことなく肯定した。
だが、肯定しただけだ、彼女は直ぐに首を横に振る。
「しかし、そこも問題はありません」
「え、な、なぜ?」
ラティエルは微笑む。
「どの国が我々にどの様な感情を、思惑を抱いているか。それは送られてくる『書状』を見ればすぐに分かるからです」
ユーマは首を傾げる。
だが、真っすぐに此方を見据えるラティエルの顔を見て理解する。今彼女はこれ以上の説明はしてはくれないだろう。
ラティエルはユーマの手に、その小さな手を伸ばした。
「難しく考えないでくださいお父様。これは取り敢えず今回の書状に対しての処置。今後の為のちょっとした足掛かりでしか有りませんから。詳しい事は後日、話します。今は対策を実行することが先決です」
「――……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます