11 出来る事を 4



 ユーマはアズエルの口にしたことが理解できなくて固まっていた。

 危惧していた戦争は免れた。それは分かった。

 しかし、しかしだ。魔国。魔王。死の王。


 先ほど手紙を受け取った時よりも頭が付いていけていない。

 そんなユーマを気にも留めることなく、アズエルとラティエルの兄妹はどこか楽しそうに話をしているのだ。


 「魔国……ですか。お父様に対して少し失礼だとは思いますが、いつかこうなるだろうと思っていました。いえ、思っていたより遅かったぐらいですね」

 「ええ。そうですね。いいんじゃないです?魔王。死の王で。見た目的にぴったりですし」

 「もうお兄様。魔王は仕方がないにしても死の王はいけないのでしょう。そこは抗議しないと。」

 「でももう人間たちはそうであると決めたようですが?それよりも、豊溢れる国リル・ディーユは仕方がないとして、戦溢れる国ギアファス帝国はどうしたんです?まだあきらめてないと?」


 当たり前のように朗らかに会話をする兄妹を遠目に、ユーマただ茫然と考える。

 長い長い時間がかかった気がした。そしてようやくユーマが口を開いたのは二分ほど経った後だった。



 「あの、これってさ。私が完全に魔王ってこの世界のほとんどが認めたって事?」

 「は?何言ってるんです父上。貴方が魔王と見られていたのは元からでしょう。これは、魔王である父上に降参し服従します…という書状ですよ」

 「正確に言えば、魔王であるお父様に降伏し忠誠を誓うのでどうか自国だけは攻めないでくださいというお願いの書状ですね。――リル・ディーユの一件で魔王と言う噂でしかなかったお父様が完全に他国に魔王と認識されたようです。ただの杖の一振りでこの世界で一番大きな国を消し滅ぼした。十二分すぎるでしょう。」


 誰も否定してくれなかった。

 それどころか二人して分かりやすく解説してきた。特にラティエルなんて適格だ。嗚呼、どうしてこんな事になってしまったというのだ。嗚呼、いや…国一つ滅ぼしたからこんな事になったのだ。さっきまでの楽しい気分が嘘のように消えていた。


 そもそも、この9王国同盟とかよくわからないし、あったこともない人間たちに魔王と決めつけられ挙句、死の王なんてレッテルを張られ、服従するなんて言われてもピンとこない。


 ピンとこないけど、ただただ悲しい。人間にそんな風に見られているなんて考えただけで胸が痛くなる。そして、そんな悪評でしかない事案に兄妹が平気な様子で話しているのが何より辛い。


 仮にも父親が魔王だの死の王だの言われているのに悲しくないのか、辛くないのか。

 そう思ったが、ラティエルは死狂いだし、アズエルは元からユーマを嫌っているし悲しくも辛くもならない事に気づいて涙が出そうになった。


 「ああ、でもお父様。死の王は返上致しましょう」


 ラティエルだけは少しだけユーマを気遣ってくれているような気もするが、魔王と言うところは否定してくれないらしい。彼女のせいでもあるといえ国一つ滅ぼしたので仕方がないが。

 ユーマは唖然とした様子で書状を見つめるしかできなかった。


 「お、お父様。お嫌ならそう文にして伝えるべきかと。7つの王国はお父様を御認めになりましたし、すぐ受け入れてくれると思いますよ」

 「ええ。そうですね。恐ろしい魔王の一言で頭を垂れて謝罪してきますよ。」

 ユーマの様子にラティエルは慌てた様子でフォローに回った。アズエルは小馬鹿にするようにせせら笑うが。暫くしてユーマは口を開く。



 「これ、さ。配下になると書いてあるけど、断れないの?」

 その問いにラティエルは少しだけ眉を悲しそうに崩した。


 「難しいかと思います。断るのは今のお父様には簡単ですけれど、他国の方々からすれば温情目的の降伏宣告ですから。その国はいつお父様が攻めてくるのではないかと怯え暮らすことになり、結果的に我が島との戦争。またはお父様を討伐しようという方が現れる可能性が出てくると思います」


 それは。それは完全に相手側の完全敗北しかない。なにせこっちには世界を創りし神がいる訳だし、相手側は魔法の類は一切使えない。剣術だけで向かうかっと思うが勝ち目はないだろう。

 そして相手の恨みはさらに募る――という訳だ。


 「いいじゃないですか。人間たちを配下に加えて。大魔王とでも名乗ればよろしいのでは?むしろそっちの方が良いのでは?大魔王としてよりよい世界でも造れば。いつか名君と呼ばれるようになるかもしれませんよ?」

 

 アズエルが無責任に言う。

 そんなの無理だ。それはユーマが一番分かっている。

 城内一つをまとめられない自分が世界を纏められるわけがない。アズエルだってそれを承知で言っているに決まっている。


 ユーマは頭を抱える。自分的には出来るならいつかは他の国も行ってみたいとは思っていたがそれは夢でしかない事も分かっていた。なにせ今の自分は姿も能力も化け物だ。


 リル・ディーユを消し飛ばしてから特にそれが理解出来ていたし、今後は島の外には出ず、関わらず、二人の子をこの島でしっかりと育てようと計画していたのに。もう破綻した。


 いや、甘んじてこれを受け入れて、受け入れたうえで、もう関わらないようにすれば良いのかもしれないが。ただ。なにかそれだと違う気もするのだ。


 島から出ないと考えておきながらユーマは心のどこかで、それでこの兄妹はちゃんと変われるのか。もっといろんな人とかかわるべきであり、これはチャンスではないか。そんな思いが渦巻いていたからだ。


 だから考える。なにか他に良い考えはないか。

 だた、じっくりと書状を見つめ何か良い案が無いかと思考を巡らせる。


 考えて考えて考えて考えて考えて。

 そして、ユーマはある一つの言葉を見つけたのだ。



 「同盟――」

 「は?」「え?」


 ユーマの言葉に二人は小さく首をかしげた。

 そんな二人にユーマは顔を上げ、目を細める。

 これは良い案だと言わんばかりに、これしかないと言わんばかりに楽しそうに声を荒げるのだ。


 「同盟だよ。同盟!ほらこの書状にも書いてあるだろ9王国同盟って。私達もコレと同じように同盟を組もう。配下だとかじゃなくて同盟として平等で対等な関係になればいい!」


 ユーマの答えに少しの間が空いた。

 ラティエルは無言のまま、アズエルは見る見る不機嫌そうな表情に変わっていくのが分かる。


 「父上、何をそんな簡単に――」

 不機嫌のまま口を出そうとしたアズエル。そんな彼を手で制したのはラティエルであった。

 彼女はいつも通りの笑みを浮かべてユーマを見据える。

 アイスブルーの瞳が真っすぐにユーマを見抜きそして微笑むのだ。


 「――良い考えですお父様。配下ではなく同盟を選ぶとはお優しいお父様らしい考えですね。」

 「ラティエル!」


 ラティエルが選んだのはいつも通りユーマの考えに賛同することであった。

 隣にいるアズエルが不機嫌そうな声を上げても彼女は慈愛深くニコリと微笑む。

 そんな様子にユーマもふっと目を細めるのだ。


 「ラティエルは賛同してくれるのかい?」

 「ハイ勿論。ですが一つだけ助言を。」


 ただ、賛同し肯定はするが思うところもあるらしい。

 彼女はユーマの傍へ行くと書状をのぞき込みまじまじと見つめた。


 「この7か国すべてと同盟を組もうとは考えない事です。同盟を組むと言うのは想う以上に難しい事。互いの利益が成立してこそ初めて対等に結ばれるものです。」

 「――それは分かっているよ。難しいと思うけど、だから――」

 口籠るユーマに、遮る様にラティエルがハッキリと言い切る。


 「私たちが組む同盟は国同士の同盟ではないのですよ。国同士であるなら簡単なことでしょう。ですが『お父様は王ではない』」

 その言葉に、ユーマは息を呑んだ。

 ユーマが言葉を零す前に、ラティエルが「いいですか」と前置きして続ける。


 「この島は死溢れる国と呼ばれていますが『王国』じゃない。お父様はただのユーマ・ドゥ・ディユでしかないのです。『国』と言う後ろ盾は貴方には存在しないのです」

 「……」


 「ですから貴方が組むことになる『同盟』は『個人』としてモノ。貴方はただ『一個人』として『国を統べる王』たちと対等な同盟を結ばなくてはいけない。そしてそれは――」

 「――ああ、そうだね。それは……」


 此処まで言われれば、ユーマでも気が付く。

 国同士が同盟を組むのは、難しいが十二分にあり得る事だ。

 だが、ユーマは魔王と呼ばれているが、王じゃない。このヴァロンは王国じゃない。

 

 だから、ユーマが同盟を組むと言う事は

 ユーマと言う『個人』が、国と言う『存在』と対等になると言う事。


 それは、国との同盟より遥かに難しい。


 ラティエルの言葉にユーマは大きくうなずいた。

 そうだ。ユーマはこの島の王ではない。

 城を持ち、慕われ、この島を守っているなんて言われているが島の主ではない。


 だから差し出せるものなんて少なく。一国の王様と比べれば対したものは持っていない。それは財産もしかり武もしかり。

 それらがあって、互いに互いを利用できると判断され同盟は初めて成立出来る。


 所持する物も、差し出す物も無いに等しい。そんな今のユーマが王国7つと同盟を組めるかと言われれば無理に等しいのは当然だ。どれだけ頑張っても、きっと1人で限界だ。いや、1人も難しい。


 「それに、お父様。今の貴方は人間ではない事をお忘れなく。」


 追い打ちをかける様にラティエルは続けて言う。

 それも言われなくても分かっている。今は魔王なんて呼ばれている化け物だ。元は人間なんて誰も信じてはくれないだろう。こんな化け物に、一国の王が挨拶も無しにいきなり会ってくれるか。ああ、それも答えは否だ。


 ユーマは悩むように腕を組んだ。

 得意げに同盟を組むと言っておきながら結局は直ぐに行き詰まる。


 何かいい方法は無いか。話を聞いてくれそうな王様はいないか。

 そう考えても、何も思いつかない。残念ながらユーマは自身なりに頑張って最善同盟を思いつきはしたけれど、この世界の王様含め他国の事は知らないので結局は行き止まりにぶつかるのだ。


 「――可能性のある王なら知っていますよ」


 そんなユーマに手を貸してくれたのは、アズエルであった。

 

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