夜明けに見た君の笑顔がまぶしかった

添野いのち

第1章 思い出の始まり

 誰かが僕を、じっと見つめていた。

 時刻は夜9時半。こんな時間に小さな女の子が1人、暗い夜道を歩いていた。その子が僕を見つめていたのだ。顔立ちや背丈から推測するに、小学5年生、といったところだろうか。そんな子が夜道を1人で歩いていたら、誰かが心配して声をかけそうなものだ。でも誰も声をかけようとしない。道行くサラリーマンはもちろん、パトロールに通りかかったおまわりさんでさえも、声をかけることはなかった。

 少女も、僕に見られていることに気づいているだろう。そうでないと、あの子がこっちばかりに視線を飛ばしていることに理由がつかない。

 僕はそっと駆け寄り、声をかけた。

「どうしたんだ、こんな時間に。お父さんやお母さんはどこにいるんだ?」

 すると少女は、

「いない。」

 と、ぼそっと言った。

「まさか家出してきた、とか?それとも今日どこかに泊まるのか?」

 続けて尋ねてみた。

「家出でもないし泊まるわけでもない」

「じゃあ何で・・・」

「私なんか放っておいて!」

「!?」

 いきなり突き飛ばされた。何故少女が1人でいたがるのかは分からないが、ここで助けないと僕の善心が許さなかった。

「あんたが僕の助けを借りたくないのは分かった。が、あんたの事情を聞くにしても、ここで口論すると他の人の迷惑にもなる。だから続きは俺の家で話そう。」

 すると少女は1つため息をつき、

「何であなたが私なんかを助けようとするの」

 と言葉を吐き、しぶしぶと僕についてきた。

 帰り道、少女と話していると、何故か周囲からの視線が痛かったが、気のせいだろうか。さすがに気のせいだよな。

 家に着き、少女を小さなアパートの一室に案内する。間取りは1K、部屋は6畳で家賃6万円。とはいえ家賃は払っていない。ここは僕の叔父が契約しているアパートの一室に、住ませていただいているだけなのだ。

 僕、中野怜なかのりょうは今高校2年生だが、親はいない。中学校の入学式の前日に、交通事故にあって亡くなった。当時の僕には何が起きたのか分からなかった。きっと、親を2人同時に失う苦しみや悲しみが大きすぎて、受け入れることが出来なかったのだと思う。僕も同じように事故にあったのに、膝と腕のかすり傷だけで済んだ。なのに何で2人は死んだのか、何で僕だけ生き残ったのか、中学の時はそればかり考えていた気がする。僕の親権は唯一血の繋がりがある叔父が引き取ったのだが、僕のいる東京から離れた岡山に住んでいる。そこで叔父は、転校しなくても済むようにと、このアパートの一室を契約してくれた。もちろん家賃は叔父が払ってくれている。今は親の貯金と叔父からの仕送り、自分で稼いだバイト代で生計を立てている。お金も十分にあり、不自由なく過ごせているのだが、個人的にどうしても耐えがたいものがあった。

 それは孤独だ。さっきも述べたように、親は亡くなっており、叔父は岡山に住んでいる。さらに中学の時は事故のショックのせいであり得ないほど暗い性格だったから、友達もいない。結果、社会のなかでたった一人、取り残されたような感覚で毎日を過ごしているのだ。

 少女は部屋に入るや否や、

「狭っ!」

 と一言。一人で住んでいるから気にならないが、部屋の中は高校の教科書やノート、服で埋め尽くされているから当然ではあるのだが。

「文句があるなら出ていっても良いんだぞ?」

「い、いや、ここで良いから!」

 少女はそっと部屋に入って来た。

「そういえば君、名前は?」

氷柱つらら日野氷柱ひのつらら。あなたは?」

「中野怜。17歳だ。君の年齢は?」

「15歳・・・だったっけ?」

「〈だったっけ〉って何だよ。覚えてないのか?」

「だって私、人間じゃないし。」

「は?」

 衝撃のカミングアウトである。いや唐突すぎるだろ。家に入れた少女が人間じゃないってどんな状況なんだよ。とはいえ、まさにその状況が、自分の目の前で繰り広げられているのだが。

 氷柱に問いただす。

「人間じゃないって、じゃあお前はなんだって言うんだよ。」

「幽霊、とでも言うのかな。」

「いや、何でだよ。幽霊だったらこんなにもくっきりとした体があるわけないだろ。」

「でも、私は幽霊で間違いないの。だってさ、私、2年前に死んだもの。」

 ちょっと待って。これはさすがに頭の整理が追い付かない。え、1度死んだ?じゃあ今何で生きてるの?復活でも出来たのか?

「死んだ?って、どういう、こと、だ?」

 なんとか絞り出して出た言葉がそれだった。

「私は、2年前、人間だった。でも自殺したの。学校でのいじめに耐えられなくて。それから死後の世界?みたいな場所をさ迷っていたんだけど、私はそこで後悔してた。もし自殺してなかったら、どれだけの人に迷惑をかけずに済んだだろう。どれほど、この後の人生を楽しめただろう、って。後悔して、後悔して、ある日、1つの願いが出来た。〈もう1度、人間に戻りたい〉。そう強く思ったの。毎日毎日、心の中で願い続けた。そしたらある日、体が〈日野氷柱〉に戻って、この世界に帰ってこれた。はじめは嬉しかったんだけど、しばらくしてあることに気づいたの。私はもう、普通の人間じゃなかった。存在感が薄すぎるのか、大抵の人には気づいてすらもらえなかった。だから私は、あなたに〈幽霊〉だと伝えたのよ。」

 丁寧に説明されたが、むしろ混乱が深まるばかりである。そもそも、死んでもこの世界に戻ってくることなんて出来るのか。正直に言って、信憑性は全くない。

「おいおい、やめてくれよ、冗談は。仮にそれが本当だったとしても、誰がそんな非科学的なことを信じるんだよ。」

「でもこれが真実。もし疑うのなら、私の家に電話してみて。きっと、氷柱なら死んだ、って言われると思うから。」

「絶対あやしまれるだろ。」

「それは・・・自分で何とかして。」

「無理があるだろ。」

 見ず知らずの者が電話をかけてきて、自殺した娘のことを聞くなんて、あやしまれて当然である。しかし、氷柱の話が本当かどうかはとても気になる。考えに考えた末、僕は氷柱に教えてもらった電話番号に、電話をかけてみることにした。

 プルルルルル。

 しばらくしてから、

 ガチャ。

 誰かが電話に出た。

「はい、日野です。」

 驚いた。氷柱の名字である、〈日野〉さんの家に繋がるとは。女の人の声だから、氷柱の話が本当ならば、これはおそらく母親の声だろう。

 でも問題はこれからだ。いかに怪しまれずに、いかに自然に、氷柱の存在を聞き出さなければならない。頭を捻らせ、僕は、

「もしもし、中野学習塾の者ですが、日野氷柱さんのことでお伺いしたいことがありまして。」

 と、塾の勧誘を装うことにした。当然、中野学習塾なんてもの現実に存在しない。もっと良い方法もあったのだろうが、僕にはこれを考え出すのが精一杯だった。

 すると女の人は、泣きそうな声で、小さな怒りをこめて、こう言った。

「あの子なら、2年前に自殺しましたよ・。何で・・・何であの子が・・・自殺まで追い込まれるはめに・・・・・・。ちゃんと相談してくれれば・・・助けてあげられたかもしれないのに・・・・・・。」

 すすり泣く声が、だんだんと大きくなってくる。これはさすがに申し訳ないことをしてしまった、と思った僕は、

「それは失礼いたしました。申し訳ございません。」

 と言葉を吐き、急いで電話を切った。

 しかし、これではっきりした。日野氷柱は、2年前に自殺した人間で、今、幽霊に近い存在、存在感の薄い人間として、この世に戻ってきている。にわかに信じがたいことだが、間違いない。まあ、僕は頭のどこかでまだ、あり得ないだろ、とは思っていたが。

「これで分かったでしょ。私が人間ではないって。」

 横に目をやると、氷柱が荷物をまとめて出ていこうとしていた。

「おい、どこに行くつもりだ。」

「あてもなく、私は幽霊らしく彷徨うだけ。あなたにもう迷惑はかけられないしね。」

 そう言って氷柱は、玄関のドアノブに手をかけた。

「待って!」

 僕の口から久しぶりに大声が出た。

「お前は・・・、いや、氷柱はさっき、自殺したことを後悔した、って言ったよな。それでせっかくこの世に戻ってこれたのに、そんなで良いのか?生きている間にやりたかったことをするチャンスを貰えたのに、ただただ彷徨うだけで満足するのか?それだと絶対、あの世に戻ったときにまた後悔するぞ。俺は中学に入る前、事故に巻き込まれたんだ。父さんと母さんも一緒に。そして父さんも母さんも、死んだんだ。正直辛かった。自分が生きていることを後悔したほどに。でもその時、叔父さんが教えてくれた。後を追うとか馬鹿な真似はするな、生きろ。父さんと母さんが望んでいるのは、怜が生きてくれることだ。生きていれば、今みたいに辛い時もある。でもそれ以上に、楽しい時間だってあるだろう。人生ってのは、楽しいときに、笑えるときに、幸せな人生だったと言いながら終わるものだ。ってな。叔父さんがそう言ってくれなきゃ、今ここに俺はいなかっただろうよ。氷柱の人生の終わりは幸せな時じゃなかったんだろ。じゃあ一緒にやり直そう。せっかく現世に戻ってこれたんだから、幸せな時間を、楽しい時間を過ごそうぜ。氷柱の人生に足りなかった時間を、今から過ごそう。」

 氷柱はじっと聞いていた。しばらくの沈黙の後、氷柱が口を開いた。

「でも私、幽霊だよ?怜と話をしていても、怜とどこかに行ったとしても、他の人の目に映るのは怜1人だけ・・・。怜が変な人に見られるだけ。私は怜に迷惑をかけたくない。そもそも、何で見ず知らずの私なんかを助けようとしてくれるの?分からないよ、何で、何で?」

「氷柱を助けたい理由、か。」

 少し間を置いてから、僕は答えた。

「僕のわがまま、かな。僕が親を失った時、自分にぽっかりと穴が空いた感じがしたんだ。それは僕の叔父さんが埋めてくれたけど、氷柱はまだ埋められていない。この穴を放っておくと、ずっと辛いままだろ?だから僕は、心の穴に苦しむ人を助けたい、という夢が出来たんだ。たとえ助ける相手が、幽霊であったとしても、僕は助けたい。僕の夢を、僕のわがままを、叶えさせてほしいんだ!」

 氷柱の目には、涙が浮かんでいた。

「私なんかを助けようとしてくれる人がいるなんて、思ってもいなかった・・・。私、生きていた間も・・・、誰かに助けてもらえたことなんて・・・、無かったから・・・。だからありがとう・・・、怜・・・!」

 そう言って氷柱は、僕に抱きついて来た。少し戸惑ったが、涙を流して僕にしがみつく氷柱の姿を見て、離れて、なんて言うことが出来るはずが無かった。

「・・・苦しかったな。」

 とそっと声をかける。

「・・・ねえ。1つお願いしても良い?」

 氷柱が僕に声をかける。

「どうした?何でも言ってくれ。」

 僕が返すと、少女は涙を流しながら、

「・・・私と、付き合って」

 と言った。

 顔が赤くなる。女性はおろか、人間ともまともに接していない僕である。そんな僕が女子と付き合うなんて、抵抗が大きすぎる。

「え、ちょっと待って、そんなこと・・・」

「お願い・・・、私、生きていた間、誰に頼れば良いか分からなくて、塞ぎ込んじゃってたんだ。だからもし現世に戻って来れたら、頼れる人に会いたかったんだ・・・。」

「それが、僕・・・?」

「うん、ずっといじめられていた私にはよく分からないんだけど、恋人って、お互いを信じ合えて、大好きでいられる存在なんでしょ?現世に戻って来てあても無い私を助けてくれたのは紛れもない、彾くんだよ。だから私は、怜くんを信じた。彾くんを好きになった。」

 誰かに感謝されて、信じられて、好かれるなんて久しぶりだ。氷柱からの温かい好意は、僕の心に空いていた穴を、ずっと感じてきた寂しさを、無くしていった。ニュースで時たま見かける交際0日婚なんて絶対あり得ないと、今まで思ってきた。でも、自分の心が寂しさや辛さで支配されているとき、その心に優しさや好意、信頼といった温かさが注がれると、その人のことを好きになってしまうのだと、今日初めて知った。

「分かった。付き合おう。」

 氷柱は少しびっくりしたような顔をした後、

「・・・ありがとう!」

 と言って、僕を抱きしめる力を強くした。

 誰かに頼りにされるなんて何時いつぶりだろう。僕の心はすでに温かくなっていた。氷柱に好意を抱き始めた僕が、ここにいた。

「安心する・・・。」

 そう氷柱がつぶやいた。

 これは可愛い。幽霊とはいえ、体はしっかりとした人間で、ほんのり暖かい。この子は容姿だけでなく、性格まで幼いなぁ、と思ってしまった。そこでふと、さっきの自己紹介の時に言っていた、氷柱の年齢が頭をよぎった。

 氷柱は自分が15歳だと言っていた。おそらく15歳の時に自殺して、そこから2年間を霊のまま過ごしたのだろう。だから姿は15歳の時のものなのだろうが、それにしては幼すぎる。初めてあったときに〈小学5年生〉くらいだと思ったが、まさにそれくらいの子だ。人によっては、小学3年生くらいだと捉えられても、不思議に思わない。身も小さく、〈ロリ〉の2文字がよく合う子だ。そんな子が性格まで幼いなんて、これじゃまるで妹を相手にしているみたいだ。

「ところで、いつまで抱きしめていれば良い?」

 さすがに恥ずかしさの限界が来た僕は、氷柱にそう尋ねた。

「ん・・・もういいよ・・・、ありがと。」

 氷柱が答える。僕は大仕事をこなしたような気分で、氷柱の背中から腕を離した。氷柱の目は赤く、まだぽろぽろと涙がこぼれていた。

「で、何でこんなお願いを?」

 思わず氷柱に聞いた。

「私、悲しいときに誰かが抱きしめてくれたら、どんなに安心するだろうって、いじめられてたときに考えてたんだ。それで今日、怜くんにならいいかも、と思ってお願いしたんだ。怜くんは私を助けてくれた恩人だしね。」

「恩人に頼むことではない気がするが・・・。それで、実際どうなんだ?」

「すごく安心した・・・。これから、私が悲しくなったときにもやってほしいな。」

「お前の心が救われるのなら、何回でもやってやるさ。そういえばお腹すいたな。なにか食べたいものあるか?」

 話し込みすぎて、夜ご飯を食べるのを忘れていた。時刻はもう既に0時をまわっている。

「冷たいうどんが良い。」

「ん、そんなので良いのか?じゃあちょっと待ってて。」

 中学生の時から1人で暮らしているので、料理の腕はだいぶ上達していた。とはいえ、食材はスーパーの特売の日に買っておいたものばかりで、それを組み合わせただけの料理だが。冷蔵庫にあった安いうどんを冷水で締め、醤油をベースにしたつゆをかけ、最後にすだちの代わりにレモンをのせた。具材は余っていた卵に刻みネギだけ、という貧相なものだ。

「はい、どうぞ。」

 出来上がった冷やし釜玉うどんを出す。

 氷柱はちょっと不思議そうな顔をしてから、静かにうどんを一口食べた。

「・・・美味しい。」

 氷柱が一言。どうやら気に入ってもらえたらしい。明らかにうどんを口へ運ぶスピードが速くなっている。

 気に入ってもらえたことを嬉しく思いながら、僕もうどんを一口。うん、やはりうまい。釜玉にレモンはちょっと異色な組み合わせかもしれないが、今のような暑い時期に食べるととても合う。

 夕食を食べた後、氷柱にシャワーを浴びるように勧めた。氷柱はこくりとうなずき、浴室へ向かっていった。時刻は午前1時過ぎ。明日も学校があるのに、この時間まで起きているのはまずい。どうするべきか。明日が終われば夏休みに突入することに甘んじて、徹夜するべきか、それとも短時間でも寝るべきか。普通なら間違いなく〈寝る〉一択である。しかし今日はそうではなかった。寝るにしても、氷柱がいる。この部屋にベッドは1つ、当然布団もない。布団があったところで敷くスペースもない。つまり、〈寝る〉を選択すると、氷柱と添い寝しなければならないのだ。今日初めて女子の背中をさすった男が、女子と添い寝何てしたら確実に明日死んでいる。

「部屋片付けておけば良かった。」

 心底後悔した。ちゃんと片付けておけば、人1人寝る場所くらいはできそうである。だがもう深夜。片付けている時間などない。

「はあ・・・、どうしよ。」

 迷っていると、氷柱が風呂から戻ってきた。

「シャワーありがと。」

 お礼を言われる。

「じゃあ僕もシャワー浴びてくる。もう寝ていて良いよ、僕のベッド好きに使ってくれ。」

「ねえ、じゃあ怜くんは・・・どこで寝るの?」

「たぶんずっと起きてるから安心して。」

 結局譲ってしまった。どんだけ女子に弱いんだ、俺。人間とあまり接してこなかったのに、心はしっかりと思春期男子の心に成長していた。明日の学校は全然集中できないだろう。しかし氷柱から驚きの答えが返ってきた。

「ダメだよ、ちゃんと寝なきゃ。私はさ、添い寝とかされても恥ずかしくないから、お風呂から上がったらちゃんと寝てね。」

 まるで母親のような言い方である。久しぶりに誰かから注意された、そんな感覚を覚えた。

「分かったよ、ありがとう。じゃあシャワー浴びてくるよ。」

 シャワーを浴びながら、僕は考えていた。もちろん氷柱のことである。電話で氷柱の存在を確認できたとはいえ、どうしても本当だとは思えない。そもそも幽霊なんて存在、信じても良いのだろうか。まあ明後日から夏休みだから、それからゆっくり調べれば良いか。

「ねっむ・・・。」

 最近はバイトが忙しかったからな。さすがに今日は寝ないとヤバそうだ。人間、睡眠はしっかりとらないと本当にきつい。そう思いながら、風呂を出て、はっきりと目にした。

 氷柱がベッドで寝ているところを。

 ためしに肩を軽く叩いてみるが、反応はもちろん無い。既にぐっすり寝ている。寝顔も可愛いもんだな、とか思っている場合じゃない。しかし、もう寝ないというわけにはいかないほどの強烈な睡魔が襲ってきている。氷柱は添い寝でも良いと言っていたし・・・。

 何度か深呼吸をする。そして覚悟を決めて、氷柱の横に潜り込んだ。

 体がとてつもなく熱い。1つは氷柱の体温、もう1つは僕の緊張のせいだ。これではとても眠れなさそうである。背中を向けて氷柱の気配を感じないようにもしてみたが、やはり無理だった。結局、睡魔が緊張に勝つまで、1時間以上かかった。


 部屋に差し込む太陽の光で、私は目覚めた。時刻は午前5時。怜くんを起こそうか迷ったが、昨日は遅かったらしく、まだぐっすりと眠っていたので、そのままにしておくことにした。

 昨日、怜くんが助けてくれなかったら、怜くんが私に気づいてくれなかったら、私は今頃どうなっていただろう。一時的とはいえ、せっかく人間に戻ってこれたのに。でもどれくらい、人間として過ごせるだろう。

「神様って、意地悪だなぁ。」

 そう独り言を呟く。

「自殺なんて、するもんじゃないな。」

 私は小学校でも、中学校でも、いじめられていた。原因は、この幼すぎる顔と、低い背丈。背が低かっただけだと、別に何ともなかったのだろうけど、顔がこの顔じゃ、完全に〈ロリ〉になってしまう。小学校の時は、まわりの子も小さかったから、いじめもそこまで酷くなかった。問題は中学の時。みんながどんどん大人っぽくなっていくなか、私だけ背も、声も、顔も、胸も、全部幼いまま。近所の人に、小学生だと勘違いされることが何回あったことか。おまけに成績もあまり良くなかった私は、いつも

「小学生は小学校からやり直してきなよw」

「幼稚園からやり直しても良いんじゃねw」

「ここはお前みたいなおこちゃまが通うところじゃないよ!w」

 といった類いの悪口は日常茶飯事。他には、

「お前みたいな幼児に中学の勉強なんて絶対ムリムリw」

 と、教科書にノート、筆箱に鞄を全部泥水につけられたりとか、

「その顔私が直してあげるw」

 と言われ、油性ペンで変な柄を書かれて

「ごめんお前の顔直しようがないわw」

 とクラス中の笑い者にされたりした。また、ロリ顔とは関係ないが、弁当を全部捨てられたり、誰かに近づくだけで敬遠されたりなんてことは、毎日のようにされた。いじめてくるのはほぼ女子だが、男子も面白がって見ているから、助けてくれる友達なんて1人もいなかった。

 学校だけではない。親からのプレッシャーも、私にとっては辛かった。私には4歳年上の姉がいた。姉は私とは違って、成績優秀で学校のテストではいつも1位2位を争うほど。おまけにスポーツの万能で、大人っぽい美しさをも兼ね備え、モテモテだった。姉はあまりにも凄かった。だから親はいつも、氷柱もやれば出来るよ、とプレッシャーをかけてきた。でも私はどんなに頑張っても、テストで良い点をとることも、上手にスポーツをすることも出来なかった。テストが返ってくるたびに、お母さんは私を怒った。お姉ちゃんに出来て私に出来ないはずは無い、と。お姉ちゃんも普段は優しかったけど、その時ばかりはお母さんに促され、もっと頑張らないと、と私を責めた。私は私で、お姉ちゃんとは違うのに。

 こんな状況のなかでも、私が耐えれば、私が頑張れば何とかなるんだ、と考えてしまい、結局中3の時に限界が来て、自殺した。私が耐えれば、頑張れば良い、何てバカな考え方してるなあ、と今では思えるが、当時の私はどうかしていた。私が耐えれば、頑張れば良い、何てことあるわけ無いのに。誰かにいじめのこと相談しておくものだったな、私とお姉ちゃんを一緒にしないでって言っておけば良かったな、と後になってから後悔した。人生はやり直しがきかない。だからみんな考えて、その時の最善の行動だと思われるものを判断する。でも私は、いじめで心が壊された。粉々になった心では、他の人に助けを求めようなんて、思わなくなってしまったのだ。

 回想にふけていたら、いつの間にか時刻は午前6時をまわっていた。横で怜くんが目を覚まそうとしていた。


「ふあぁぁ。」

 大きなあくびをしながら目を覚ます。手元のスマホで時刻を確認する。午前6時14分。結局3時間くらいしか眠れなかった。重いまぶたをかろうじて開け、視線を上に向けると、氷柱がこっちを見ていた。

「わわっ!」

 びっくりして、大声を出してしまう。朝起きたら誰かがいるなんて、何年ぶりだろうか。

「おはよ、怜くん!」

「お、おはよう・・・」

 とりあえずで挨拶を返し、ベッドから出て朝ごはんを作る。フライパンで軽く焼き目をつけたトーストにハムと目玉焼きを乗せたものを2つ、5分で作り上げた。1つを氷柱に出し、もう1つを食べながら高校の荷物をまとめる。鞄に教科書やらノートやらを詰め終わったとき、氷柱に声をかけられた。

「ねえ、どこに行くの?」

「高校だよ。」

「私、どうすれば良い?」

 すっかり忘れていた。氷柱がどこにいれば良いのかなんて、全く考えていなかった。学校に連れていくか・・・いやダメだ。氷柱は〈影が薄い〉だけであり、〈誰にも見えない〉訳ではない。現にこの僕が見えている。体の質感もちゃんとあるから、他の生徒がたまたま触ってしまったりしたらすぐ気づかれてしまうだろう。僕が学校を休むか・・・いやこれも厳しい。理由は単純明快、単位がギリギリだからである。ということで、仕方なく、

「ごめん、留守番しといて。」

 と、お願いした。本人は不満そうだったがどうしようもない。せめてもと思って、昼食用に自分の弁当を部屋に残し、部屋を飛び出した。

 途中コンビニで弁当を買い、高校までダッシュ。チャイムの鳴り終わりと同時に教室に突っ込み、ギリギリセーフ。窓側後ろから2番目の自分の席に荷物を置いた。

 授業が始まり、先生が教壇に立ち、まわりの生徒はノートを広げる。僕もノートを広げてはいたが、授業の内容など頭に入って来なかった。もちろん、頭の中は氷柱のことでいっぱいだ。

 突如私の前に現れた少女、氷柱。こいつは、自分のことを幽霊だと言い、僕の家に居候を始めた。正しくは、僕が家に入れたのだが。自分では存在感が薄い、と言っていたが、実際はどうなんだろう。普通の人でも、氷柱が声を出したり大きく手を振れば気づいてもらえるのだろうか、それとも僕のような一部の人にしか気づかれないし、見えもしないのだろうか。また、どれくらいの時間、人間として生きていられるのだろうか。もっと、氷柱のことを知りたいと思った。そこでふと、昨日の電話を思い出した。

 市外局番から、氷柱にルーツのある場所を割り出せるのでは。

 僕にしては良いひらめきだ。そこで鞄から、そっとスマホを取り出し、昨日の電話番号を調べた。すると、その番号は岡山県のものだと分かった。

 すげえな、今のスマホ。

 電話番号1つで、氷柱にルーツのある場所を割り出せた。逆に個人情報が流出してしまったら、今の時代は本当に危ないな。ああ、怖い。

 しかし、お陰で氷柱について知る糸口をつかめた。そうと決まれば・・・

 氷柱と岡山に向かおう。

 そう決心した。僕の夢を叶えるには、まずは氷柱に関する情報を集めなければ。

「中野、おい、中野!」

 先生の声で現実世界に引き戻された。

「は、はいっ。」

「この問題、解け。」

 授業聞いてなかったから、さっぱりわかんねぇ。授業に集中していなかったことを、後悔する僕だった。

 退屈な授業と終業式が終わり、バイトを済ませ、僕はダッシュで家へと向かう。そして家につくと、玄関の扉をバタンと開け、靴を脱ぎ捨てる。

「おかえり。どうしたの?」

 氷柱がびっくりした顔で僕に尋ねる。僕はリュックサックをひっくり返して教科書やノートを出し、服や歯ブラシ、タオル、手帳、叔父にもらった万年筆、財布などを詰めながら、答える。

「岡山に行くぞ。氷柱、お前が生前生活してたのって、岡山だろ?」

「何で知ってるの!?」

「昨日かけた電話の番号から割り出した。僕はもっと、君のことを理解したい、って思ってね。それで氷柱が生きていた頃を探ろう、と思ったんだよ。僕の夢を叶えるために、まずは氷柱のことをもっと知らなくちゃいけないしな。」

「岡山に行く、か・・・。行ってみたいけど、ちょっと怖いな・・・。」

「いじめっ子に会ったら、ってことか?」

「うん。もうトラウマだからね。」

 顔では微笑んでいるが、ひきつっている。よっぽど怖いのだろう。

「氷柱が生きていたとき、どんな感じだったのか、それを知りたいんだ。だから手伝ってほしい。もし氷柱に何かあったら、僕が絶対守るから。」

 こんなありふれたフレーズしか言えないが、どうにかして氷柱を安心させ、連れていきたかった。氷柱の調査に、氷柱が協力してくれれば、より多くのことを知れるのは間違いないからだ。

「わ、分かった。怜が私を助けようとしているのは、怜の夢を叶えるため、だしね。で、でも、もし、私が見つかりそうになったら、た、助けてよ。よ、よろしくね。」

「おう、任せろ」

 これで準備は整った。氷柱の秘密を探るため、僕は家を出発した。

 家から1番近い駅に向かい、電車に乗って東京駅に向かう。その道中、氷柱が

「ねえ、今から新幹線なんて出てないよね。どうやって岡山に向かうの?」

 と聞いてくる。時刻は夜9時前。岡山までの新幹線の最終便は、既に東京駅を発車した後だ。

「寝台特急で行く。」

「なにそれ?」

 どうやら氷柱は寝台特急という言葉を耳にしたことが無かったらしい。

「簡単に言うと、<動くホテル>だよ。僕らが寝ている間に、電車が目的地まで行ってくれるってこと。」

「そんな電車、あったんだ。知らなかったな。生きていれば、こうやっていろんなものを見つけたり、知ったり、出会ったりできたのになぁ。」

「・・・そうか、氷柱は死んでるんだったな。」

 あまりにも人間に近いので、忘れかけていた。彼女は幽霊だ。本当なら、この世に帰ってくることも、僕と出会うことも無い、幽霊だ。

 ・・・人間の頃の氷柱に、会ってみたかったな。

 そう思った。でもそれは叶わない。せいぜい、岡山で生前の氷柱について調べることができるくらいだ。隣にいる幽霊の氷柱に聞くのが1番早いかもしれないが、あまりそれはやりたくない。氷柱のトラウマを掘り返して、氷柱にまた辛い思いをさせるなんて、出来っこ無い。昨日氷柱から聞いたこと、それで十分だ。百聞は一見に如かず、というように自分の目で確かめたかったからと、氷柱を無理に問い詰めて、辛いことを思い出させ、苦しくさせるのは嫌だから、岡山に行くんだ。

「そうだ、東京駅で食べたいのあるか?」

 僕は話題をかえる。

「ラーメンかうどんが良い。」

「え?まだ麺類食べるのか?」

「良いじゃん、美味しいんだからさ。」

「さすがに2日続けてうどんは嫌だから、ラーメンでいいか?」

「うん、良いよ!」

 氷柱が笑顔になる。

 可愛いな。と、無意識に思った。

 電車は東京駅に入線し、ドアが開かれる。そして僕らは電車を降り、改札を出て、まず切符売り場へ向かう。寝台特急の切符を買うためだ。

 窓口の人に頼み、切符を買う。幸い、まだシングルツインという部屋が空いており、僕はそこの切符を購入した。もちろん、2人分のお金は払った。案の定、係員さんは氷柱に気づいていなかったようだが。

 切符を無事に手に入れた後、駅構内のラーメン屋に入る。店は、氷柱が直感で決めた。なんせ僕はラーメンの違いなど、ほとんど分からない。醤油と塩、豚骨みたいな、スープの種類がざっくり分かる程度だ。入ったのは、味噌ラーメンの店だ。とりあえず定番っぽいものを頼んで、ラーメンが出てくるのを待つ。店員さんは、氷柱が注文したときに、ようやく氷柱の存在に気づいたようだった。どうやら普通の人でも、氷柱がその人に向けて行動をとれば、氷柱を認識できるらしい。

 しばらくして、ラーメンが2つ、運ばれてきた。僕らは同時に麺をすする。

「美味しいね!」

「美味いな。」

 ほぼ同時に言った。そして僕らは互いを見て、ふふっ、と小さく笑うのだった。ラーメンよりも、氷柱のこの笑顔の方がずっと温かかった。

 ラーメンを完食し、店を出た僕らは、コンビニで朝ご飯のパンと紅茶を買い、いよいよ寝台特急が来るホームへ向かう。改札を抜け、ホームへ上がると、すでに寝台特急が停車していた。

 鉄道が昔から好きな僕は、先頭車両の写真をパシャリ。さらに車両連結部の写真も撮った。ここは、岡山で切り離される連結部分だ。繋がっているうちに、1枚撮っておこうと思ったからだ。

「電車、好きなんだね。」

 氷柱が言う。

「まあな。昔からだよ。」

 少し僕の電車好きについて語り、僕らは電車に乗り込む。そして切符に記された番号の部屋に入った。

「怜くんの部屋より狭いね・・・。」

「まあ電車だからな、狭いのは仕方ない。そうだ、上段と下段、どっちのベッドを使いたい?」

「じゃあ・・・上でいい?」

「おうよ」

 僕は荷物を下段のベッドの端に置く。そのとき、寝台特急がゆっくりと動き始めた。午後10時。電車は、岡山方面を目指して発車した。

「意外と静かなんだね。もっとうるさいかと思ってた。」

「お客さんの睡眠の妨げにならないように、なるべく音を出さないつくりになってるんだよ。モーターの数も少ないしね。」

 氷柱と雑談していたら、車掌さんが検札に来た。部屋のドアを開けて切符を見せる。切符に2人分の料金が記されていたせいか、車掌さんが不思議そうな顔をした。そのときに僕は、氷柱に車掌さんに触ってみるようにお願いした。氷柱が指でつんつんと車掌さんをつつくと、車掌さんはびっくりして跳び上がった。

「だ、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫です。」

 どうやら、氷柱が触れた相手は、氷柱のことを認識できるようになるらしい。

 検札の後、僕はシャワーカードを買いに行った。氷柱には部屋で待ってるようにお願いした。また氷柱には嫌な顔をされたが、部屋にある貴重品が心配なので仕方ない。狭い廊下を通りラウンジに行き、自販機でカードを2枚買った。

 部屋に戻ると、氷柱が優しく声をかけてくれる。

「おかえり!」

「おう、ただいま」

 家に帰ったときにもおかえりと言ってくれたが、この言葉を聞くのは久しぶりだった。氷柱のおかえりを聞くだけで、僕はここにいるんだ、と実感させられる感じがした。

 氷柱にシャワーカードを渡し、先にシャワーを浴びるように勧めた。氷柱はシャワー室の場所が分からないみたいだったので、僕が案内し、シャワーの使い方も教えた。そして僕は部屋に戻り、下段のベッドに腰掛け、窓を見た。横浜のきれいな夜景が見える。このビル群を再び目にするのは、ずっと先のことになるだろうな、と直感的に感じた。

 氷柱のいない間に寝巻きに着替えた。そこで気づいた。氷柱の着替えが無いことに。氷柱を家に入れたときも何も持っていなかったから、当然のことではあるが。ということは、氷柱は今まで服を着替えて無かったことになる。今日は寝台特急に備え付けの寝巻きがあるから問題ないが、明日以降どうすれば良いのか。買うしか無いのだろうが、女子の服のことなど全く分からない。服のことから悩むなんて、これじゃ先が思いやられるな、と考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。シャワーを浴びて来た氷柱が戻ってきたのだ。

 僕は氷柱と入れ替わるように部屋を出てシャワー室へ行き、カードを機械に差し込む。そしてシャワーを出す。しかし頭の中は氷柱のことしか考えられない。揺れる列車の揺れなど、気になるはずが無かった。氷柱は人間と幽霊の中間である、ということなんだろうが、人間からどの程度離れているのかが分からない。触った感じは人間、でも見た姿は人によって変わる。多くに人には幽霊に、僕には人間に見える。そして氷柱が誰かに触れれば、その人も氷柱が見えるようになる。やはり存在感が薄い人間、という存在なのだろう。

 すると突然、シャワーが止まった。確認すると、制限時間の6分が経ってしまっていた。もちろん、もうシャワーは出ない。体も洗わず考え事をしていたら、ただ6分間お湯を浴びただけになってしまった。

「はあ・・・。」

 1つため息を吐き、シャワー室を出た。

 部屋に戻ると、氷柱はもう寝ていた。よっぽど眠かったのだろう。時刻はすでに11時を回り、熱海にもうすぐ着くところだった。

「僕も寝るか・・・。」

 歯磨きだけさっと済ませた僕は、ベッドに毛布を広げて眠りについた。


 ふと目が覚めた。時刻は午前4時過ぎ。まだ外は薄暗い。ドアに付いている鏡を使って上段のベットを見ると、氷柱は体を起こし、外の景色を見ていた。

「氷柱?」

 そっと声をかける。

「・・・ねえ、怜くん」

「ん?」

「きれいな景色だね。」

「う、うん。」

 もっと大事な話をするのかと思っていたので、びっくりしてすっとんきょうな声が出た。しかし、氷柱が大事な話をする、という予想は当たっていたとすぐに知ることになった。

「私さ」

 氷柱が続ける。

「こんなに落ち着いた気持ちで窓の景色を見るってこと、初めてだと思うんだ。」

「いじめのせいで?」

 僕は下段のベッドに腰掛け、鏡越しに氷柱を見ながら言った。

「・・・うん、生きてた頃は、夜はずっと泣いてることが多かったからね。その頃、私は・・・」

 一息おいてから、氷柱は続けて言った。

「孤独だった。心のどこかで、誰にも迷惑をかけずに何とかしようとして、塞ぎ込んでたんだと思うの。」

「だから、親にもいじめのことを言わなかった・・・、ってこと?」

「まあね、学校ではほとんどがいじめる側、残りの子や先生は見て見ぬふり、だったしね。」

「え、先生まで?」

「たぶん、学校でいじめがある、ってばれたらニュースで知られちゃうでしょ。だから、隠そうとしたんじゃないかな。ま、私が自殺して、結局全国ニュースになったんだけどね。」

「今、学校は?」

「分かんない、死後の世界では、こっちの世界の情報はほとんど入ってこないから。怜くんこそ、ニュースで観てない?」

「2年前・・・、だよな。だったら絶対覚えてないな。」

「そう、だよね。私、岡山に行ったら、知りたいことがたくさんあるんだ。家族とか、学校とか、それと・・・お姉ちゃんとか。」

「お姉さんがいたのか?」

「うん、普段はとっても優しくて、私よりずっと勉強も運動も出来て、おまけに美人で・・・。小さい頃、私はずっとお姉ちゃんに遊んでもらってた。でもお姉ちゃんが高校生になってから、お姉ちゃんは塾とか部活で忙しくなって、あまり私と話さなくなっちゃった。私のいじめがひどくなったのもそのときだから、相談なんて出来なかった。それよりも・・・、ただでさえ忙しいお姉ちゃんを心配させることなんて、出来っこ無かった。」

「そうか・・・。氷柱は、誰かに迷惑をかけることに、抵抗があったのか。でも、僕にはどんどん頼ってくれよ。せっかく2人で行くんだ、助け合って氷柱の情報を集めよう。なんせ、岡山に行くって言い出したのは、僕なんだからな。」

「うん、私も今となっては、あのとき相談しておけば良かった、って後悔してるからね、助けて欲しいときは、お願いするね。」

「ああ、どんどん頼ってくれよな。岡山で氷柱のことを知っている人に会ったら、どんな反応をされるか分からない。中には、僕らがショックを受けるような、ひどい反応をする人がいてもおかしくない。もし氷柱の知っている人に会って、ちょっとでも怖くなったりしたら、すぐに教えてくれ。あと、僕のことを、氷柱を奪った犯罪者、と見る人だっているかもしれないから、その時はフォローしてくれ、僕からのお願いだ。」

「う、うん、私に出来るか分からないけど、怜くんのことを守れるように頑張る!」

 僕は部屋の梯子を登り、氷柱と向き合って言った。

「互いがピンチになった時は、助け合おう。約束だ。」

 僕は小指を出した。氷柱は少し驚いたような顔をして、そして笑って、

「うん!」

 と言って、僕と小指を結んだ。

 ちょうど夜が明け、朝日の光が1筋、部屋に差し込んだ。その光は氷柱の笑顔を明るく照らし、氷柱の目から流れ落ちる1粒の涙を輝かせた。今まで僕が見た笑顔の中で、1番明るく、可愛らしい笑顔だった。

 揺れる列車の中、僕らは決して揺らぐことのない、かたい約束を結んだ。

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夜明けに見た君の笑顔がまぶしかった 添野いのち @mokkun-t

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