第2話 奇跡の脱出、あるいは運命の出会い(後)

 傷を癒した少女たちが目覚めるまでの間この場から動く事も出来ず、かといって生徒手帳とやらに書かれた小難しい規則は読む気が起きず…手持無沙汰な私は木陰に寝転がるとそのまま目を閉じて体を休める事にした。


 魔王として絶大なパワーを持つ私だが、妹たちの襲撃…そして異界への召喚といい流石に今日は気疲れした。


 大木の枝葉が風に揺られる音を聞きながらリラックスしていると、突然私の脳内にジジジッ…というノイズが走る。


(っ…! 何かが流れ込んでくる…っ! これは…あの子…結衣の記憶…? )


 召喚者の記憶が使い魔に流れ込んでくるという話はその昔、お母様のもとで座学に励んでいた時期に聞いた覚えがある。


(たしか…そう、契約の共鳴干渉…だったかしら)


 脳内に響く雑音が激しくなり、私はフッと意識を手放した。




 ◇◆◇




 戦魔せんま立花たちばな女学園。


 新生・東都とうとに数ある女子校のなかでも、特殊な進路を志す者だけが入学するこの学園にわたし…日野咲 結衣が入学してから早くも一か月が経とうとしています。


 この立花女学園は、戦魔…とついているように普通の学校とは少し毛色が異なります。


 数百年前、滅びかけた一つの星がこの世界へ流れ堕ち…地上には魔害マガイと呼ばれる怪物が溢れかえり、アニメやゲームに出てくるモンスターのような出鱈目な強さを誇る魔害を前に人類の歴史はここで潰えてしまうのかと思われました。


 その時、女神様…この世界の守護神であるユリキス様が現れ、人々に戦う力”職能しょくのう”を与えました。


 ただ…力の代償、といっていいのかは分かりませんが女神の加護を受けた世界の人々は皆女体を形なし、それ以降生まれてくる子供達も皆女の子になったのだといいます。


 そして現在、多種多様な職能の中でも魔害に対抗するのに適した能力を持った者達が抗魔士こうましとしてこの世界の平和を守っているのです。


 わたしが入学したこの学園はそんな抗魔士を志す生徒のみが通う訓練学校なのです。


 お母さんたちの元を離れての寮暮らしはふとした時に寂しくなりますが…立派な抗魔士こうましになるためにはこれくらい我慢しなきゃです。


 先生から聞かされているはなしでは明日から二泊三日で入学後初の外泊演習を行うらしいのです…。


 クラスの中でもとびぬけたポンコツ…落ちこぼれなわたしですが、せっかくわたしを演習の班に誘ってくれたお友だちの足を引っ張らないように、わたし頑張ります…!




「今日はいよいよ、はじめての外泊演習だね~結衣、昨日はよく眠れた? 」


「う、うん…。 亜美ちゃんは相変わらず寝つきがよかったね…歯磨きして戻ってきたらもうぐっすりだったし…」


「アタシんちは家族全員早寝早起きだったから、もたもたしてると朝ごはん食べそびれちゃってさ…その名残かな、えへへ。 と…結衣もポプキー食べる?? 」


「あっ…ありがとう」


 学園が用意した送迎用のバスに揺られながら、ルームメイトである獅子柄ししづか 亜美あみちゃんのくれた棒状のお菓子…ポプキーをぽりぽりと齧ります。


 オレンジ色のポニーテールを揺らしながら、「新味うまーだね~」と笑う彼女は一族全員が重剣士の職能を持ち、著名な抗魔士を数多く輩出している名家、獅子柄家の次女さんです。


 そこまで体格には恵まれていない私よりさらに小柄な彼女ですが、武装型に分類される職能の人達だけが作り出せる固有戦具オリジンウェポン、亜美ちゃんの場合は巨大な大剣であるソレを軽々と片手で振り回すことが出来るパワフルさがあります。


 ちなみに、わたしの職能は異界から協力者パートナーを呼び出せる召喚士なのですが…入学してからいままでまだ一度もパートナーを呼び出せていないダメダメ生徒なのです…ううう…。


「亜美、貴女の物怖じしない性格は美点でもあるけど…外泊演習は遠足とは違うんだからもう少し緊張感を持ったらどうかしら? 」


「あー! でたー! でました零華れいかちゃんお得意の小言攻撃~! いいじゃんまだ移動中なんだし少しくらいはしゃいでてもさ。 あっ、もしかしてポプキーが貰えなくて拗ねてるの? 零華も食べる?? 」


「別に拗ねているわけではないのだけど…一応貰っておいてあげるわ」


「我らが委員長ちゃんは今日もツンツンですっと」


「誰がツンツンよ! 」


「きゃー! 零華が怒った~! 助けて結衣~! 」


「あ、亜美ちゃん…!? 」


 横から亜美ちゃんが「助けて~」とくっついてくるけど…わたしが出来る事といえばあたふたするぐらい。


 そんなわたしたちの様子を向かい合わせの座席からジト…とした目線で見ている零華ちゃん。


 クラスの委員長も務める彼女は何事にも真面目だから、少々お気楽…? なところもある亜美ちゃんとはなにかと意見が食い違う事が多い。


 零華ちゃんは魔法型に分類される氷行使の職能を持っていて、普段から掛けている水色の眼鏡の下では魔法を対象へ自動誘導できる特異体質の一種…捕捉の魔眼の持ち主特有の宝石のように青い瞳が輝いている。


 髪色こそ日ノ照ひのてらす人に多い黒髪だけど、この輝く青い瞳のおかげもあって零華ちゃんは結構目立つ。


 そして、先程から零華ちゃんの隣の席でクマさん型のリュックを抱えたままウトウトとしているノエルちゃん。


 名前からも分かる通り日ノ照出身ではない彼女は綺麗な銀髪で本人もお人形さんのようにかわいい。


 亜美ちゃんと零華ちゃん、そして零華ちゃんのルームメイトであるノエルちゃん。


 この三人が今回の外泊演習でわたしと一緒に行動してくれる班のメンバーなんだけど…。


 何かと目立つ三人の中で、平凡…いや、地味? なわたしは少し浮いている気がするのです。


 三人は普段から、職能もまだ発揮できていないわたしとも仲良くしてくれて…クラスの中でひとりぼっちにならずにすむのもこの三人のおかげです。


(この外泊演習でわたしも変われるといいのに…)


 召喚士としての職能は生まれた際に行われる検査でハッキリと確認されているのだからわたしにだって何時かはパートナーが呼び出せる筈なのです。


 本来、召喚士の職能を持つ者であれば早い子なら五、六歳のうちにパートナーを呼び出せるとのことですが…それでも、わたしは諦めません。


 きっと…きっとわたしのパートナーさんは出番を窺っているだけなのです、ここぞという場面にかっこよく登場しようとしているのかもしれません。


(なんて…)


 そんな風に思わないと、わたしの心は今にも折れてしまいそうです。







 女神様。


 お願いします。


 もう時間がありません。


 わたしに与えた力が…職能が…偽りで無いのなら。


 どうか、どうか…みんなを守る力を――







「うそ…。 なんで…魔害がここに…! 」


「結衣、危ない…っ!! 」

 

「亜美ちゃんっ!! 」


 外泊演習二日目。


 生徒の身に危険が及ぶような事なんて何もあるはずが無かった森の中。


 わたしを庇い吹き飛ばされた亜美ちゃんの体は血に塗れていて…。


 学園が管理している敷地内にいる筈の無い魔害が…無力な獲物を怖がらせるかのように一歩一歩近づいてくる中でわたしは必死に祈った。


(誰でもいい、お願いします…! 助けて下さい…! わたしたちを、誰か助けて…!! )


 そして訪れる。


「召喚に応じて華麗に参上っ! 強くて可愛いこの私が、貴女の望みを叶えてあげるわっ! 」


 真紅の髪靡かせながら、貴女はそう言ってわたしの前に現れた。


 これは運命の出会いの話。


 はじまりは絶望の中。


 それこそ…機会を窺っていたかのように。


 彼女は…わたしのパートナーは、ここぞとばかりに召喚され…わたしたちを救ってくれたのです。

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異界の弱小魔王ちゃん、落ちこぼれ少女に召喚される! 猫鍋まるい @AcronTear

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